北海道大学大学院理学研究院の松井雅樹教授、神戸大学大学院工学研究科の水畑 穣教授らの研究グループは、リチウムイオン電池の正極活物質*1として広く使用されているコバルト酸リチウム*2を、低温かつ短時間で合成する手法の開発に成功しました。

層状岩塩構造を持つコバルト酸リチウムは、通常800〜1000 ℃の高温で10〜20時間の長時間の焼成工程を経て合成されます。また、500 ℃以下の低温でコバルト酸リチウムの合成を行うと、結晶構造の異なるスピネル型コバルト酸リチウム*3が得られることから、層状コバルト酸リチウムは、高温のみで合成が可能な高温相であると考えられてきました。

今回の報告では、ハイドロフラックス法という新たな合成法を提案し、この手法を用いることで市販品と同等の結晶性を持つ層状コバルト酸リチウムを、300 ℃で30分という短時間で合成することに成功しました。また、この反応は150 ℃という低温でも進行し、スピネル型コバルト酸リチウムが形成される反応とは異なる反応経路で合成が進行することを明らかにしました。

ハイドロフラックス法は、出発原料に少量の水を加えることで、液相を介した反応が進行し、固相で反応する従来法と比較して、低温でも酸化物の結晶成長が速やかに進行するという点が特徴です。また、本手法は特別な設備を必要としないため、蓄電池材料に限らず、様々なセラミックス材料の製造プロセスへの応用展開が期待されます。

なお、本研究成果は、2023年10月23日公開のInorganic Chemistry誌に掲載されました。

ポイント

  • 結晶性の酸化物を低温・短時間で合成する手法としてハイドロフラックス法を提案。
  • 層状コバルト酸リチウムが低温で合成可能であることを実験的に証明。
  • 蓄電池材料に限らずセラミックス製造プロセスの省エネルギー化に期待。

背景

リチウムイオン電池の製造において、正極活物質は最もコストの高い部材であり、原材料の価格だけに留まらず、その生産プロセスによるコストも課題となっています。リチウムイオン電池の正極活物質として広く利用されているコバルト酸リチウムは、工業的には800〜1000 ℃という高温で10〜20時間程度の焼成工程を経て製造されており、コストに加えて製造時のCO2排出量という点も大きな課題となっています。

このコバルト酸リチウムを低温で合成するという試みも、過去には検討されてきましたが、500 ℃以下の温度では結晶構造の異なるスピネル型コバルト酸リチウム (=低温相) が生成することが報告されていたため、層状コバルト酸リチウムは高温のみで得られる高温相であると考えられてきました。

研究手法・研究成果

研究グループは、従来の固相法*4に代わる合成法として、ハイドロフラックス法という手法を開発しました。ハイドロフラックス法は出発原料の水酸化リチウムをやや過剰に使用し、そこに水酸化ナトリウムと少量の水を加えて、水酸化リチウムの融点を下げて反応温度で液相を形成することで、水酸化コバルトとの反応性向上を狙ったものです。この反応は300 ℃という低温でコバルト酸リチウムの結晶成長が促進されるとともに、不純物の生成を抑制できることを見出しました。

本研究では、この合成法における反応過程での生成物の構造変化を詳細に追跡し、反応経路を明らかにする試みを行ったところ、コバルト源の水酸化コバルトが岩塩型酸化コバルトへの構造変化を経由して液相中に溶解し、液相中でリチウムと反応することでコバルト酸リチウムが形成されることを確認しました。さらに、この反応過程の追跡で、コバルト酸リチウムの結晶成長が300 ℃到達後30分という短時間で完了することを発見しました。研究グループでは、この速い結晶成長は液相中で反応が進行することによるものであると考えています。

また、本研究を通じてハイドロフラックス法では、さらに低温の150 ℃でも層状コバルト酸リチウムが生成することを確認しており、層状コバルト酸リチウムが高温相であるという従来の認識は間違いであり、広い温度域で安定相として得られることを実験的に証明しました。

図1. ハイドロフラックス法で合成したLiCoO2の (a) 粉末X線回折図形、(b) 電子顕微鏡像

従来法300 ℃で合成した場合と比較して、シャープな回折ピークが結晶成長を示しており、電子顕微鏡像で確認できる粒子成長の様子とよく一致する。

図2. ハイドロフラックス法で合成したLiCoO2と固相法300 ℃で合成したLiCoO2の充放電曲線の比較

ハイドロフラックス法で合成した試料は高い可逆容量が得られる。

図3. ハイドロフラックス法によって合成中の試料の構造変化を示すX線回折図形

300 ℃到達から15分程度で層状コバルト酸リチウムが生成し、30 分で結晶成長が完了することが確認できる。

今後への期待

今回開発したハイドロフラックス法と従来の固相法との違いは、基本的には出発原料の選択と組み合わせだけであり、特別な設備が必要ありません。したがって、本手法は蓄電池材料合成プロセスの大幅な省エネルギー化、低コスト化及びCO2排出量の低減を実現可能な技術であると考えています。

また、本手法の適用範囲は蓄電池材料に限りません。今後の開発を通じて、様々なセラミックス粉末製造への応用展開が期待されます。

謝辞

本研究は、文部科学省 科学研究費助成事業 新学術領域研究 (JP19H05812, JP19H05813)、日本学術振興会 科学研究費助成事業 挑戦的研究 (萌芽) (JP18K19131) の支援を受けて実施されました。

用語解説

*1 正極活物質
蓄電池のプラス極で起こる酸化還元反応を担う物質のこと。
*2 コバルト酸リチウム
リチウムイオン電池の正極活物質として使用されるコバルトとリチウムを含む層状構造を持つ酸化物。
*3 スピネル型コバルト酸リチウム
層状構造のコバルト酸リチウムと同じ組成を持つが、スピネル型構造と呼ばれる異なる結晶構造を持つ物質。
*4 固相法
一般的なセラミックス合成法の一つ。2種類以上の固体の出発原料の粉末を混合し、高温で焼成することで、原子レベルでの混合を実現し、目的の物質を得る方法。

論文情報

タイトル
Kinetically Enhanced Reaction Pathway to Form Highly Crystalline Layered LiCoO2 at Low Temperatures Below 300 ℃
(300 ℃以下の低温において高結晶性層状LiCoO2を形成する速度論的に強化された反応経路)
DOI
10.1021/acs.inorgchem.3c01704
著者
前田嵐之介1 (当時)、中西 諒1 (当時), 2、水畑 穣1、松井雅樹1 (当時), 2, 3
(1神戸大学大学院工学研究科、2北海道大学大学院総合化学院、3北海道大学大学院理学研究院)
掲載誌
Inorganic Chemistry (アメリカ化学会の発行する無機化学の専門誌)
公表日
2023年10月23日 (オンライン公開)

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