神戸大学大学院理学研究科、東京大学地震研究所、海洋研究開発機構の研究チーム※1は、本年10月に実施されたKS-16-16 航海※2において、2013年11月の噴火後2年以上にわたって噴火を続けた西之島周辺海域に、新しく開発された離島火山モニタリングシステムを投入し、試験運用を実施しました。
本システムは、波の力だけで自律的に海面を運航することができるウェーブグライダーを用いて、火山監視のために必要な画像撮影用カメラ、水中及び空中での音波測定による地震・空振観測、火山の山体の崩落等による津波発生を検知するGPS波浪計を装備しており、これらの装置が本システムの西之島周辺の運航中に正常に稼働することが確かめられました。
また、リアルタイムモニタリングのために、地震・空振計及び波浪計の測定データを西之島から1000km以上はなれた陸のサーバーに、衛星通信により継続的に伝送することに成功しました。
今回の試験運用によって、離島火山モニタリングシステムの開発段階がほぼ終了したため、今後は日本に多くある離島火山のモニタリングに向けて、実用的な運用のための準備を開始する計画です。
※2 KS16-16 航海:主席研究者:武尾 実 東京大学地震研究所教授、使用船舶:東北海洋生態系調査研究船「新青丸」、期間:平成28年10月16日~10月25日
研究の背景
西之島について
小笠原諸島・西之島では、2013年11月以来、活発な噴火活動が継続し、溶岩流出によって、新しく形成された島が成長を続け、2015年8月頃には東西2km南北2kmまで拡大しました。この噴火活動は2015年11月下旬以降、噴石等を放出する噴火や溶岩の流出は停止し、島内の広い範囲に影響を及ぼす噴火が発生する可能性は低下しました。
この西之島の活動の推移は、海底火山噴火や新たな火山島成長のプロセスを理解する上で貴重な機会ですが、この間の火山の観測は海上保安庁等の1カ月毎の航空機による目視観測や人工衛星による観測が主なものでした。
離島火山モニタリングシステムについて
上記のため、海洋島という遠隔地での火山活動を継続的にモニタリングするための観測技術の高度化を図り、多くの火山島を抱える我が国の防災・減災に役立てる事をめざして、われわれは離島火山モニタリングシステムの開発を進めてきました。
開発している離島火山モニタリングシステムは、波だけの力によって自律的に運航するウェーブグライダーをプラットフォームとして用いることで、エネルギーを補給することなく無人で運航を続けることができるので、離島火山等の監視システムとしてふさわしい性能を備えています。このシステムでは火山活動監視のために必要とされる目視観察、地震・空振観測、及び山体崩壊に伴う津波の発生を検知するための波浪計を装備しています。これらの観測データを陸上まで衛星通信によりリアルタイム伝送することで、火山活動のモニタリングを実現する計画です。この装置により西之島を始めとする海洋の火山島の活動を常時把握する体制を構築していくことを計画しています。
離島火山モニタリングシステムのこれまでの開発・準備観測について
この開発目標を達成する準備としては、2015年2月に実施されたKR15-03航海※3で、当時活発な活動を続ける西之島の周辺で、火口から7km離れた「かいれい」船上から、映像撮影、空振計、ハイドロフォンによる火山活動観測と衛星通信システムの伝送テストを実施しました※4。また、西之島周辺海域におよそ2日間滞在し、周辺の地形調査、空振計・ハイドロフォンによる音波観測と目視観察、映像撮影を行い、連続的な噴火の様子を把握することができました。またThuraya衛星携帯電話をリアルタイムデータ伝送のために使用する可能性を検討し、そのための実験を行いました。
上記の準備観測を経て、離島火山モニタリングシステムに装備するセンサー群を開発整備し、最終的にウェーブグライダーに装備して離島火山監視システムを作り上げました。このシステムを初めて西之島周辺で投入したのが本KS-16-16 航海となります。
また、2015年2月のKR15-03航海は、同時に、JAMSTEC (海洋研究開発機構) が現在開発しているウェーブグライダーを用いたベクトル津波計 (※) リアルタイム観測システムを設置するための準備観測としての役割を持っていました。このためKR15-03 航海中、海底電磁気観測装置を西之島から約12km離れた水深2200mの海底に設置しています。
※3 KR15-03航海 主席研究者:藤浩明京都大学准教授、使用船舶:JAMSTEC 深海調査研究船「かいれい」
※4 プレスリリース「2013年11月噴火後初めてとなる海洋調査船による西之島火山の学術調査研究について~火山活動、地震、津波の観測体制を整備し、西之島周辺の地形調査、空振観測、映像撮影等を実施~」(海洋研究開発機構・2015年3月27日発表)
