対談

国立大学は2004年の法人化以降、運営費交付金の削減によって若手ポストの減少が進み、研究力の低下が懸念されるようになっています。収入源の多角化、人材活用の両面で企業との連携強化が国立大学の重要な課題です。そのために大学に何が求められるのか。本学OBで企業内外の連携(コネクト)を重視している旭化成の小堀秀毅社長と武田廣学長が語り合いました。

◇第4次産業革命へ対応――博士人材の活用を!

武田学長

国立大学は2004年に法人化され、教育・研究の自由度が増すと期待されましたが、運営費交付金が減らされ、閉塞感が強まっています。神戸大学でも80人以上の若手ポストが減り、教育力・研究力は大きな影響を受けています。一方で、ポスドク1万人計画で増えた若手の博士人材について、「使いにくい」とはっきり言われる企業トップもおられます。大学の研究や博士人材は企業からどのように評価されているのでしょうか。

小堀社長

当社は過去5年、博士を二桁採用しています。大卒以上の理系人材の概ね10%以上です。ドクターは日本の学術を担う人たちであり、企業でも十分活躍していただけると私たちは考えています。学卒・修士は経団連の就職協定に従って、一斉に採用しますが、ドクターは個別に面接し、専門性を重視して、企業の中でも対応力があるかどうかを見極めて、採用します。今後もこの傾向は変わらないと思います。

武田学長

心強いお言葉をありがとうございます。国大協などでも言っていただきたいですね。(笑)

小堀社長

現在、第4次産業革命が進んでいると言われているように、企業はAI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)、ビッグデータへの対応などのデジタルトランスフォーメーションを迫られています。そうしたイノベーションが産業の縦割り構造を超え、様々なテクノロジーが融合される中から新たな成長領域、産業が生まれてくると考えています。そのためには専門性の高い人材が極めて重要になります。そのような人材を束ねて、会社が目指す事業を創り上げていくことが重要で、高度なプロフェッショナル性を持つ人材と、リーダーシップを持ったマネジメント力の高い人材の双方が必要であると考えています。

当社は昨年、「高度専門職」の制度を改定しました。従来は高度専門職から役員待遇にはなれなかったのですが、役員待遇の「フェロー」を設けました。また事業部長、部長待遇の高度専門職を質、量とも充実させ、若手社員が目指しやすい制度にしました。またキャリア(中途)採用も優秀な人材を確保しやすい処遇に変更しました。旭化成グループとして特長あるコアの技術分野や、今後必要とされる分野でプロフェッショナルな人材の育成を強化していく方向で取り組んでいます。

武田学長

博士の専門性と学位を取るだけの粘り強さは、企業社会でも活かせるはずですね。

◇外部と連携して改革加速

小堀社長

1990年代、コンピューター技術の発達によって第3次産業革命と言われた変化の時代に、日本企業はバブル経済崩壊後の構造改革を迫られ、IT社会の進展に追いついていけませんでした。構造改革に10~20年もかかり、人口動態を見れば少子高齢化が進むことは明らかだったのに、手を打ってこなかったのです。企業も大学に対し、(人材育成などの)要望をしませんでしたが、第4次産業革命によって世の中の変化が加速する現在、企業、大学、研究機関が連携を強めないと、大学が知の大系を深め、企業は事業を通じて社会課題の解決に貢献するというミッションに的確に対応できません。

今、私が取り組んでいる中期経営計画のキーワードは「コネクト」です。旭化成はたくさんの事業を展開しており、社内に優秀な人材と技術を持っています。それらを縦割りではなく、うまく結びつけていく。また、マーケット、社会とのコネクトにも一生懸命取り組んでいます。

もう一つの視点が「グローバル」です。世界とつながることで、新たな刺激を受けることができます。当社は積極的にM&A(合併・買収)に取り組み、2012年と2015年に米国企業2社をそれぞれ約22億ドルで買収しましたが、彼らのものの考え方が、よい刺激になっています。世界との交流をしっかりやることが、大学の変革にも非常に重要だと思います。

