岡山大学異分野基礎科学研究所の長尾遼特任講師と神戸大学大学院理学研究科の秋本誠志准教授らの共同研究グループは、時間分解蛍光分光法を用いて海産性ピングイオ藻の集光性色素タンパク質の溶液pHに依存する励起エネルギー伝達機構の解析に成功しました。この結果から、ピングイオ藻の集光性色素タンパク質は、特にアルカリpHにより励起エネルギー伝達を変化させ、エネルギー消光が起こることが明らかになりました。

本研究成果は、「光合成生物は、変動する光環境の中でどのように集光性色素タンパク質の機能を調節しているのか?」、という問いに対して知見を与えるものです。色の多様性は光合成生物の生存戦略の一環です。ピングイオ藻は褐色を呈することで、水中を透過する限られた光エネルギーを効率よく利用し、生育場所を獲得してきたと考えられます。集光性色素タンパク質の機能を変化させ、環境に適応する可能性が示唆されました。この成果は、光合成生物の集光性色素タンパク質の多様性をひも解く知見となり、なぜ光合成生物は見た目の色が異なるのか? という進化上の問題に知見を提供することにつながります。

本研究成果は9月11日、欧州の科学雑誌「Biochimica et Biophysica Acta - Bioenergetics」にオンラインで掲載されました。

発表のポイント

  • 光合成生物の特徴の一つである、見た目の色の違いをもたらす光捕集タンパク質の機能を解き明かすため、褐色を呈するピングイオ藻の集光性色素タンパク質(注1)の励起エネルギー伝達機構を時間分解蛍光分光法(注2)により明らかにしました。
  • ピングイオ藻の集光性色素タンパク質において、励起エネルギー伝達経路の変化およびエネルギー消光がアルカリpHによって誘導されることを見出しました。これは他の光合成生物では観測されていない、ピングイオ藻における独特なメカニズムです。
  • 集光性色素タンパク質の励起エネルギー伝達機構は多様であり、これらが光合成生物の環境適応や生存戦略として重要である可能性を示しました。

発表内容

現状

光合成とは、太陽の光エネルギーを利用して水・二酸化炭素から炭水化物と酸素を合成する反応です。光化学系I・光化学系IIと呼ばれる膜タンパク質複合体が光合成反応の中心であり、光エネルギーを有用な化学エネルギーへと変換する役割を担います。光合成生物種は共通する光化学系タンパク質を有しています。一方で、光化学系タンパク質に結合し、光エネルギーを供給する集光性色素タンパク質は、極めて多様性に富んでいます。陸上に生息する植物や海中に生息する藻類など、光合成生物は多様な環境に適応しており、この理由は、集光性色素タンパク質に結合した色素の種類やタンパク質自体の組成を最適化していった結果であると考えられています。つまり、光合成生物が多様な色を持つ理由は、集光性色素タンパク質にあるといえます。

水域に存在する微細藻類は、陸上植物と異なる進化を遂げており、それぞれの生存環境に応じて異なる集光性色素タンパク質を持ちます。水中を透過する太陽光エネルギーは、青色から緑色の光であるため、陸上植物よりも限られた光エネルギー資源を確保するために多様性が生まれたと考えられています。ピングイオ藻は、紅藻を細胞内へ取り込んで進化した二次共生藻と考えられており、褐色を呈しています。その要因は集光性色素タンパク質であるフコキサンチン-クロロフィル a/c結合タンパク質(FCP)にあります。

FCPを含む集光性色素タンパク質はチラコイド膜に内包されています。チラコイド膜内外の親水性領域では、光合成反応が駆動することにより、pHが大きく変動することが知られています。このとき、チラコイド膜のストロマ側はアルカリpH、ルーメン側は酸性pHになります。このpH変化により、陸上植物や緑藻の集光性色素タンパク質では励起エネルギー伝達機構の変化、特に酸性pHによる大きな変化が生じるといわれています。では、ピングイオ藻のFCPでは、pH変化による励起エネルギー伝達機構はどのように変わるのでしょうか?その詳細は全く不明でした。

研究成果の内容

長尾特任講師と秋本准教授らの岡山大学と神戸大学の共同研究グループは、ピングイオ藻からFCP複合体を精製し、時間分解蛍光分光法によりその独特な励起エネルギー伝達機構を解明しました。アルカリpHによって、エネルギー伝達経路の変化およびエネルギー消光が誘導されることを見出しました。この励起エネルギー伝達機構の変化は、チラコイド膜のストロマ側がアルカリpHになることによって駆動されることが示唆されました(図)。ピングイオ藻以外にもFCPを持つ光合成生物は多数存在し、その中でも珪藻のFCPは酸性pHによってのみ励起エネルギー伝達機構の変化が報告されています。さらに、陸上植物の集光性色素タンパク質においても同様で、酸性pHによる励起エネルギー伝達機構の変化が知られています。このように、アルカリpHによって誘導される独特な励起エネルギー伝達はこれまでに報告されておらず、ピングイオ藻で初めて発見されました。この独特な光捕集機構を利用し、ピングイオ藻は繁栄してきたのかもしれません。

図. (A) ピングイオ藻FCPのアルカリpHによって誘導される特徴的なスペクトル;(B) 光合成反応によって生じるチラコイド膜のストロマとルーメンのpH変化および反応概略

社会的な意義

太陽光を利用したクリーンエネルギーの活用は、エネルギー問題や環境問題の解決につながる非常に重要な事柄です。FCPは、植物とは異なる太陽光エネルギーの成分を効率よく吸収・利用しています。今回、我々が解明したメカニズムは、特定の波長の太陽光エネルギーの成分を集める分子配置の設計に指針を提供する可能性があります。将来的には、得られた知見を利用することで、太陽光エネルギーの成分の選択的利用に基づいたエネルギー利用デバイスの創出が期待されます。

補足・用語説明

注1: 集光性色素タンパク質
クロロフィルやカロテノイドなどの色素を結合した、太陽光エネルギーを集める役割を持つタンパク質です。光合成生物の種類に応じて異なる集光性色素タンパク質が存在します。本報告で明らかにしたフコキサンチン-クロロフィル a/c結合タンパク質(FCP)は、その名の通りクロロフィルa、クロロフィルc、フコキサンチンを結合しています。
注2: 時間分解蛍光分光法
パルスレーザーを色素に照射した後、色素から発せられる蛍光の変化をフェムト秒(10-15秒)からピコ秒(10-12秒)の時間分解能で追跡する方法です。光エネルギーを吸収した直後の色素分子の挙動だけではなく、分子が置かれた環境に関するさまざまな物理化学的情報を解析するための非常に有用な分光法です。この手法により、集光性色素タンパク質の色素分子の役割を明らかにします。

研究資金

本研究は、日本学術振興会・科学研究費補助金「基盤研究」(課題番号:JP20K06528、JP20H02914)、日本学術振興会・「新学術領域研究(研究領域提案型)」(課題番号:JP19H04726、JP17H06433、JP16H06553)の支援を受け実施しました。

論文情報

タイトル
Basic pH-induced modification of excitation-energy dynamics in fucoxanthin chlorophyll a/c-binding proteins isolated from a pinguiophyte, Glossomastix chrysoplasta
(ピングイオ藻FCPのアルカリpH誘導型励起エネルギーダイナミクス)
DOI
10.1016/j.bbabio.2020.148306
著者
Ryo Nagao, Makio Yokono, Yoshifumi Ueno, Ka-Ho Kato, Naoki Tsuboshita, Jian-Ren Shen, and Seiji Akimoto
掲載誌
Biochimica et Biophysica Acta - Bioenergetics

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