環境に関する教育研究とトピックス [トピックス]

膜分離 -環境保全に貢献する高度分離技術-

図1 先端膜工学研究拠点
図1 先端膜工学研究拠点

分離技術は人間の安全・安心で快適な生活と環境保全を両立するためのキーテクノロジーです。さまざまな分離技術が開発され、環境保全に利用されています。それらの中でも、膜を使った分離技術は新しい高度分離技術と言っても過言ではありません。神戸大学には平成19年4月に国内でも唯一の膜工学に特化した組織「先端膜工学センター」が設立され、同年7月には産学連携の推進を目的とした「先端膜工学研究推進機構」が設立されています。先端膜工学研究推進機構には現在60社を超える民間企業が参画しており、先端膜工学センターとの連携のもと、多くの共同研究を行っています。また、ポートアイランドの統合研究拠点では「先端膜工学研究プロジェクト」が実施され、さらに今年度には、六甲台キャンパスに6階建ての施設「先端膜工学研究拠点」(図1)が竣工しました。最先端の分析機器から実用化規模の製膜装置、評価装置を整備いただき、それらを使った膜分離に関するさまざまな最先端研究を行っています。

膜が貢献する環境保全には、大きく分けて大気環境保全と水環境保全があります。大気環境保全では、近年注目されているCO2の分離が可能な膜や、揮発性有機化合物の分離が可能な膜などの開発を行っています。図2は我々が開発したCO2分離膜の一例です。この膜は高分子ネットワークで形成されたゲルで、その中にはイオン液体と呼ばれる特殊な液体が入っています。ゲル膜内のイオン液体含有率は80%以上と非常に高いため、CO2は高速で膜内を拡散移動できます。また、使っているイオン液体にはCO2との反応性を付与しており、選択的にCO2だけを透過することができます。そのCO2選択透過性能は世界トップレベルです(図3、CO2選択性、CO2透過係数とも、数値が大きいほうが高性能)。しかも、高温下や高圧下など、過酷な環境でも使うことができるため、火力発電所排ガスやバイオガス精製、シェールガスや天然ガスなどの精製など、さまざまな場面で使える可能性が期待できます。

図2 開発した反応性イオン液体含有ゲル膜
図2 開発した反応性イオン液体含有ゲル膜
図3 反応性イオン液体含有膜のCO2分離性能
図3 反応性イオン液体含有膜のCO2分離性能
(CO2選択透過性とCO2透過速度の関係)

水環境の保全では、汚れた水からきれいな水を作り出す水処理膜を開発しています。図4は我々の研究グループが所有する大規模製膜装置の一つです。我々の研究グループでは膜を作ることが可能ですので、さまざまな材料を使って高性能な膜の開発に取り組んでいます。また、コンピューターシミュレーションを駆使して膜の構造形成過程や透過挙動を予測する研究にも取り組んでいます(図5)。将来的には最適構造を有する膜の作製や膜の微細構造制御などの可能性も期待できます。一方、膜の開発だけではなく、実際の水処理プロセスに関する研究にも取り組んでいます。例えば、現在主流の下水処理法よりも効率的でコンパクトな膜分離活性汚泥法については、ラボレベルの膜開発やプロセス検討だけでなく、ポートアイランド下水処理場に実規模レベルの装置を設置しています。またインドネシアにも浄水処理の実規模レベルの装置を設置しており、基礎研究から実証試験まで、一連の研究開発を行うことで膜分離技術の社会実装を加速し、水環境の保全に大きく貢献していきたいと考えています。

膜分離技術は環境保全だけでなく、エネルギー問題にも貢献します。消費エネルギーの削減や創エネルギーは、電気を生み出すために燃焼される化石燃料使用量を減らします。化石燃料は燃焼されることでCO2になりますので、その使用量削減は大気中CO2濃度低減に直結しています。つまり、エネルギー問題は環境問題と密接にかかわっています。膜分離プロセスはエネルギー効率に優れた分離技術ですので、現行のエネルギー多消費型プロセスを膜プロセスに置き換えることで大幅なエネルギー消費量の削減が期待できます。最近では生体機能を模倣した高性能膜の開発にも成功しており、これが海水淡水化技術に実用化されると、蒸発法や現状の逆浸透膜を利用したプロセスよりも少ないエネルギーで海水から飲み水を作り出せることが期待されます。 

一方、膜はエネルギーを創出することも可能です。近年、膜を使った発電方法として、浸透圧発電が注目されています。浸透圧発電とは、塩水と淡水の浸透圧差を利用して発電するクリーンな発電方式です。水だけが透過する膜で塩水と淡水を隔てると、淡水が塩水側に移動し、塩水の圧力が上昇します。その上昇した水圧でタービンを回すことで発電することができます。浸透圧発電では水だけを透過する膜の役割が重要で、高性能な膜を使うことで発電量を増大させることができます。我々の研究グループでは、浸透圧発電に使うことができる高性能な膜の開発も行っています。

近い将来の環境保全やエネルギー問題への貢献を目指して、今後もさまざまな膜および膜分離プロセスの開発に取り組んで行きたいと考えています。

  • 図4 中空糸膜製膜装置(熱誘起型相分離法)

  • 図5 コンピュータ上に作製した多孔膜と
    その内部における物質透過の様子