武田学長

大いに賛成です。ただ、国立大学に対する国の縛りが強く、例えば情報関係の新学部を作ろうとしても、なかなか実現しません。やっと滋賀大学がデータサイエンス学部を2017年度に設置しましたが、ワンラウンド遅すぎます。(第4次産業革命を担う)人材を養成しようと思うなら、10年前にやっておくべきだったのです。今新学部を作っても、学生が卒業するのは4年後、修士、博士はさらに2~3年必要です。企業からは「ICT(情報コミュニケーション技術)の人材が足りない」と、大学に対応を求められていますが、(欧米、中国などに比べて)出遅れてしまったと思いますね。

昨年、中国とシンガポールを訪問しましたが、両国は上意下達で情報系の新学部に優秀な人材を集め、巨額の投資をしています。神戸大学は協定を結んで共同研究に取り組もうとしていますが、日本国内では体制を変えようとしても、自由がなく、やりにくい。

小堀社長

企業も大学も国も、将来の大きなトレンドをしっかり把握し、変革に取り組むことが非常に重要ですね。対応の遅れをどうキャッチアップし、改善するかを考え、一大学だけでできない時は、足りない部分を外部から導入する、企業と大学が一体となって改革を加速するという手段を考えざるを得ない。そういう意味で、武田学長が「文理融合」を掲げ、シンガポールの南洋理工大学との提携やベンチャー企業を興すなどの活動に取り組んでおられるのは大変重要です。それらをアピールして、大学全体がその意識をもって改革を加速していただきたいと思います。

◇メディアも活用して意識改革

武田学長

大学の教員は皆、一家言を持っていて、なかなか執行部の危機感が伝わりません。粘り強く、環境変化をわかってもらう必要があります。監事の助言を受けて、今年から学内の各キャンパスを回って、大学の経営状況や執行部の方針を説明しています。研究科長など各部局の執行部は大学の状況を理解していても、一般の教員は改革に対して「何でそんなにバタバタするのか、忙しくなるだけだ」という意見が無いわけではない。学長と理事が改革の必要性などを説明すると、「こんなに厳しいのか」「病院の経費の割合がこれだけ高いと、病院の業績しだいで一部局の予算が吹っ飛ぶ」などの意見も出て、状況を理解してもらう意味で、大変良かったと思っています。

ただ、深刻なのは人件費を含む基盤的資金が、使途が決まっている競争的資金にシフトしていることです。薄くカンナをかけるようにして資金を捻出して(賃上げに)対応してきましたが、政府が3%の賃上げを呼びかけている今年、もし人事院勧告で3%の賃金引上げを求められたら、どうなるのか。ほとんどの国立大学法人はお手上げだと思います。

小堀社長

企業経営も大学の運営も似ていると思いますが、私は外部(のメディア)に取り上げていただいて、私の考えを外部の記事で社員に読んでもらうよう努めています。組織に属している人間は組織に愛着があるから、関連記事が出ると必ず読みますからね。学長がマスコミを通じて「こんなことを考えている、取り組んでいる」ということを大学関係者に発信されたら良いと思います。

武田学長

確かに、メールを出したり、ホームページに学長の考え方を書くだけでは、なかなか伝わらないですね。

◇海外人材の受け入れ拡大が重要

小堀社長

組織の中身を変革する大きなポイントは、外部の人間を入れていくことだと思います。海外から教授を迎える、海外と提携してハングリー精神のある留学生を大いに受け入れると、日本人学生の大きな刺激になり認識が変わっていくのではないでしょうか。変革のスピードを上げるために、外部との「コネクト」をしっかりやっていくことが重要だと思います。

武田学長

おっしゃる通り、留学生や海外の研究者受け入れを増やす、海外に出て行く日本人学生を増やすことが非常に重要になっています。ただ、それぞれに高いハードルがあります。留学生、研究者の受け入れでは、アコモデーション(宿泊施設)が必要です。本学は、現在1200人の留学生を2000人に増やす計画ですが、そのためには学生寮を拡充する必要があります。神戸大学の学生数は約1万6000人で、留学生の比率が10%に達していませんが、留学生が2000人になれば、神戸大学の文化、風景が変わると思っています。