研究の内容・成果
KS16-16 航海の期間中である2016年10月20日に、ウェーブグライダーを用いた離島火山活動モニタリングシステムを西之島の周囲を周回する軌道に投入し、自律的に西之島周辺のおよそ半径5kmの円軌道に沿って航走させ、翌10月21日に無事回収することができました。
本システムの詳細
本システムに用いたウェーブグライダーは海面上に浮かべたフロートと、長さ5.8mのアンビリカルケーブルによりつながれ、ウェーブグライダーの推進を担う水中グライダーから構成されています。海面上にあるフロートには、通常のウェーブグライダーの運航のために必要なコントロール装置に加えて、画像撮影用のカメラ、地震・空振観測装置とGPS津波計観測測定装置、そしてこれらの観測データを衛星経由で伝送するための衛星通信端末を含む伝送装置が2セット搭載されています。また空振観測のためのマイクロフォンはフロートの前後に2台、ハイドロフォンは水中グライダーに取り付けられ、海面下約6mでの音波を測定します。画像撮影はウェーブグライダーの運行中長期間にわたって西之島の画像を間断なく撮影するために4台のタイムラプスカメラを90 度おきに取り付け、360度の方位の画像を撮る事で、継続的に西之島を捕らえられるようにしました。また波浪によるウェーブグライダーの上下動 (ヒーブ) は、GPS搬送波のドップラー効果を利用して、5cm程度の精度でヒーブを測定出来るものとなっています。
成果
上記の装置により、ウェーブグライダーが西之島周回中に、連続的に所定のデータを測定記録することができました。また音波観測は、西之島で起こるであろう地震・空振を検出するのに十分な観測精度があることが確かめられました。さらに空振計、ハイドロフォンによる観測データ及びGPS波浪計による波浪データを、Thuraya 衛星を用いた衛星通信により陸上におかれたサーバーにリアルタイムに伝送することができました。
今後の展開
今回の離島火山モニタリングシステムの西之島での試験運用と、観測データの取得によって、本システムの開発段階はほぼ終了したと考えられますが、今後実用的な運用を行うためには、幾つかの改善点が明らかになりました。これらはリアルタイムデータ伝送のための衛星通信の速度と安定性の制約と、本システムで使用出来る電力量の制約です。
衛星通信の制約により、今回は画像データを陸上まで伝送することは出来ませんでした。今後は、通信速度と安定性の改善と画像データの圧縮により、映像についても伝送を可能にすることを目指しています。
また消費電力の制約については、次の点が課題となりました。本システムに備えた波浪計によって、津波の発生を検知した後に、正確な津波の大きさを推定するためには、海底のベクトル津波計との音響通信を行なえるようにする必要があります。海底のベクトル津波計との音響通信は既に、東北沖で実現しています※5。しかし、今回は消費電力の制限のため、火山活動モニタリングシステムの各装置に加えて、音響通信装置を加えることは困難でした。今後はウェーブグライダー自体の改善などにより、来年度以降に西之島海域での同システムを用いたリアルタイム津波観測を実施していく計画です。
以上の改善を行うことで、離島火山モニタリングシステムの実用化をはかり、多くの火山島を抱える我が国の防災・減災に役立てる事をめざしていく計画です。
※5 プレスリリース「ベクトル津波計によるリアルタイム海底津波監視システムの実海域での試験観測に成功」(海洋研究開発機構・2014年4月4日発表)
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用語解説
- ベクトル津波計 (VTM)
- 地震の発生に伴う地震動、地殻変動と津波に伴う水位変化を圧力変化として捕らえる海底微差圧計 (DPG) と津波伝播による海水の流れによって誘導される電磁場変動を検出する海底電磁気観測装置 (OBEM) を組み合わせた装置。ベクトル津波計によって、津波伝播に伴う水位変化、海水の流れ、津波の伝播速度、伝播方向と、地震に伴う地殻変動とを分離して観測できるので、震源過程での津波の発生過程や、複雑な地形の場所などの津波伝播の様子を詳細に把握することが可能となり、沿岸での津波予測の信頼性向上に貢献することが期待されます。
研究助成
本離島火山モニタリングシステムの開発研究は、文部科学省補助金基盤研究A 研究題目「ウェーブグライダーを用いた離島火山モニタリングシステムの開発」研究代表者杉岡裕子 (平成27年度から29年度) により進められています。