一般にハチは産卵管が変化した毒針※1で刺すことが知られています。産卵管がないオスは刺すことはなく、姿や行動をメスに似せているだけであると従来考えられてきました。神戸大学大学院農学研究科の研究グループは、オデコフタオビドロバチ※2のオスは交尾器のトゲ (偽針※3) で実際に捕食者を刺して身を護っていることを明らかにしました。
この研究成果は、2022年12月19日 (EST 米国東部標準時) に、国際学術雑誌「Current Biology」に掲載されました。
ポイント
- ドロバチのオスは交尾器にある1対のトゲで刺すことができる。
- オスバチの一部はトゲによって捕食者に飲み込まれない。
研究の背景
昆虫は他の動物に捕食されないために様々な防衛形質を進化させてきました。スズメバチやミツバチは、毒針で刺すことで天敵から自身や巣を護ります。すべてのハチが刺すと一般には思われていますが、毒針は産卵管が変化したものであるため、毒針を持たないオスバチは危険ではないとみなされています。オスバチは姿や形をメスバチに似せたり刺し真似をしたりするなど、メスと勘違いさせて天敵の攻撃を免れていると考えられてきました。
スズメバチ科ドロバチ亜科のオス成虫は、「偽針」と呼ばれる交尾器に1対のトゲをもち、これを使って刺すような行動をします (動画参照)。研究グループの一人が、ドロバチ亜科の一種オデコフタオビドロバチ (図1) の生態を調べている中で、偶然オスバチに指を刺され、まち針で「チクッ」と刺されたような刺激を感じました。その体験に基づき、オスバチの偽針にも捕食者から物理的に身を護る役割があると考え、その仮説を確かめる実験を行いました。
研究の内容
ドロバチ類の偽針に防衛機能があるかどうかを明らかにするために、実験室下で、トノサマガエルとニホンアマガエルにオデコフタオビドロバチの成虫を与え観察しました。結果、すべてのカエルがオスバチを襲いました。トノサマガエルは17個体すべてがオスバチを捕食したのに対し、ニホンアマガエルでは17個体中6個体 (35.3%) が飲み込むのをあきらめて吐き出しました (図2)。オスバチの行動をよく観察すると、口をあけて攻撃してくるカエル類に対して、偽針や大顎を使って抵抗していました。そこで、偽針を除去したオスバチをニホンアマガエルに与えたところ、オスバチは大顎で抵抗することはありましたが、最終的には17個体すべてがアマガエルに捕食されました。以上の結果から、オデコフタオビドロバチのオスは、偽針を使ってニホンアマガエルの捕食から逃れていることがわかりました。
オデコフタオビドロバチのメスについては、トノサマガエル17個体すべてが攻撃し、捕食しました。しかし、ニホンアマガエルでは17個体中8個体が攻撃し、そのうち7個体 (87.5%) が飲み込むことができず最終的に吐き出しました (図2)。メスバチはオスバチに比べて体が大きく毒針を有するため、オスよりもニホンアマガエルに捕食されにくいことがわかりました。
本研究は、オデコフタオビドロバチのオスもメスと同様に針で刺して天敵から身を護っていることを明らかにしました。また、オスは天敵を刺すのに交尾器のトゲを使っていました。動物の交尾器はオスとメスの交配時に使用されることが一般的ですが、捕食者に対する防衛として使われた例はこれまでもごくわずかしか報告されていません。例えば、夜行性のスズメガ類のオスは交尾器と腹部をこすり合わせて超音波を出し、捕食者であるコウモリの探索を妨害します。本研究はオデコフタオビドロバチのオス交尾器が捕食者から飲み込まれないための防衛として機能していることを示しました。この研究結果は、動物のオス交尾器の役割を理解する上で新たな視点をもたらすものだと考えています。
なお、オデコフタオビドロバチを含むドロバチ類は人を襲うことはなく、手で捕まえない限り刺されることはありません。また、研究に使用したカエル各個体は1度だけ実験に用い、オデコフタオビドロバチの反撃を受けた場合も重傷を負うことはありませんでした。
用語解説
- ※1 毒針
- スズメバチ類やアシナガバチ類、ミツバチ類などは有剣類と呼ばれ、産卵管を毒針に変化させたグループです (図1C)。有剣類のメスでは、毒針に変化した産卵管からではなく、腹部先端から卵を産みます。有剣類では毒針は獲物を仕留める時や天敵から身を護る時に用いられます。一般には、刺すと同時に、化学物質が注入され、それが「痛み」を引き起こすと考えられています。
- ※2 オデコフタオビドロバチ
- 膜翅 (ハチ) 目スズメバチ科ドロバチ亜科に属する種 (体長:オス15.3~20.7 mm、メス16.8~25.6 mm) で、東アジアに分布し、日本では特に西日本で最近分布を拡大しています。メス成虫は、タケの葉を食べるガの幼虫を毒針で麻酔し、営巣場所である竹筒などに貯蔵し、幼虫の餌とします。今回、潜在的な捕食者として実験に使用したニホンアマガエル (頭胴長29.3–41.7 mm) とトノサマガエル (頭胴長36.3–61.7 mm) の分布や生息環境が一部重複し、特にニホンアマガエルは、本種成虫が訪花するヤブガラシ (図1A) やノブドウでよく観察されます。
- ※3 偽針
- 有剣類の一部のグループ (科、亜科) や種では、オスの交尾器もしくは腹部末端にトゲを有し、メスバチの刺す行動と似た動きをするため、偽針 (pseudo-sting) と呼ばれています。ただし、刺す時にはメスバチのような「毒」は注入されていないと考えられています。ドロバチ亜科ではオスの陰茎側片の1対のトゲ (parameral spines) が偽針として使用されます (図1B)。
研究助成
本研究は日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤C「有毒節足動物の捕食者体内における耐性機構:いかにカエルの消化液に耐えられるか?」 (19K06073) の支援を受けて行われました。
論文情報
- タイトル
- “Male wasp genitalia as an anti-predator defense”
- DOI
- 10.1016/j.cub.2022.11.030
- 著者
- Shinji Sugiura (杉浦真治:神戸大学大学院農学研究科 准教授)
Misaki Tsujii (辻井美咲:神戸大学大学院農学研究科 博士課程後期課程) - 掲載誌
- Current Biology