環境に関する教育研究とトピックス

環境に関する教育

衣と環境問題

人間発達環境学研究科 教授 井上 真理

衣食住の中で衣はヒトだけがもつ文化です。衣服の着用には保健衛生上、生活活動上の、対自然環境に対する目的があります。暑さ寒さをしのぐ、外傷から身を守るという安全安心に対応するものです。一方で、装飾審美上、道徳儀礼上、標識類別上など、対社会環境としての目的もあります。衣服には象徴などの意味もあり、自尊感情を高め、自己実現の手段ともなり得ます。

日本では、基幹産業として絹の産業が発展しました。日常の衣服のほとんどが、綿・麻・毛・絹という天然繊維で賄われていた時代を経て、その後、高価で貴重な絹等の代替品として、人絹(木材パルプから作られる再生繊維のレーヨン)が開発され、さらに石油から作られる合成繊維のナイロン・ポリエステル等が開発されます。安定して安く大量生産できる合成繊維の誕生です。世界の人口の増加と共に、繊維の生産量は増加しており、その割合は天然繊維の綿と合成繊維(ほぼポリエステル)とで二分しています。合成繊維の歴史は100年にも満たないものですが、技術の粋を尽くして開発され、日本の経済成長の一翼も担ってきました。化学繊維の中でもレーヨンやキュプラなどの再生繊維、アセテート等の半合成繊維は綿麻の植物繊維と同じセルロース由来の繊維ですが、合成繊維は石油由来ですから、プラスチックと同じで生分解性しないという問題を抱えています。

一方、天然繊維は環境にやさしいのでしょうか。綿製品は生分解しますし着用する人の健康に害を及ぼす心配はありません。しかし栽培時に用いられる農薬等の薬剤は農地を侵食し、そこで働いている労働者やその地域の住民への健康被害を起こしています。栽培のために莫大な水量も必要です。そのため、農薬を用いず、水量も少なく栽培できるオーガニックコットンの生産が注目されるようになりました。ただ、一般の農地で栽培される綿よりも手がかかり、全体の綿の生産量の2%に過ぎない状況です。それでも、オーガニックコットンしか使用しないと宣言する企業が出てきていますので、これから増加していく可能性はあるでしょう。

国連貿易開発会議によると、繊維業界、ファッション業界はCO2の排出量が全業界の10%を占め、大量の水資源を消費することから、石油産業に続いて“世界で2番目の環境汚染産業”とされてしまっています。繊維を糸にして、布をつくる。さらに染色や加工を行って製造される繊維製品はさまざまな工程を経るうえ、アパレル産業における衣料廃棄の問題も伴っています。このようなマイナス面を抱えながらも、繊維製品は世界の人類の衣生活を担っていることにかわりはありません。業界を挙げて、グローバルな課題として、世界的にこのような問題への対処を早急に進めようとしているところです。生活者も一緒になって、サステナブルな繊維製品の在り方を問い、実現していく必要があることを身近な衣生活の中で考える講義を行い、生活の中でアクションに代えてくれることを期待しています。衣服はその人だけが持ち運ぶことのできる最も小さな環境です。衣食住の中でも、衣は人間だけが行う営みであり、暮らしに彩りを与え、暮らしを豊かにするものです。自分自身の生活のエネルギーにもなり、さらに時代をつくるものでもあります。グローバルな視野に立ち、環境・社会・経済に繋がるものとして衣生活を捉えられる授業を作りたいと考えています。

講義中に取り入れている実験の例
吸水性実験
吸水性実験
糸繰り実験
糸繰り実験
触感による繊維鑑別
触感による繊維鑑別