環境に関する教育研究とトピックス環境に関する教育

河川中流域における緑化進行と治水・環境上の課題

工学研究科 教授 道奥 康治
写真-1 増水中のライン川の流れをさえぎる樹木群
写真-1
増水中のライン川の流れをさえぎる樹木群

(2013年6月)

中高年の人々は、自分たちが子供の頃、川が砂や礫で白っぽく覆われ、水辺には石礫の間に様々な生き物を見つけた原体験をお持ちだと思います。現在、川の橋梁を横断すると、ほとんどの川面は草木に埋まり、緑豊かな景色に変わっていることに気づかれる方が多いと思います。しかし、「緑豊かな川」をよい自然環境と勘違いしてはなりません。洪水時には、樹木が流れの抵抗体となり(写真-1)、樹林から発生した流木は橋脚に引っ掛かって流れを阻害し越水氾濫をもたらします。樹木が繁茂すると水辺に近づいて親水活動を楽しむことはできません。多様な生物のハビタート(「生息・生育空間」のこと)であった緩勾配の岸辺は失われ、草木の種数は減少して単調な植生系が形成されます。鳥類は食物連鎖の高次捕食者で生態系に大きく影響する生物ですが、河川には生息していなかったはずの鳥類が、樹木に営巣し生態系全体のバランスが崩れます。鳥類保護のために樹木を守れという意見は、山岳樹木に成立はしても、人為影響で形成された河道内樹木に関しては見当違いです。このように、河川の緑化は治水面でも環境面でも河川の機能を著しく低下させる自然環境変化です。

河川の緑化進行と環境劣化は、私たち人間の営みによってもたらされました。人間の宿命として、平野や盆地、すなわち、氾濫原以外に私たちの生活基盤を展開できる場はありません。山岳島国の日本では特にこの傾向が顕著です。そのため有史以来、安定な水利用や悲惨な洪水被害を最小化するために、川の流水断面を大きくしてダムや堰で水を貯めるなどの対策を続けてきました。本来、河川では一定の頻度・規模で水が暴れ、洪水をもたらして初めて自然環境の平衡が保たれます。しかし、このような河川の人工的制御は、社会経済を発展させる一方、その代償として、川の流れが土砂を運んで陸地を形成し、その河川空間に動植物が息づくという、川の仕組みを壊してしまいました。河川の緑化は、日本特有の現象ではなく、人の手が入った全世界の河川が抱える共通の頭痛の種です。決して日本の技術水準や環境意識が低かったわけではなく、残念ながら、自然の営みに人知が及ばなかったというのが現実です。

人間としての尊厳と一定水準以上の生活を持続するためには、原自然河川へ回帰するという選択肢はなく、人間が生き残ることを前提とした持続可能な河川管理を目指す他に手がありません。幸いにして、河川は損なわれた自然を回復する営力と自己浄化能力を持っており、自然の仕組みを正しく理解しながら河川工事や流れを制御すれば、堆積土砂と過剰な緑を掃き清める洪水の力を回復することができます。樹木の伐木・伐採作業を最小限に抑えることができるように、私たちの研究室では、洪水流の攪乱作用と樹林施業を組み合わせた河川の整備・管理戦略を研究しています。

そのためには、樹木が繁茂した河川の洪水流や土砂の動き、そして洪水が樹木をなぎ倒す力を解析するための技術ツールが必要です。

図-1のように、複雑な地形の河川にいろいろな太さ・高さ・密度の樹林がある場合の流れを解析するために、私たちはニュートンの運動方程式と水の連続性を考慮した洪水流の計算方法を開発しました。この解析では、河川を樹木のあるところ(図-1中のB領域)とないところ(図中のA領域)に分け、さらに樹林内部とそれ以外の流れの特性を考慮して、洪水流を解析しました。それとともに、国土交通省の協力を頂きながら、洪水による樹木の倒伏・流失状況を加古川で調査しています。超音波流速計による洪水流速や最新の模型ヘリコプターを用いた樹木高さの航空観測も継続しています。

図-2は、当研究室が実施した流速解析と超音波流速計による観測の結果を比較した事例です。理論と解析がよく一致していることから、本解析を用いれば、流れや樹木に作用する力を正確に再現することを確認しました。そこで、洪水によって倒伏した樹木の位置と、その場所に働いたと考えられる樹木の倒伏力を比較したものが図-3です。茶色で着色した部分は、樹木を倒伏させるのに十分な流体力が働いた領域です。赤の丸印は洪水によって倒伏した樹木の位置です。両者は非常によく一致しています。樹木が繁茂した河川流を解析するためには、特殊な解析技術が必要ですが、当研究室ではそれに成功しました。

このように、河川の地形、樹木の特性(太さ、高さ、密生度)、洪水流の規模や特性、さらに土砂の浸食・堆積特性などを予測できるようになれば、伐採・伐木・間伐などの樹林施業と、河川構造物や河川敷の掘削・浚渫などの河川工事を組み合わせて、経済的で自然に近い河川を再生することが可能になります。河川の営力を利用した省力的な多自然川づくりを実現するために、藪蚊・土埃・花粉と闘いながら学生諸君とともに河川樹林の中を徘徊しています。

研究室URL: http://www.research.kobe-u.ac.jp/eng-c3labo/index.htm

  • 図-1 樹木が繁茂した河川における洪水流の構造
    樹木が繁茂した河川における洪水流の構造
  • 加古川の河口から23.6km の横断面(小野市)における流速の計算値(緑の実線)と観測値(赤の点線)との比較(樹林の位置は灰色で川底の位置は黒の実線で示している)。
    加古川の河口から23.6km の横断面(小野市)における流速の計算値(緑の実線)と観測値(赤の点線)との比較(樹林の位置は灰色で川底の位置は黒の実線で示している)。
  • 倒伏力の解析値Mv/Mc(緑色→茶色に向かうほど大きい)と倒伏した樹木の位置(赤丸)
    倒伏力の解析値Mv/Mc(緑色→茶色に向かうほど大きい)と倒伏した樹木の位置(赤丸)
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