望遠鏡、顕微鏡など見えなかったものを見る技術の発明によって、自然科学は飛躍的に進歩してきた。X線撮影、CT(コンピュータ断層撮影)、MRI(磁気共鳴画像)の登場は医療を革新し、CT、MRIの開発者はノーベル賞を受けた。木村建次郎教授は、電波など波動を物体に当て、波動の散乱から内部構造を画像化する技術を確立。微弱な電波で乳がんを高精度に可視化する「散乱場断層イメージングシステム(マイクロ波マンモグラフィ)」が乳がん検診に革命をもたらす技術として注目を集めている。磁気を使ってリチウムイオン蓄電池、最先端半導体メモリなどの異常電流を可視化するシステムなども開発し、「透視の科学」を探求する研究とそれを社会実装するベンチャー企業の経営を通じて、人類の安心・安全を追求している。
主配置 数理・データサイエンスセンター
著書等
  • 電池用―高分解能電流経路映像化システムの開発
  • 大学発ベンチャー企業「Integral Geometry Science 社」を設立
  • 研究室訪問 神戸大学大学院理学研究科木村研究室
関連キーワード 磁気イメージング、非破壊検査、ベンチャー、マンモグラフィ
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小さいモノから大きなモノへ

 木村教授は京都大学の大学院生、研究員として、半導体素子のキャリア密度分布や、DNAの二重螺旋構造を観察する極小の世界で研究生活をスタートした。原子を直接見ることの出来る原子間力顕微鏡の空間分可能を向上させる研究競争に明け暮れた。2008年に神戸大学に移り、「極小の世界、宇宙など極限のものに世の中の研究者が関心をもつのは当然であるが、身近なものであってもその内部がどのような構造になっているか、まったく分かっていない」と研究分野を、みる方法論そのものに大きく転換した。

 そのころ、京都の大手電子部品メーカーから「コンデンサーの電気漏れを非破壊で撮影する装置を作って欲しい」という相談を受けた。非磁性の材料で構成されているため、磁場を用いるのが最も適していると考えたが、磁場から電流を導く逆問題を解く必要がある。この問題を、積分幾何学を用いて計測によって得られる静磁場の基礎方程式を解く方法を考案し、検出器よりも大幅に高い空間分解能で電流を映像化する理論の構築に成功した。また、コンデンサーや蓄電池などの系で、磁場から電流を解析的に導く、逆問題の解を世界で初めてみつけた。これらの研究により、磁気を使って、携帯電話などで使われる小さなコンデンサー内部の電流を可視化する装置の開発に成功した。町工場が集積している東大阪市で、さまざまな部品や装置を収納するケースなどの製造を頼んで歩いたが、「何台作るのかと聞かれて、1台ですと答えると、怒って塩をまかれました」と振り返る。手間のかかる単品生産が嫌われたが、新しいことに挑戦しようとする若手経営者の協力を得て、1台数千万円の電流経路映像化装置を製作していった。

 磁気の技術は、コンデンサー向けにとどまらず、半導体回路やリチウムイオン電池などの内部電流を可視化する装置に結実している。リチウムイオン電池の内部で電流がショートすると発火事故や爆発事故につながる。木村教授の技術を活用するために設立したベンチャー企業(後述)では、電流経路映像化装置の製造販売に加えて、リチウムイオン電池の非破壊検査を年間1000件程度受託している。

世界初!「散乱の逆問題」を解決

 木村教授は大学院生時代から、波動の散乱から物体内部をみる方法論に興味を持ち、応用数学の超難問「散乱の逆問題」に挑戦してきた。電波、音波などの波動が障害物にぶつかると、水面の波紋が乱れるように波は散乱する。障害物の位置、形状がわかっていれば、どのように散乱するかは、物理学の基礎方程式を解くことで計算可能だ(順問題)。しかし、波動の散乱の観測結果から、未知の物体の形状を計算・画像化することは極めて難しい。木村教授は10年がかりでこの難問の解法を考え続け、世界で初めて数学的な計算方法を発明した。日米欧8カ国で「散乱の逆問題の解法と画像化」の特許を取得した。

