樹上で生活するラン科植物のクモランは、葉が退化しており根だけで一生のほとんどを過ごします。クモランの根は、他の植物の葉と同様に緑色をしているため、光合成により、ある程度自活していると推測されますが、実際にどの程度光合成できるかは不明でした。
そこで神戸大学大学院理学研究科の末次健司教授 (兼 神戸大学高等学術研究院卓越教授)、東京大学大学院農学生命科学研究科の田野井慶太朗教授および大阪公立大学大学院理学研究科の小林康一准教授らの研究グループは、クモランの根の光合成機能を、隣り合って生育することもある近縁種のカヤランの葉や根と比較解析しました。その結果、クモランの根は、光合成に特化しており、まさにほぼ「葉」というべき数々の性質を併せもつことが分かりました。具体的には、クモランの根はカヤランの葉に匹敵する光合成活性をもつこと、気孔は無いものの特殊な通気組織を備えること、カヤランの葉と同様に夜にCO2を取り込み、昼にそれを光合成に使うことが明らかになりました。
つまりクモランでは、葉をもたない代わりに根が光合成に特化するように進化したと考えられます。本成果は、ランの生態と進化における新たな知見を提供するとともに、植物の多様なあり方と光合成との関係の解明に貢献するものです。
本研究成果は、2月14日に、国際誌「New Phytologist」にオンライン掲載されました。
研究の背景
一般に、維管束植物は根を地下に伸ばし水分や養分の吸収を行いますが、これに当てはまらない植物も数多く存在します。着生ランと呼ばれるラン科植物のグループもそのひとつで、根を樹皮などに張り付けて生育するため、樹上での乾燥環境に耐えるための仕組みを数多く備えています。その一例が、ベンケイソウ型有機酸代謝(CAM)と呼ばれる特殊な光合成CO2固定経路※1で、着生ランに限らず、サボテンなどの乾燥環境に適応した植物種に広くみられます。この代謝を行う植物 (CAM植物) は、水の蒸散が少ない夜間に気孔を開き、取り入れたCO2 を有機酸の形に変えて液胞に蓄えます (図1)。日中は、蒸散を抑えるために気孔を閉じる一方、貯蔵した有機酸からCO2を取り出し、光合成による炭素固定反応に利用します。このように、CO2の取り込みと利用を夜と昼で分けることで、CAM植物は乾燥環境でも水の利用効率を高めることに成功しています。
着生ランに広く見られるもうひとつの特徴は、根が地上にあるために、光が当たり緑色になるという点です。緑色は光合成色素であるクロロフィル※2の蓄積によるもので、これまでにいくつかの着生ランにおいて、緑色の根が実際に光合成を行うことが確かめられていますが、葉で行われる光合成との関係性は良く分かっていませんでした。特に興味深いこととして、着生ランの仲間には、葉が退化し、一生のほとんどを濃緑色の根のみで過ごす種が存在し、根で行う光合成が炭素獲得の上で重要な役割を果たしているのではないかと推測されてきました。一方で、ラン科植物の中には、縮退した葉をもつ代わりに炭素源を菌に依存する菌従属栄養植物※3が数多く存在しています。このため、葉をもたない着生ランにおいても菌から搾取する炭素が重要な役割を果たしている可能性もあり、その炭素調達様式の実態には、不明な点が多く残されていました。
研究の詳しい内容
このような背景のもと、末次健司教授、杉田亮平氏 (名古屋大学アイソトープ総合センター)、吉原晶子氏 (大阪公立大学大学院理学研究科)、岡田英士氏 (神戸大学大学院理学研究科)、秋田佳恵氏 (日本女子大学理学部)、永田典子氏 (日本女子大学理学部)、田野井慶太朗氏 (東京大学大学院農学生命科学研究科)、小林康一氏 (大阪公立大学大学院理学研究科) からなる研究グループは、葉が退化した着生ランのなかでも、日本における代表的な種であるクモランに着目し、その根が光合成をどの程度行えるのかを、近縁種で生育環境も似ているカヤランと比較しながら、様々な視点で解析しました (図2)。その結果、クモランの根は、光合成に特化しており、まさにほぼ「葉」というべき数々の性質を併せもつことが明らかになりました。
