環境に関する研究

侵害性アリの防除のための化学生態学的、神経行動学的研究

理学研究科 教授 尾﨑 まみこ

アリ類は種数も多く、地球上に棲息する個体数はヒトをはるかに凌ぐといわれています。21世紀に入って人的活動のグローバル化が加速度的に進むに従い、その生息域は急速に世界中に拡散しています。「侵害性アリ」というのは、原産地から世界各地に侵入、定着して棲息域を拡げつつ、人や家畜の生活圏内に入り込んで生活環境や健康の安全・安心を脅かすアリ種を指します。

わが国有数の港湾都市、神戸は、これまでアルゼンチンアリやヒアリといった代表的な侵害性アリの侵入を許してきました。アルゼンチンアリは1999年にポートアイランド地区で発見され定着し、2017年に日本に初上陸したヒアリもまたポートアイランドのコンテナヤードを経由して内陸に運ばれました。これら2種の侵害性アリ種はいずれも1000頭を超す女王を有するスーパーコロニーを形成するため、定着を許すとその繁殖スピードに防除が容易に追いつかないのが実情です。現在推奨されている防除法は、定着初期に徹底的に殺虫処理をすることですが、初期防除に成功しなかった場合は何年も殺虫剤を撒き続けなければならず、一時的に限られた地域で根絶が図られても周囲からの再侵入の恐れがあるため、殺虫剤処理をなかなか止めることができず、殺虫剤の連続投与により環境が疲弊し生態系や生物多様性が脅かされる心配が生じてきます。

私達は、この10年間に、神戸ポートアイランド地区、京都伏見地区、台湾台北・桃園地区を研究フィールドとして、アルゼンチンアリとヒアリの研究を行い、アリが交信に用いている匂い(フェロモン)の化学的な実体を特定し、その様な化学物質を用いてアリ社会に偽の情報をもたらすことで、社会的なまとまりを分断する方法を研究してきました。その結果、日本在来のあるアリが持つ3種類の体表炭化水素が在来種を脅かすことなくアルゼンチンアリに強烈な忌避行動を引き起こすことが分かり、特許を取りました。また最近は、ヒアリが興奮した時に分泌する化学物質の特定を目指して研究を行っていますが、その物質は侵入者に遭遇したアリから分泌されると周囲の仲間に興奮を伝搬・増幅し集団の攻撃性を急激に高めると考えられます。さらに、侵害性アリの検出・同定には、標本を見て判断する専門知識が必要でしたが、最近、生息地域の砂からアリの生息痕跡を見出す環境DNA解析法の開発に成功し、2019年の日本生態学会で共同研究者が発表を行いました。

「侵害性アリの勢力拡大をくい止めるには」