外国人研究者の受け入れ態勢の強化も必要です。私は欧州で研究生活を送りましたが、ワンストップで住居や子どもの幼稚園、学校の手配などをすべてやってくれます。日本では外国人研究者を呼んだ教授がアパートや学校の世話まで走り回らなければなりません。これを変えないと国際化といってもダメですね。

小堀社長

そういう面では民間と組む手があるかもしれませんね。当社は賃貸集合住宅「ヘーベルメゾン」を手がけていますが、施主は「誰に住んでもらうか」を考えながら、集合住宅をつくるわけです。賃貸住宅のオーナーになりそうな人たちに、神戸大学の留学生、将来世界で活躍する人材を受け入れる集合住宅を提案するなど、地域と密着した連携が必要かもしれません。

企業にとっては、海外から日本に留学し、日本語もある程度使いこなせるようになった人材が入社してくれたら大変心強い。旭化成でもそういう人が活躍しています。彼らは出身国の現地採用の社員に負けないように、よく勉強します。日本で学び、旭化成のカルチャーを理解し人脈も作った人たちが現地拠点のリーダーとして活躍してくれる、これは企業にとって極めて重要です。

大学と企業の共同研究でも、留学生も加わっていたら当社にとって刺激になると思います。国内だけでなく、各国・エリアで研究開発し事業を成長させるために、現地の優秀な人材を確保する必要があります。大学が大いに留学生を受け入れて企業に紹介していただき、研究開発やベンチャー起業もいっしょにやるという流れを作っていきたいですね。

◇企業と大学が信頼関係に基づいて協力を

武田学長

法人化以降、国立大学は社会との関係を見直し、外部資金を獲得するためにも企業との共同研究も重視していますが、企業の求めることと大学の考えに齟齬が出てくることもあるのではないでしょうか。

小堀社長

当社と神戸大学は現在、4件の共同研究に取り組み、相談中のものが1件ありますが、互いに強み、何に注力しているかを明確にすることが重要だと思います。当社はコア技術として「膜」の技術に力を入れ、神戸大学もそこに強みをお持ちです。互いに強みを持つ分野をマッチングして取り組むことが、ニーズに合致すると思います。大学に事業化を目指した研究をやってもらおうという考えはまったくなく、学術的、基礎研究的な部分を徹底的に深めて欲しい。大学が知の大系を深掘りし、企業は大学の研究成果を事業に結びつけ、社会課題を解決していく、その役割分担はこれからも変える必要はないと考えています。

強い部分を追究していけば、逆に補わなければならない部分、競合企業とのレベルの差が見えて来るはずです。足りない部分は大学やベンチャー企業からどんどん補充しようという考え方になっています。企業と大学のトップ同士が連携の必要性を認識し、信頼関係をベースに現場が交流するという、しっかりした連携が極めて重要だと思います。

武田学長

京都、大阪、神戸3大学長と経済界とのシンポジウムで、ある大企業のトップが「大学がこんなに一生懸命やっているとは知らなかった」と言われていました。産学連携について、大学は昔とはだいぶ違っています。

小堀社長

そこが重要で、企業はどこの大学が何に力を入れているのか、しっかりアンテナを張らなければなりません。大学も「私たちの研究、技術に興味を持つ企業はどこなのか」を把握する必要があるでしょう。互いに相手を知ることが、早くつながり早く化学反応を起こしていくポイントです。当社は社内の「コネクト」は進みつつありますが、私は社外とのコネクトをもっと進めたいと考えています。

小堀 秀毅 氏(こぼり・ひでき)
1978(昭和53)年、神戸大学経営学部卒、旭化成工業(現旭化成)入社。2010年旭化成エレクトロニクス社長、2012年旭化成取締役、2014年代表取締役専務執行役員などを経て、2016年4月から代表取締役社長。石川県出身。

(総務部広報課)