神戸大学長

みなさん、卒業、修了おめでとうございます。そして、ご家族の皆様方、 誠におめでとうございます。神戸大学の全構成員を代表して心からお祝い申し上げます。  

本日、学部学生の卒業生2673名、 大学院博士前期課程修了者1141名および法学研究科と経営学研究科の専門職学位課程修了者合わせて101名、 のみなさんに、それぞれ学士号および修士号を授与いたしました。 また、昨日は、大学院博士後期課程修了者 259名に博士号を授与したところです。 このように、多くの卒業生や課程修了者を輩出できましたことは、神戸大学にとって誉であり、誇りに思っております。

地球規模で激変する社会

さて、みなさんは、これからそれぞれ新たな社会へ出ていかれ、 世界に大きく羽ばたかれようと夢と希望を持たれ、胸躍る思いをされていることと存じます。

ところで、近年における人類の技術的な歴史を振り返ってみますと、最初に農業における農業革命、 そして18世紀の産業革命に端を発した工業革命、そして「IT革命」とも呼ばれている情報革命によって現在の 「情報化社会」へと移行してきました。このIT革命における情報技術の進歩は、 情報伝達に劇的な変化をもたらし、地球規模で社会を大きく変えつつあります。 すなわち、迅速で豊富な情報をだれもが共有できること、その結果として国家や民族、 言語の壁を取り除き、人類としての民主的な共存関係が高まることなどが期待されています。 しかしながら、我々の受容体の感度と適切な選択能力を有していなかったり、相互の理解力が不足していたりすると混乱を引き起こし、 かえって人間性や倫理性などの障害や様々な害悪をもたらすという警鐘をならす研究者も多くおられます。

また、情報技術以外の科学技術についても、産業革命以来のめざましい発展が、 社会に豊かさや便利さ、快適さなど、さまざまな便益をもたらしましたが、皆様もご存知のとおり、 今日では、その反面、温室効果ガスによる地球温暖化、酸性雨による森林や湖沼の汚染、 廃棄物による有害物質の発生など様々な形で地球環境を大きく損なう弊害が生じています。

その上、今述べました地球環境の変化、無計画な開発による公害や水不足、 外来種の持ち込みなどによる自然生態系の破壊についても大きな懸念がなされています。 多様な生き物が生まれ育つ生態系を破壊している現状を早急に見直さなければならず、 今年10月に名古屋市で、国連の「生物多様性条約締約国会議」が開かれます。 人間の生活は自然の恵みなしには成り立たず、生物の多様性をおろそかにすると、 その仕返しは必ず人間社会に回ってきます。このような潮流を受け、地球温暖化の会議と同じく、 190カ国以上の代表が集まり、「生物多様性の視点」から地球環境を健全に維持する方策が話し合われます。 自然環境を守り自然の恵みの豊かさを維持することが、世界各国の政策の中核に据えられる時代を迎えることになってきました。

このように、現代社会における科学技術の急激な発展・変化は、 社会の構造やシステムを変革させ人類に多大な恩恵を与える「光」の部分と、 自然との調和的存在からますます遠ざかり、その結果として地球的・社会的に多くの歪みを引き起こし、 深刻な矛盾である「影」の部分を包蔵するに至ったことに留意しておかねばなりません。

温暖化の危機

ここで、今世界中で大きな問題となっている地球温暖化問題を取り上げ、お話をしたいと思います。 温暖化に大きく影響するのは、エネルギーの消費量です。 現在の約60億人の地球人口が2050年には90億人を超える人口爆発が起こると予想されていますので、 エネルギーも世界中の人々が日本人と同等の消費を行うと仮定すると現在の3・5倍にもなり、 温暖化ガス排出量は飛躍的に増大すると計算されています。シミュレーションの結果、 最悪の場合、気温は4度以上も上昇し、地球全体にとって極めてシリアスな状況になるものと予想されております。

このような環境破壊が予想される中、最近になって、人類はようやくその危険性に気付き、 地球温暖化の危機から脱却するために立ち上がることになりました。

1997年に京都で開かれた「国連気候変動枠組み条約」第3回締約国会議、 いわゆる「COP3」会議において京都議定書が誕生した時点が、その具体的な取り組みのスタートラインと考えてよいでしょう。 その後、昨年12月に開かれた第15回締約国会議「COP15」での「コペンハーゲン合意」に基づき、 これまでに約70カ国の国・地域が、2020年までの温暖化ガス削減中期目標や行動計画を同条約事務局に提出しました。 アメリカや中国、新興国など主要な排出国が削減目標や行動計画を提出したことで、 地球温暖化問題は国境を越えた世界の課題として動き出しました。

日本は、前提条件はありますが、1990年比25%削減を目標として提出し、 本格的な活動計画策定の取り組みが行われようとしています。

このような取り組みに関し、日本の負担が大きくなり、国内の雇用や国民生活への悪影響、 さらに経済や財政の崩壊に繋がる等の懸念がなされていますが、私は次のように考えております。

知の結集で克服を

40年ほど前の古い話になりますが、1970年代当時、 ガソリン乗用車から排出される窒素酸化物の排出量を90%以上削減するという規制、 いわゆる日本版マスキー法の実施論議が起きました。米国の規制よりも遥かに厳しく、技術的な困難や競争力の低下等を根拠に、 経済界から強い反対が出ました。しかしながら結果的には、日本では研究者や企業団体等の血のにじむような努力のおかげで、 排出ガス低減技術の急速な開発に成功し、当初の目標より2年遅れて1978年に当初目標通りの規制が実施されたのです。 このような革新的な技術開発の成果等によって、 それ以降の日本の自動車製造技術は省エネルギー化や排出ガスのクリーン化などにおいても世界の自動車産業界をリードし、 今日の繁栄に至っていることは承知のとおりであります。

当時とは社会の状況や科学技術の発展の程度などを単純に比べることはできませんが、 できる限りの知力を結集し25%の高いハードルに挑戦をしてゆくことは、決してネガティブな結果を招くことにはなりません。 このような血の出るような努力によって達成された成果が、次世代における地球環境を保護し発展させる国として、 世界をリードするトリガーになる可能性があると考えております。

このような地球規模の環境や生態系の問題は、科学技術を中心に研究される自然科学系のみの研究成果で解決できるものではなく、 人文・社会系、医学系など様々な分野の研究者たちが知恵を結集した学際的な領域の成果を通じて、 初めて目標を達成できることと思います。

学びの力を人類のために

神戸大学では、世界最高水準の研究と人間性、創造性、国際性、専門性を培う教育を目指してたゆまない営為を重ねてきました。 特に、国際化の推進に注力し、グローバルな競争社会において、多くの分野で世界的に活躍でき、 国際社会からも尊敬されるような優れた人材の育成に尽力してまいりました。 また、学際性・総合性との調和のとれた教育研究を飛躍・発展させるために、 新たな教育研究組織を設置し、幅広く物事をとらえることのできる人材の育成にも努力してまいりました。

みなさんは、このような神戸大学の、国際性豊かで文化の香り高い教育風土の中で学ばれた経験から、 先程申し上げました地球規模の困難な課題にもチャレンジし克服できる「素晴らしい創造力」を身につけられていることと存じます。

自信を持って、自然環境との共生を重視した「持続可能な社会」の構築を目指し、 人類のために大いに羽ばたき御活躍されますことを祈念して、平成21年度学位記授与式の式辞と致します。

 

平成22年3月25日
神戸大学長 福田秀樹