2019年01月04日

神戸大学長  武田 廣

新年明けましておめでとうございます。皆様方におかれましては、良いお正月を迎えられたことと存じます。私自身は、昨年11月の学長選考会議において今年4月以降の学長予定者に指名され、2期目の任期2年を務めることとなり、身の引き締まる思いで新年を迎えました。

新年を迎えるにあたり、我々がまず何よりも思いを致さなければならないことは、昨年相次いで明らかになった入学試験に関する問題です。特に医学部医学科の地域特別枠推薦入試では、影響を受けられた受験生とその保護者の皆様だけでなく、これから本学を受験しようとしている方や地域の関係者にご迷惑・ご心配をおかけしてしまいました。現在も各事案について本学関係者が真摯に対応しておりますが、我々大学人は受験生の人生を左右する重大な仕事に係わっていることを今一度肝に銘じて、これからの入試シーズンに対応いただきたいと思います。また、昨年は入試以外にも様々な問題が起こりましたが、それらの背景にある組織運営の在り方が改めて問われています。ここにお集まりのマネジメントに係わる皆様には、担当されている組織のガバナンス体制、そして現場が置かれている状態に問題点が無いか、それらをもう一度見直していただき、「今までがこうだった」ではなく「今後はこうあるべき」という視点で改革・改善にあたっていただきたいと思います。

さて、4年前の2015年4月の学長就任にあたり、私は「先端研究・文理融合研究で輝く卓越研究大学へ」という新ビジョンを掲げ、同時に「国内5位・世界100位」という目標を打ち出しました。また、国立大学法人の3類型で「世界トップ大学と伍して卓越した教育研究を推進」する重点支援③に名乗りを上げるなど、あえて野心的なポジション設定を行いました。大学ランキングに一喜一憂するのはいかがかと思いますが、私は「神戸大学はもっとできる大学だ」と信じておりますし、実際に皆さんの努力によって、論文数、企業との共同研究が増え、研究大学強化促進事業の中間評価では高い評価を得ることができました。これらの成果は教員一人ひとりの努力の結果であり、改めて感謝します。そしてこの取り組み・成果によって、神戸大学の教員の皆さんが「研究大学を目指すのだ」という意識を強く持つマインドセットを確立できたと思っています。引き続き、神戸大学が世界の有力大学と伍して研究大学として生き残るために、全力を尽くす覚悟ですが、教職員の皆さんのご協力が是非とも必要です。
 私は理学部長時代に理系の大学院の改組にかかわり、6年間の研究担当理事から学長として、ポートアイランド地区の研究拠点の整備や科学技術イノベーション研究科、先端融合研究環の設置を通じた文理融合研究の推進とイノベーション創出、数理・データサイエンスセンター、計算社会科学研究センターによるデータサイエンス分野の強化などに取り組み、研究力の強化を追求してきました。これらの底流にあるのは、学内の競争と協力の拡大です。自然科学系大学院の独立化によって分野ごとの成果の見える化・「ぬるま湯体質」の払拭を果たす一方で、旧帝系にはない社会科学分野の強みと各研究科間の壁の低さという、本学の特色を活かした文理融合研究を推進してきましたし、この方向性は今後も追求していきます。そのため、昨年11月の定例記者会見でも申しましたが、神戸商船大学以来の伝統と研究資源を持つ海事科学研究科を中心に、研究体制の強化・改組は是非とも進めたいと考えています。海洋底探査センターの設置はそれを学内他分野との共創で活かす取り組みでしたが、社会科学系も含めた融合研究、共同研究をさらに強化し、「総合大学の中の海事科学」の特色を示す改革が必要です。
 研究面では練習船を活用したサイエンスの創造は、海洋底探査センターだけにとどまらず、大きな可能性を秘めていると思います。本学の理系研究科と連携した研究体制を構築し、全学の研究力向上につなげたいと思います。船員教育の面でも、AI(人工知能)時代の幹部船員のあり方を見すえた改革は必須でしょう。また、国際的な海事関係ルールの策定に関与できる人材の育成も重要です。国際公務員の養成に取り組んできた国際協力研究科や法、経済、経営の各研究科の知見・人材も活用しながら、海事科学部の教育も高度化していただきたいと思います。
 また、学長任期1期目の反省として、共通教育への目配りがやや弱かったと思っています。教養部があった時代には、共通教育の責任体制がはっきりしていましたが、今はどの学部が共通教育の各科目に責任をもつのかが不明確になっています。数学や物理などの科目は理学部が責任をもって提供すると考えていると思いますが、語学など複数の学部の教員が担当している場合は責任が曖昧になっています。語学教員が定年などで欠員になった場合、各学部・研究科は「研究業績を見込める人材を」と考えて、語学以外の専門を持つ研究者を採用する傾向があります。今後は学長のリーダーシップで、共通教育に欠かせない分野の教員の確保を行う方針です。

運営費交付金は下げ止まっているように見えますが、本学など重点支援③の各大学は毎年1.6%を拠出させられ、機能強化の成果・評価に応じた形での再配分が続きます。これまでは外部資金、競争的資金の獲得で何とかしのいできましたが、さらに国立大学法人の財務基盤を直撃する変化が迫っています。内閣府・財務省は「再配分方法が生ぬるい」と考えているようで、拠出した資金の配分をさらに上下に拡大する方向性です。86国立大学法人が重点支援の類型別に拠出する交付金の総額は年100億円ですが、来年度予算から1兆円の運営費交付金の1割、つまり1000億円を査定対象にするということです。制度詳細はまだ見えませんが、最悪の場合には人件費確保にも窮する状況が懸念されます。国立大学協会を先頭に、基盤的経費の安定的確保、若手研究者の雇用を保障する人件費の手当などを強く訴えていくことはもちろんですが、個別の大学としては今まで以上に運営の効率化と研究成果の向上を図り、新たな資金獲得の手段を確かなものにしなければなりません。

以上のような状況ですから、今後の2年間は学長任期の総仕上げというような生やさしいものではなく、生き残りをかけた戦いが続くのだと私も覚悟しています。内閣府、財務省などの施策の背景には「大学はぬるま湯につかっている」という思い込みがあり、その〝偏見〟を打破するには、冒頭にも申し上げたとおり、組織改革による意思決定と業務執行のスピードアップが一つのカギになるでしょう。重要事項については所轄官庁の了解を得なければ決定できない部分もありますが、事務職員の皆さんには業務の迅速化、新しいことへの挑戦を心がけ、国立大学としての役割も含めて、「神戸大学は変わりつつある」というメッセージを従来にも増して社会に発信していただきたいと思います。神戸大学の全構成員が大学人の誇りを持って、それぞれの持ち場で学問と神戸大学の発展に貢献していただくよう心からお願いして、新年のご挨拶とさせていただきます。