植物を定義づける重要な形質として「光合成」がありますが、中には光合成をやめ他の生物から炭素源を含む養分を略奪して生活する「光合成をやめた植物」が存在します。このような植物の中で里山のような身近な環境でもよく見られ、私達も親しみ深い植物として「ギンリョウソウ」があります。このギンリョウソウは、日本全国のみならず、東南アジア、中国、台湾、ヒマラヤ、ロシアと広範囲に分布していますが、世界的に見てもギンリョウソウ属は、1種のみだと考えられてきました。神戸大学大学院理学研究科の末次健司教授 (兼 神戸大学高等学術研究院卓越教授) と東北大学大学院農学研究科の陶山佳久教授らの研究グループは、およそ20年にも及ぶ調査を行い、「ギンリョウソウ」の中に名前がついていない種が含まれることを解明し、最初の発見場所である霧島の名を冠し「キリシマギンリョウソウ」と命名しました。またキリシマギンリョウソウは、寄生相手である菌類の種類を変えることで、ギンリョウソウから種分化したことが示唆されました。本種は、花びらが薄紅色でガラス細工のような幻想的な姿の美しい植物です。

本研究成果は、11月30日に、国際誌「Journal of Plant Research」にオンライン掲載されました。

ポイント

  • ギンリョウソウ属は広い分布域を誇るものの世界でも1種と思われていた。その中で日本のギンリョウソウの中に未知の種が含まれていたことは、学術的にもインパクトが高い。
  • 形態、開花時期、寄生相手の菌類、植物本体のDNA分析などの多角的な視点から検討を行ったことで、「新種」の証明だけではなく、その成り立ちの理解も深まった (日本の植物で、新種としての報告時に、これほど種々の生態・進化情報が同時に公開された例はほぼ皆無である)。
  • ギンリョウソウは、日本で広く親しまれている種で、文学などでも度々モチーフとして登場している。今回発見された新種が幻想的で美しい見た目であることも相まって、新種の「ギンリョウソウ」の発見は、一般の方々の興味も引くものと思われる。

研究の背景

植物を定義づける重要な形質として「葉緑素をもち、光合成を行う」ことが挙げられます。しかし、植物の中には、光合成をやめてキノコやカビの菌糸を根に取り込み、それを消化して寄生するものが存在します。こうした「光合成をやめた植物」のなかで、里山のような身近な環境でもよく見られ、私達に最も親しまれている植物として「ギンリョウソウ」が挙げられます。

ギンリョウソウ (銀竜草) の名は、退化した鱗状の葉に包まれた姿を、竜に見立てたことが由来とされます。陽の当たらない林内に白く浮かび上がって見えるため、ユウレイダケ (幽霊茸) とも呼ばれます。「茸=キノコの意味」という別名がついていますが、れっきとした植物の仲間で、DNAを用いた解析から現在ではツツジ科※1の一種であることがわかっています。ギンリョウソウはその幻想的な姿から、人々に愛され続けており、多くの文学作品でもモチーフとして登場しています。

このギンリョウソウは、日本全国のみならず、東南アジア、中国、台湾、ヒマラヤ、ロシアと広範囲に分布していますが、世界的に見ても1種のみと考えられてきました。その一方で、鹿児島県霧島周辺では、赤色の花びらを持つギンリョウソウが存在することが古くから知られ「ベニバナギンリョウソウ」と呼ばれていました (図1)。そして「ベニバナギンリョウソウ」は、ギンリョウソウの色変わり個体の呼称ですが、霧島のベニバナギンリョウソウは、経験則的にギンリョウソウよりも遅れて開花することが知られていました。花を訪れる昆虫は同時期に咲いている個体間でしか花粉を運べないので、遅咲きの霧島のベニバナギンリョウソウは、通常のギンリョウソウと花粉のやり取りができない可能性があります。このことを考えると、開花時期がずれるという事実は、霧島周辺のベニバナギンリョウソウがギンリョウソウそのものではない可能性を示唆しています。

その一方で、一見しただけでは、ギンリョウソウと霧島のベニバナギンリョウソウは、花の色以外はよく似ており、霧島周辺のベニバナギンリョウソウが新種であるかどうかの判断は慎重に行う必要がありました。

図1.キリシマギンリョウソウとギンリョウソウの地上部の形態比較

(a–c) キリシマギンリョウソウ、(d–e) ギンリョウソウ、(f) ベニバナギンリョウソウ (ギンリョウソウの色変わり個体)。矢印は花筒から離れて広がった萼片を示す。
スケールバー:3cm。
撮影:佐藤政幸 (a)、岩堀勝弥 (b)、黒木秀一 (c)、照井真 (d)、上森教慈 (e)、末次健司 (f)。

