神戸大学大学院農学研究科の竹田真木生 名誉教授、日本化薬株式会社の小林武 研究員、東京農工大学大学院農学研究院の鈴木丈詞 准教授、OATアグリオ株式会社の林直孝 リーダーおよび近畿大学農学部の松田一彦 教授らの共同研究グループは、難防除害虫であるナミハダニの薬剤感受性を決定するγ-アミノ酪酸 (GABA) 受容体の一次構造を特定しました。
今後は、ナミハダニのGABA受容体を標的とする薬剤スクリーニングへの展開が期待でき、人畜に無害で安全性に優れた農薬創出に資すると考えられます。
この研究成果は、2020年9月7日に、国際神経化学会誌「Journal of Neurochemistry」にオンライン掲載されました。
ポイント
- ナミハダニのGABA受容体を虫体外で再構築し、その薬剤応答を解析する系を確立した。
- ナミハダニのGABA受容体を、昆虫のそれと部分的に置換していった結果、薬剤 (非競合的拮抗薬※1) への感受性を決定する一次構造は、従来報告されていた膜貫通領域だけではなく、N末端側の細胞外領域にもあることを発見した。
- 本解析系は、ナミハダニ特異的に作用する新規農薬開発に資することが期待できる。
研究の背景
ナミハダニ (Tetranychus urticae) は、世界的に深刻な農業被害をもたらし、これまでに抵抗性が報告された殺虫剤の有効成分数が節足動物の中で最も多い難防除害虫として知られています。そのため、新しい殺虫剤の開発が常に求められています。
GABAの結合により細胞内へCl−イオンを選択的に流入させ、神経伝達を抑制するGABA受容体は、殺虫剤の主要な標的であり、これまでに非競合的拮抗活性を示すシクロジエン系殺虫剤のディルドリンやフェニルピラゾール系殺虫剤のフィプロニルなどが開発されてきました。しかし、ナミハダニは、これら殺虫剤に対して非感受性であり、その分子機構は不明でした。
GABA受容体は5つのサブユニットから構成され (5量体)、各サブユニットはCys-loopを含むN末端側の細胞外領域と4つの膜貫通領域から構成されます。節足動物では、GABA受容体サブユニット遺伝子は、ディルドリン抵抗性のキイロショウジョウバエ (Drosophila melanogaster) から最初に単離されたため、Rdl (resistance to dieldrin) と呼ばれています。また昆虫のGABA受容体RDLサブユニットでは、チャネル内腔に面した第2膜貫通領域 (M2) における2つのアミノ酸残基が、非競合的拮抗薬への感受性を決定することが報告されています。
ナミハダニのGABA受容体RDLサブユニット (TuRDL) の構造を解析した結果、前述のM2における2つのアミノ酸残基が、他の節足動物とは異なることが判明しました。しかし、この特徴的な一次構造の薬理特性は不明でした。
研究の内容
本研究では、まず、アフリカツメガエル (Xenopus laevis) の卵母細胞を用いてTuRDLを虫体外で再構築しました。再構築したTuRDL は、GABA受容体としての機能を示す一方、虫体と同様に、GABA受容体の非競合的拮抗薬であるフィプロニルやピクロトキシニンに対しては非感受性でした。次に、これら薬剤に対する感受性の決定因子とされているM2の2つのアミノ酸残基のみが昆虫タイプの二重変異体 (H305AおよびI309T) を作出し、その薬理特性を調査しました。その結果、二重変異体の薬剤感受性は、TuRDLのそれよりも高くなりましたが、昆虫のRDLのそれには到達しませんでした。つまり、GABA受容体の薬剤感受性を決めるRDLサブユニットの一次構造は、これまで考えられていたM2の2つのアミノ酸残基以外にも存在する可能性が示されました。
そこで、ドメインスワッピング法※2を用い、TuRDLの一部が昆虫のRDLに置換されたキメラ受容体を作出し、薬剤感受性を調査しました。その結果、M2の2つのアミノ酸残基に加え、Cys-loopを含むN末端側の細胞外領域にも、薬剤感受性を決める重要な一次構造があることが判明しました (図1)。
今後について
本研究成果により、GABA受容体における薬剤感受性を決める重要な一次構造が新たに提示されました。今後は、TuRDLを標的とする薬剤スクリーニングに展開していくことにより、ナミハダニに特異的な農薬創出が期待できます。
用語解説
- ※1 非競合的拮抗薬 (non-competitive antagonists)
- GABA受容体を作動させるGABAとは作用点が異なり、その機能を遮断する薬物。GABA受容体の非競合的拮抗薬として、塩素化シクロジエンを基本構造とするドリン剤 (ディルドリンなど) 、ヘキサクロロシクロヘキサンのγ異性体であるリンデン、フェニルピラゾール系殺虫剤であるフィプロニルおよびピクロトキサン型セスキテルペノイドであるピクロトキシニンなどが知られている。本研究では、フィプロニルとピクロトキシニンを用いた。
- ※2 ドメインスワッピング法 (domain swapping)
- ある生物のタンパク質の一部のドメインを、他の生物のそれに相当する構造領域に置き換える手法。本研究では、導入したいRDLの目的配列を含むドナーDNAと置き換えたいRDLの部分配列を含むプラスミドのそれぞれに対してプライマーを設計し、PCRで増幅させ、2種の生物種の配列から構成されるキメラRDLを作製した。
謝辞
本研究は、日本学術振興会の科学研究費補助金 (22380036、25660044、17H01472および18H02203) とグローバルCOEプログラム (19GCOE01) の助成を受けたものです。
論文情報
- タイトル
- “A unique primary structure of RDL (resistant to dieldrin) confers resistance to GABA-gated chloride channel blockers in the two-spotted spider mite Tetranychus urticae Koch”
- DOI
- 10.1111/jnc.15179
- 著者
- Takeru Kobayashi, Susumu Hiragaki, Takeshi Suzuki, Noriaki Ochiai, Liza J. Canlas, Muhammad Tufail, Naotaka Hayashi, Ahmed A. M. Mohamed, Mark A. Dekeyser, Kazuhiko Matsuda, Makio Takeda
- 掲載誌
- Journal of Neurochemistry