環境に関する教育研究とトピックス

環境に関する教育

藻場とブルーカーボン

内海域環境教育研究センター 特命教授 川井 浩史

筆者が所属する内海域環境教育研究センターは1997年に理学部附属臨海実験所を基礎として、瀬戸内海などの閉鎖性海域の自然科学と環境に関わる教育・研究を行う学内共同利用施設として設置された。センター所属教員の主要な研究テーマの一つは臨海実験所創設以来、海の一次生産者(広い意味での植物)である藻類、なかでも海藻類の生理・生態や多様性研究であり、筆者自身も海藻、特に褐藻を主な研究対象としてきた。

センター発足当時は「海藻」といっても多くの人にとってノリ(海苔)やコンブ(昆布)などの食品としての認識・興味以外はあまり無かったように思う。しかし、大形の海藻であるコンブやホンダワラのなかまは、海の一次生産者のなかでも最大のものであり、それらが繁茂する場所は、海に生える顕花植物であるアマモなどの「海草」が繁茂する場所を含めて、「藻場(もば)」と呼ばれ、陸上の生態系にたとえると森林に相当する。すなわち、藻場は森林と同じように高い生物多様性と生産性を持ち、漁業資源の維持にとっても大きな役割を果たしているが、藻場という用語を含め、その重要性を理解している人はかなり限られていた。さいわい藻場の理解はこの十数年の間に徐々に進み、最近では各地で市民などによる藻場の再生を目指した活動が行われるまでになった。

藻場は、ここ数年は沿岸生態系を構成する要素としてだけでなく、地球規模の気候変動を引き起こす温室効果ガス(CO2)の吸収・固定、そして貯留の場としても注目を浴びるようになった。すなわち2009年に出されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)ほかによる報告書で、温室効果ガスの吸収源として、森林などの陸域生態系に加えて、マングローブや海岸湿地などの保全・活用も重要であり、陸域生態系で吸収・貯留されるCO2をグリーンカーボン、海の生態系で吸収・固定されるものをブルーカーボンとして区別することが提唱された。しかし、マスコミなどから得られる情報はどちらかというと温室効果ガスの排出権ビジネスにつながるカーボンクレジットに関わる話題が先行し、その問題の理解の基礎となる沿岸生態系の特徴やCO2の吸収メカニズムや生物多様性との関わりについては充分な情報が提供されていないように思う。これについて、環境イノベーション情報機構(EIC)から環境問題の話題・動向について解説するWEBコンテンツの執筆を依頼され、「環境風」というコーナーに「ブルーカーボンと藻場生態系の役割」という解説を掲載して頂いた (https://www.eic.or.jp/library/wind/002/)。

気候変動の問題は本当に待ったなしの状況にあり、実効性のある方策を皆が理解して実施することが重要であると考え、なるべく一般の方にもわかりやすい形で沿岸の生態系と温室効果ガスの吸収・貯留(あるいは放出)の関わりについての総説を書いたつもりである。そのために新たにオリジナルで作画したブルーカーボンの概念図を含め、さまざまな方に見て頂き、活用して頂ければありがたいと考えている。

温帯域沿岸域でのブルーカーボンの概念図