まず電子顕微鏡を用いた解析により、カヤランの根とクモランの根はどちらも、葉と類似した葉緑体を発達させていることが分かりましたが、色素分析から、クモランの根に含まれるクロロフィルの量はカヤランの根よりも多く、新鮮重量当たりではカヤランの葉に匹敵することが明らかとなりました。また、光合成の電子伝達活性も、クモランの根はカヤランの根よりも高く、クモランの根が、より光合成に特化した器官となっていることが判明しました。
次に、これらの植物のCO2取り込み活性を調べた結果、カヤランの葉が着生ランに特徴的なCAM型光合成を行う一方で、気孔をもたないカヤランの根は、一般的な植物と同様にC3型光合成 (用語解説※1を参照) を行うことが分かりました (図3)。また、興味深いことに、クモランの根は気孔をもたないにもかかわらず、カヤランの葉と同じくCAM型光合成の特徴を示しました。そこで、クモランの根を組織学的に詳しく調べたところ、通気組織が顕著に発達しており、そこが空気の通り道になっていることも明らかとなりました。
本研究により、葉が退化した着生ランであるクモランの根が特殊な通気組織を備え、他の着生ランの葉でみられるようなCAM型の光合成を活発に行うことが見出されました。カヤランの根では光合成活性は低く、CAM型光合成の特徴は見られなかったことから、クモランでは葉に代わり根が光合成に特化し、葉と同等の光合成機能をもつに至ったと考えられます。裏を返せば、このような光合成に特化した根を進化させることができたことが、クモランが葉を必要とせず退化させるに至った理由かもしれません注1。このように本成果は、ラン科植物の生態と進化における新たな知見を提供するとともに、植物の多様なあり方と光合成との関係の解明に貢献するものです。今後さらに研究を進め、植物の驚くべき多様性を生み出してきた原動力としての光合成の仕組みと役割について、理解を深めていきたいと考えています。
用語解説
※1:光合成CO2固定経路
光合成により得られたエネルギーを用いて、外から取り込んだCO2を有機物に同化する代謝経路。イネやコムギなどの多くの植物が行うC3光合成では最初の光合成固定産物がC3化合物 (3-ホスホグリセリン酸) であるのに対し、トウモロコシなどが行うC4光合成やベンケイソウなどが行うCAM型光合成では、最初の固定産物がC4化合物 (オキサロ酢酸) である点が特徴である。
※2:クロロフィル
植物の緑色の素で、葉緑素とも呼ばれる。光合成において光エネルギーを吸収する役割をもつ。
※3:菌従属栄養植物
光合成能力を失い、菌根菌や腐朽菌から炭素を含む養分を奪うようになった植物のこと。ラン科の一部の種やタヌキノショクダイ科などが該当する。また完全に光合成を失ったものの他に、緑葉をもち光合成も行うが菌からの炭素を収奪するキンランなどの部分的菌従属栄養植物と呼ばれる種も知られている。
脚注
注1
今回の研究により、クモランの根が光合成に特化していることが明らかになったものの、クモランが菌からも炭素を得ている可能性はまだ残っている。菌への寄生性の有無については、今後の課題である。
研究支援
本研究は、学術変革領域研究(B)「プラスチド相転換ダイナミクス」の研究課題「脂質駆動によるチラコイド膜形成過程と葉緑体分化機構の解明(研究代表者:小林康一)」および科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業さきがけ「植物分子の機能と制御」の研究課題「情報分子が拓く植物による菌根菌への寄生能力獲得と制御(研究代表者:末次健司)」による助成を受けて行われました。
論文情報
タイトル
“Aerial roots of the leafless epiphytic orchid Taeniophyllum are specialized for performing crassulacean acid metabolism photosynthesis”
(葉が退化した着生ラン「クモラン」の根はCAM型光合成に特化している)DOI
10.1111/nph.18812
著者
Kenji Suetsugu, Ryohei Sugita, Akiko Yoshihara, Hidehito Okada, Kae Akita, Noriko Nagata, Keitaro Tanoi, Koichi Kobayashi
掲載誌
New Phytologist