研究の詳しい内容

このような背景のもと、末次健司教授、廣田峻氏 (大阪公立大学附属植物園)、Tian‑Chuan Hsu氏 (Taiwan Forestry Research Institute)、黒木秀一氏 (宮崎県総合博物館)、今村彰生氏 (北海道教育大学未来の学び協創研究センター)、陶山佳久氏 (東北大学農学研究科) からなる研究グループは、海外で採取された個体を含む多数の「ギンリョウソウ」を収集し、形態、開花時期、寄生相手の菌類、植物本体のDNA分析などの多角的な視点から霧島周辺のベニバナギンリョウソウが、通常のギンリョウソウとどのような差異があるのかを検討しました。すべての検討が終了するのに20年近い歳月を要しましたが、結果として霧島周辺のベニバナギンリョウソウは、ギンリョウソウの色変わり個体ではなく、正真正銘の新種であることが分かりました。このため、色変わり個体であるベニバナギンリョウソウと区別し、和名「キリシマギンリョウソウ」を提唱し、学名Monotropastrum kirishimenseと命名しました。なお全国から「ギンリョウソウ」を収集する過程で、霧島周辺にしか分布していないと考えられてきたキリシマギンリョウソウが、鹿児島県や宮崎県のみならず、大阪府、和歌山県、静岡県、岐阜県にも存在することが分かりました。

形態的差異について

キリシマギンリョウソウとギンリョウソウは、以下の点で見た目でも区別できることが分かりました (図1–3)。

  • キリシマギンリョウソウの花弁とがく片は紅色なのに対し、ギンリョウソウは透明~白色である。なおベニバナギンリョウソウ (ギンリョウソウの色変わり個体) も同様に花が紅色に見える。しかし実際に色がついているのは、花の内部にある子房で、この色が透けているだけで花弁とがく片は透明~白色である。
  • キリシマギンリョウソウのがく片の数は4~11枚と、通常2~3枚であるギンリョウソウよりも多い。またキリシマギンリョウソウでは、がく片が花びらと常に接するのに対し、ギンリョウソウでは花筒から離れていることが多い。
  • キリシマギンリョウソウの花は、開花初期からギンリョウソウより丸みを帯びる。
  • キリシマギンリョウソウの地上部は5cm以下と短いことが多い。(ギンリョウソウは5cm以上であることが多い)
  • キリシマギンリョウソウの地下茎は10cm以上と長いことが多い。(ギンリョウソウは5cm以下であることが多い)
  • キリシマギンリョウソウの根は、ギンリョウソウと比べはっきりとせず、周囲の土壌と一体化し、根の先端がほとんど突出しないため肉眼ではほとんどわからない。(白い菌糸のかたまりは見られる。)
図2.キリシマギンリョウソウの生育地に生えるギンリョウソウ

(a) 開花個体、(b) 地下部、(c) 根の拡大図。矢印で示されるとおり根の先端は明瞭に認識できる。
スケールバー:3cm (a)、1 cm (b)、5 mm (c)。
撮影:島田英雄 (a)、末次健司 (b-c)。

図3.キリシマギンリョウソウ

(a) 開花個体、(b–d) 花の各拡大図、(e) 地下部、 (f) 根の拡大図。矢印で示される通り根の先端は非常に不明瞭であるが、はっきりとした白い菌糸が見られる。
スケールバー:3 cm (a-c)、1 cm (d, e)、5 mm (f)。
撮影:末次健司。

生態的差異について

前述の通り、キリシマギンリョウソウは、経験則的にギンリョウソウよりも遅れて開花することが知られていました。そこで2003年・2004年の2年間、両種が同所的に分布する大浪池周辺で、それぞれの開花時期にあわせて定期的に現地を訪れ、開花数をカウントすることで比較しました。その結果、キリシマギンリョウソウの開花期のピークは、ギンリョウソウの開花ピークよりも1か月程度遅れ両者の開花時期はほとんど重ならないことが分かりました。また2005年以降も、両者の開花時期を注視していましたが、この傾向が変わることはなく、両者の開花時期はほぼ重ならないことが分かりました。つまりキリシマギンリョウソウとギンリョウソウは、花粉のやり取りが物理的にほぼ不可能であることが分かりました。「種」をどのように定義するかは難しい問題ですが、有力な考え方に「種は互いに交配できる (遺伝子を交換できる) 個体の集まり」というものがあります。これに照らし合わせても、キリシマギンリョウソウはギンリョウソウとは異なる実体である可能性が高いことが分かりました。

