福田学長

台風一過の本日、神戸大学海事科学部創立十周年記念式典を予定どおり挙行できますことを、大いなる幸いと感じております。遠方より、また、ご多忙の中、多くのご来賓の皆様方のご臨席を賜り、厚く感謝申し上げます。開会に当たり、一言ご挨拶を申し上げます。

明石海峡から大阪湾沿岸に至るこの地域は、かつては「摂津」、もっと昔は「津の国」と呼ばれていました。当時の都であった畿内と北九州を結ぶ瀬戸内航路の東のターミナルポート、つまり「津」がこの地であったことに由来します。

以後、神戸は港湾都市として発展しました。その間には昨年のNHK大河ドラマで取りあげられました、平安時代の港の整備と日宋貿易の開始、1868年の開港以降は「国際性」が彩りを加えました。この一大商業都市への発展を背景に、明治35年官立神戸高等商業学校が設立され、これが神戸大学のルーツになっております。一方、この神戸の地には、もうひとつの教育の流れがありました。それが川崎商船学校を礎とする海事教育です。大正時代に「商業」と「商船」の二つの官立高等学校が併存した事実は、神戸の街の特徴を何より良く表しています。

川崎商船学校は、大正6年、当時の造船・海事実業家のひとりであった川崎正蔵氏の遺志に基づき、芳太郎氏の時代に設立されました。武之助氏の時に国家に献納され、神戸高等商船学校となりましたが、現在で数百億円に相当する私財を川崎家三代はつぎ込まれました。その後、順調に進んだ神戸高等商船学校の海事教育は、残念ながら、昭和10年代以降、戦争に翻弄され、爆撃で校舎もほとんど焼失しました。そして、戦後、資源少国の我が国の復興には海運の復興、すなわち日本商船隊の整備が最重要課題のひとつとして浮上しました。外航船員の養成拡大が急務となったのです。これに対応するには、伝統ある深江の地で海事教育を再開するのが一番だという関係者の熱意は、神戸商船大学設立促進連盟の結成へとつながりました。

国会、文部省、運輸省をはじめ、兵庫県、神戸市、海事関係団体等各方面のご理解とご協力により、議員立法という異例の形で、昭和27年に神戸商船大学が新設されました。この後、高度経済成長に伴う定員増員や、日本で唯一の原子動力学科の新設という発展を通して、外航船員だけでなく造船や重工業など海事関連産業に多くの有為の人材を輩出してきたことは、皆様もご存知のことと思います。しかしながら、順風満帆だった海事教育は、船舶運航技術の技術革新や、昭和46年のドルショックを契機とした日本海運産業の構造変化など、世界経済や海運界の動向という、二つ目の荒波にさらされました。こうした変化に対応するため、海技免許の取得を目的としない学科の分離や、航海・機関の両方の分野の教育など、質的転換を図ってきました。そして、平成13年に発表された、いわゆる「遠山プラン」と言われている国立大学改革の流れの下で、当時の野上神戸大学長と原神戸商船大学長がリードされ、2年にわたる協議の末、平成15年に両者が統合し、神戸大学に新たに「海事科学部」が設置されました。

統合の際、大学院商船学研究科については、理学部、工学部及び農学部を基礎とした「自然科学研究科」の中の三つの専攻として移籍することになりました。個人的な話になって恐縮ですが、当時の自然科学研究科長を私が務めておりました。平成19年度には、学際性の理念を継承・発展させるための大学院改組が実現しました。4つの研究科が独立すると同時に、新たに設置した「自然科学系先端融合研究環」を中心として各研究科及びセンターの連携による学際研究を進めることになったのです。

世界で類を見ない、海事系重点化大学院である海事科学研究科の発足に協力できたことは、個人的にも喜ばしいことであり、当時の久保学部長はじめ関係者の皆様に感謝申し上げますとともに、今後の発展を期待しております。

さて、同じ平成19年には、我が国の海事・海洋分野の革新的な動きとして「海洋基本法」が施行され、翌年から具体的な施策が始まりました。

海洋基本計画では、例えば、「船員をはじめとする海運業従事者の育成・確保が急務である」、「産学官連携による海運経営、技術経営、運航管理、造船等の海事産業分野で活躍する人材の育成や供給を促進する」など、人材育成が強調されております。

特に、教育機関への課題を述べた部分では、「海洋に関わる事象は相互に密接に関連していることから、海洋立国を支える人材には、多岐にわたる分野につき、総合的な視点を有して事象を捉えることのできる幅広い知識や能力を有する者を育成していくことが重要である。このため、大学等において、学際的な教育及び研究が推進されるよう、カリキュラムの充実を図る」ことの必要性を述べております。

さらに、スーパー中枢港湾の指定などの港湾政策、新成長戦略や第4期科学技術基本計画など、海事科学部・海事科学研究科を取り巻く環境も大きく変化してきております。

これらの動向に対応し、そして、総合的な視点を有する人材を育てる学際的な教育研究を進めることができるのは、海事科学部を有する唯一の総合大学である神戸大学しかありません。

海事科学研究科内で議論された自己改革案をベースに、神戸大学全体がバックアップした結果、今年4月から、学科構成を変更してステップアップした新・海事科学部が誕生しました。

この改組では、航海・機関・物流・海洋機械など、神戸商船大学時代から継承してきた伝統は、一部の内容を強化して2つの学科が担い、海洋基本計画で指摘されている海洋環境、エネルギー、災害対策・安全等の領域において、従来別々の学科において個別に培ってきた教育研究要素をひとつにまとめ、新たな体系を構築しました。

こうした改革の成否は、今後の教職員の努力にかかっております。

国際港湾都市に位置する総合大学の中で、単に「一翼を担う」という段階ではなく、研究大学として認定された神戸大学の「中心的な役割を果たす」ことになるよう、構成員全員の一層の活躍を期待しております。

最後になりましたが、本日、ここにご臨席を賜りました皆様に、海事科学部及び神戸大学へ、今後も一層のご支援・ご指導を賜りますよう、お願い申し上げます。

皆様方の益々のご健勝を祈念しまして、私の式辞といたします。

平成25年10月26日
神戸大学長 福田 秀樹