神戸大学バイオシグナル総合研究センターの上山健彦准教授と、京都大学大学院医学研究科耳鼻咽喉科・頭頸部外科の北尻真一郎研究員らの研究グループは、遺伝性感音難聴 (※1) の原因遺伝子変異を同定し、難聴患者の病態を再現した遺伝子操作マウスの作製に成功しました。今後、このマウスを用いた研究により、難聴患者の新規治療薬の開発が期待されます。
この研究成果は、10月5日に、欧州分子生物学機構 (EMBO) の科学誌「EMBO Molecular Medicine」にオンライン掲載されました。
遺伝性感音難聴患者の出生率は1~2人/1000出産で、同じ新生児スクリーニングが導入されている先天性甲状腺機能低下症の1人/3000~5000出産と比べても、非常に高頻度な遺伝性疾患です。
また、後天性感音難聴として有名な老人性難聴で苦しむ人々は、高齢者 (65歳以上) の25-40%と見積もられ、約1000~1500万人と非常に多くなって来ています。それにも関わらず、内耳が微細で巧妙な感覚器であり、生体外での研究の困難さも加わって、感音難聴の治療法開発は進んでいません。現状では、根本的治療が存在せず、補聴器以外有効な手段がないと言っても過言ではない状態にあります。
遺伝子性感音難聴の原因となると目される遺伝子は、現在100種類程度報告されています。しかしながら、それらの遺伝子にどのような異常が発生し、それがどのように難聴を引き起こしているのかについては、解明されていない点が多くあります。今回当研究チームが原因遺伝子変異を同定することに成功した「常染色体優性遺伝性感音難聴1型 (DFNA1) 」は、1997年に原因遺伝子変異の存在は示唆されていましたが、その普遍性や症状には多くの疑問点が呈されていました。
上山准教授と北尻研究員らの研究グループは、本邦の原因不明の難聴患者1120例を対象に、次世代シークエンサー (※2) を用いたエキソーム解析 (※3) を行い、2家系で、現在までに報告のない遺伝子の変異を発見しました。
これは、聴毛や内耳有毛細胞の形成・維持に重要な働きをする直鎖状アクチン繊維の伸長に関与する分子DIA1 (DIAPH1) の遺伝子内に見つかったものです。この変異によって生じるDIA1の変異体蛋白質が、刺激のない状態でもアクチン繊維 (※4) を伸長させてしまう活性化型変異体であることを、生化学的、分子生物学的、1分子解析手法などを駆使して証明しました。
更に、このDIA1変異蛋白質を発現するよう遺伝子操作したマウスを作製し、このモデルマウスが「若くして高音域から始まり、加齢に伴い難聴が進行し、最終的には全音域に及ぶ進行性難聴を呈する」という、この遺伝性感音難聴患者の病態を再現することを確認しました。
驚くべきことに、現在までに報告されている遺伝性感音難聴の原因遺伝子の約1/3は、今回同定した遺伝子と同様に、アクチンに関連して機能する分子を発現させる遺伝子です。
今回作製したマウスは、種々の程度に内耳有毛細胞内のアクチン機能を変化させる化合物を見出すツールとして用いることで、常染色体優性遺伝性感音難聴1型 (DFNA1) のみならず、1/3にも及ぶアクチン分子に関与して起こる遺伝性感音難聴の新規治療薬の開発に繋がる可能があります。更に、このマウスを難聴のモデルマウスとして用いることにより、遺伝性のみならず、後天性の感音難聴についても、新規治療法開発に繋がることが期待されます。
用語解説
※1 感音 (性) 難聴
内耳から聴覚中枢 (脳) に至る部位の病変により起こる聴覚障害.
※2 次世代シークエンサー
従来型とは全く異なる原理を用いることで、飛躍的に塩基決定量 (処理能力) が飛躍的に伸びたシークエンサー (塩基配列決定機器) .
※3 エキソーム解析
全ゲノムのうち、エキソン配列 (RNAに転写される配列) のみを網羅的に解析する手法.
※1 アクチン繊維
細胞の形を決定している細胞骨格の一つで、アクチン分子が撚り合わさって糸状 (繊維状構造) になったたんぱく質の複合体.
論文情報
タイトル
DOI
10.15252/emmm.201606609
著者
Takehiko Ueyama, Yuzuru Ninoyu, Shin-ya Nishio, Takushi Miyoshi, Hiroko Torii, Koji Nishimura, Kazuma Sugahara, Hideaki Sakata, Dean Thumkeo, Hirofumi Sakaguchi, Naoki Watanabe, Shin-ichi Usami, Naoaki Saito, Shin-ichiro Kitajiri
掲載誌