また (1) ギンリョウソウとキリシマギンリョウソウは、根の深さや形態が異なること、(2) ギンリョウソウの仲間は、根でキノコの菌糸に寄生していることから、両者は寄生するキノコの種類が違うという仮説を立てました。この仮説を検証するため、4つの集団から採取されたキリシマギンリョウソウ9個体、および5つの集団からなる (ギンリョウソウの色変わり個体であるベニバナギンリョウソウ2個体を含む) ギンリョウソウ 23個体の寄生相手の菌類を特定しました。その結果、キリシマギンリョウは異なる集団で採取されたすべての個体が1種のベニタケ属と特殊化した関係を持っていました。その一方で、ギンリョウソウは多様なベニタケ属に寄生していましたが、キリシマギンリョウソウが利用するベニタケ属には寄生していませんでした (図4)。これまでの先行研究でも、ギンリョウソウについては、15集団93個体の寄生相手の菌類調査が行われていましたが、キリシマギンリョウソウと関係すると近縁な菌は検出されていません。その一方で、今回検出できたギンリョウソウの菌類パートナーは、その全てが既にギンリョウソウと関係することが報告されていました。さらに隣り合って生えるギンリョウソウとキリシマギンリョウの間でも寄生相手が異なっていたことも併せて考えると、予測通り両者には菌類の好みの差があることが分かりました。

図4.キリシマギンリョウソウとギンリョウソウが寄生する菌類相

キリシマギンリョウソウと (色変わり個体であるベニバナギンリョウソウを含む) ギンリョウソウは異なる菌を利用している。

寄生生物では、利用する宿主の好みに差がある場合は、その雑種はどちらの宿主にもうまく寄生できず子孫を残せなくなる現象がよく知られています。このことから考えると、利用できる菌が大きく異なるキリシマギンリョウとギンリョウソウ間では雑種ができたとしても、うまく寄生を成立させることができない可能性が高いでしょう。このため、寄生相手の違いは、開花時期の違いと併せて、キリシマギンリョウソウとギンリョウソウの遺伝的分化、ひいては種分化に重要な役割を果した可能性があります。

植物本体の遺伝的差異について

図5.キリシマギンリョウソウとギンリョウソウの分子系統樹

キリシマギンリョウソウと (色変わり個体であるベニバナギンリョウソウを含む) ギンリョウソウの遺伝的特徴は、はっきりと二分される。

最後に、7集団・32個体のキリシマギンリョウと8集団・19個体のギンリョウソウ (ギンリョウソウの色変わり個体であるベニバナギンリョウソウ2個体を含む) から、鱗片葉を採取し、植物自体の遺伝的関係を明らかにしました。その結果、キリシマギンリョウソウとギンリョウソウの遺伝的な違いは、隣り合って生えている場合でも、ベトナムと日本といった遠く離れた場所で採取されたギンリョウソウ間の違いよりも、ずっと大きいことが分かりました。特に両者の分子系統樹※2から、キリシマギンリョウソウとギンリョウソウは遺伝的に明瞭に二分され、中間的な個体は存在しないことが分かりました (図5)。

以上のようにキリシマギンリョウソウは、形態学的、生態学的、遺伝学的に、ギンリョウソウとは別の実体であり、「新種」と結論づけることができました。本研究は、世界でも2種目の「ギンリョウソウ」の発見となります。なおギンリョウソウを初めとする光合成をやめた植物は、菌類とそれを支える樹木に大きく依存しているため、生態系に余裕がある安定した森林を好む傾向にあります。キリシマギンリョウソウの発見は、霧島などの本種が生育する森の豊かさを示す象徴的価値を持つといえそうです。

キリシマギンリョウソウは、特定の菌類にしか寄生できないためか、ギンリョウソウより遥かに珍しく、絶滅の危機に瀕しているといえます。しかしながらキリシマギンリョウソウは、これまではギンリョウソウの単なる色変わりとして扱われ、その重要性は見過ごされてきました。つまり今回の調査で新種であることが分かって初めて、我々は、本種を保全すべき対象として認知できたといえます。今回の研究成果は、生物多様性の過小評価を防ぐため生態や進化などの多角的な視点で分類学的検討を行う重要性を知らしめるものでもあります。

用語解説

※1:ツツジ科
他には生垣によく使用されるヒラドツツジやサツキのほか、ブルーベーリーなどが該当する。
※2:分子系統樹
塩基配列を使って、生物間または遺伝子の進化的道筋を描いた図。

論文情報

タイトル
Monotropastrum kirishimense (Ericaceae), a new mycoheterotrophic plant from Japan based on multifaceted evidence
(多面的な証拠に基づく日本産の新種の光合成をやめた植物「キリシマギンリョウソウ」)
DOI
10.1007/s10265-022-01422-8
著者
Kenji Suetsugu, Shun K. Hirota, Tian-Chuan Hsu, Shuichi Kurogi, Akio Imamura, Yoshihisa Suyama
掲載誌
Journal of Plant Research

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