 この特許を基に、大手インフラ検査機器メーカーと共同で、高度成長期に建造したトンネルの壁の内部にある微小なひび割れを、電車を走りながらリアルタイムで検査する機器を世界で初めて開発、実用化することに成功した。音波のコンクリート内での伝搬性の低さから、定量性と精度に大きな課題があった従来の打音検査にくらべ、飛躍的に高精度化、時間短縮を実現し、修復が進み、我が国の鉄道インフラの安全性向上に大きな貢献を果たした。

安心・安全・健康に貢献する技術を

 次に挑戦したのがマイクロ波マンモグラフィだ。全世界で年間167万人が新規に罹患し52万人が乳がんで亡くなる。現行のX線マンモグラフィは、コラーゲン繊維が豊富に含まれる高密度乳房では全体が白く写り、乳癌組織の発見は不可能だ。超音波は乳房内では急速に減衰し深部の発見は不可能なうえ、インピーダンスミスマッチングのため、S/Nが極めて低い。50歳以下の白人女性で6割、アジア人女性で8割が高密度乳房とされ、米国では「高密度乳房」の告知が義務づけられたが、他に有効な検査方法は確立していない。

 女性の乳房の体積の90%以上が脂肪で、脂肪は電波を良く通す。また脂肪とがんは、誘電率という、外部から電界が加わったときの分極の度合をあらわす値が大きく異なり、その境界で大きな反射が生じる。すなわち電波は乳房内の癌をみるという意味で、理想的なプローブなのだ。2013年に電波を使った検査装置を試作。2015年に日本医療研究開発機構(AMED)の事業に採択され、マイクロ波マンモグラフィの原型機を開発した。臨床研究で250人を検査し、がんの検出率はほぼ100%と、世界の開発競争の中で、数万倍の性能を達成した。電波は携帯電話の1000分の1と微弱で、胸の表面をなぞるだけなので痛みはない。内閣官房が主催する第1回日本医療研究大賞 AMED理事長賞を受け、2017年末、首相官邸で表彰された。

大学発ベンチャー企業を設立

 木村教授は自ら企業を設立して研究成果を世に問うことにし、2012年に「Integral Geometry Scence」(現在 資本金1億5500万円=準備金含む=、従業員19人、年間売り上げ1億~2億円、全期黒字決算)を立ち上げた。近くマイクロ波マンモグラフィの治験を開始し、2021年の販売開始を目指す。ベンチャーキャピタルの出資も受けており、マイクロ波マンモグラフィを使う健診センターを全世界に立ち上げる計画だ。

 また、磁気を使って、テロリストなどが隠し持った銃器や刃物を透視する装置も開発している。磁気はコンクリートなども透過するので、壁の中などに装置を埋め込むことが出来る。道路や壁などあらゆる場所に設置し、金属製の武器を隠し持った人物はセキュリティチェックされていることに気づかない。

 同社は既に売上高が2億円を超え、東京大、京都大、神戸大、東北大など出身の博士4人など「大企業ではなくベンチャー企業で力を試したい」という人材を惹きつけている。博士の初任給は一般的な大卒初任給の2~3倍以上だ。木村教授の活動は、研究成果の社会実装、博士人材の活用など日本の大学が直面する課題の解決策を示しつつある。

略歴

2001年 京都大学工学部電気電子工学科卒業
2006年 京都大学大学院工学研究科電子工学専攻博士課程修了(工学博士)
JST先端計測分析技術・機器開発事業 産学連携研究員
2008年 神戸大学大学院理学研究科講師
2012年 神戸大学大学院理学研究科准教授
2018年 神戸大学数理データサイエンスセンター教授

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