図 樹木からメタンガスが出てくるメカニズムまず、土の中に生息するメタン生成菌※2とよばれる微生物がメタンを作り出し (①番)、そのメタンは樹木の根から入り込む (②番)。根から上昇したメタンは、幹から出てくる (③番)。

メタンガスは空気中にもごくわずかに存在する気体で、地球温暖化に強く影響します。空気中のメタンの発生源の一つが湿地です。近年、湿地に自生する樹木から、これまで知られていなかったほどの大量のメタンが空気中へと放出されているという報告が相次ぎ、植物学や気候科学の分野で大きな論争が巻き起こっています。本当に樹木からメタンが出ているのでしょうか?出ているならば、どのようなメカニズムでしょうか?

京都大学生存圏研究所 高橋けんし 准教授、京都大学白眉センター 坂部綾香 特定助教、神戸大学大学院農学研究科 東若菜 助教、兵庫県立大学環境人間学部 伊藤雅之 准教授らの共同研究グループは、先進的な大気環境の分析技術を樹木の計測へと応用することにより、湿地性樹木の一つであるハンノキの幹から大量のメタンが放出されていることを突き止めました。また、春から秋にかけての葉っぱがついている着葉期間には、メタンの放出量が昼間に増え、夜間に減るという、不思議な日変化パターンを示すことも明らかにしました。さらに、クライオ走査型電子顕微鏡 (cryo-SEM)※1法とよばれる手法を用いて、ハンノキの根を注意深く観察したところ、細い根の細胞や細胞組織の間に、水がないミクロな“隙間”があることを発見しました。この隙間は、根の中でまるでガスパイプラインのような役割を果たし、根から幹へとメタンガスが輸送される道筋の一つになっていると考えられます。

本成果は、2022年7月15日に英国の国際学術誌「New Phytologist」にオンライン掲載されました。

背景

メタンガスは人類にとって重要なエネルギー源である一方、地球温暖化に強く影響する厄介者でもあります。2021年11月、国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議 (COP26) が開催され、日本はもとより、米国やEUを含む100か国以上が、2030年までにメタン排出量を2020年比で少なくとも30%削減することに合意しました。大気中のメタン濃度は、人為的な排出のみならず、自然起源の放出による影響も受けます。自然の中で最大の発生源は湿地ですが、近年、湿地に自生する樹木からメタンが放出されているという研究論文の発表が急増しています。本当に樹木からメタンが出ているのでしょうか?もし出ているならば、その量はどのくらいで、地球温暖化に与える影響はどうなのでしょうか?また、樹木からメタンガスが放出されているのなら、植物にとっては何か意味があるのでしょうか?こうした疑問に答えるため、私たちは湿地性樹木の一つであるハンノキを研究対象に選び、野外観測と室内実験を行いました。

ハンノキは日本国内では北海道から九州まで、国外では東アジア地域に分布します。水気を多く含む湿地のような環境でも自生できるという特徴があります。水辺でも自生できる理由の一つは、樹皮を介して空気中の酸素を根へと送り届ける機能が備わっているからだと考えられています。一方で、酸素のための通り道を伝って、土壌の中でメタン生成菌とよばれる微生物が作りだしたメタンガスが、根から幹へ、幹から空気中へと運ばれているという仮説があります。この仮説を検証するためにも、ハンノキに着目しました。

研究手法・成果

図1 ハンノキの幹からメタンが発生する量を測定するために、チャンバーとよばれる密閉容器を取り付けた様子

滋賀県大津市内にある京都大学桐生水文試験地には、私たちの研究対象となるハンノキが自生しています。

私たちはまず、「ハンノキからメタンガスが出ているのか?」を調べるために、大気環境分析に用いられる超高感度な半導体レーザー※3センサーを現地へ持ちこみました。通常、メタンの大気環境分析には、ガスクロマトグラフィ (GC)※4とよばれる分析装置が用いられます。しかしながら、GC法は人手による操作を基本としており、また、森林のような野外環境での安定的な動作制御には困難を伴います。一方、半導体レーザーセンサーはリアルタイムな計測を無人で安定的に行えるという利点があるため、昼夜を問わず、また、天候にも左右されず、メタンガスの放出量を調べることが可能です (図1)。その結果、複数のハンノキ個体の幹からメタンが放出されていることが分かりました。その放出量は、夏に多く、冬に少ないという季節変動を示すこともわかりました。しかも、春から秋にかけては、メタンの放出量が昼に多く、夜に少なくなるという、明瞭な日変化パターンがあることも突き止めました。湿地性樹木からのメタン放出現象において、こうした日変化パターンとその季節性を発見したのは、本研究が初めてです。

湿地性樹木のハンノキからメタンガスが出ていることは判明しました。そこで次に、「ハンノキからメタンガスが放出されるメカニズムを探る」実験を行いました。まず、ハンノキの根元の土壌を浅く掘り、細根とよばれる根の一部を採取しました。細根は、樹木の根系の先端部にある文字通り細い根で、土壌から水分や養分を吸収するという樹木にとって重要な機能をもっています。従来の仮説で提案されているように、土壌中で微生物が作り出したメタンを根が取り込み、根から幹へとメタンが輸送される仕組みがあるのかどうかを検証するため、採取した細根を実験室へ持ち帰って、光学顕微鏡※5とクライオ走査型電子顕微鏡 (cryo-SEM) とよばれる2種類の顕微鏡を用いて細胞組織を観察してみました。本研究の手法でとりわけユニークなのは後者の活用です。cryo-SEMは水を含んだ生物試料の観察に威力を発揮します。我々はこれを野外でサンプリングしたハンノキの細根の分析へ応用しました。その結果、細根の細胞および細胞組織の間には多数の“隙間”が存在していることを発見しました (図2)。この隙間は、メタンを通す道筋の一つになっていると考えられます。つまり、ハンノキの根から幹へとメタンガスが輸送される“パイプライン”が存在している、というイメージです。これは従来の仮説を裏付ける証拠であると考えています。一般に植物には、道管とよばれる養水分 (樹液流※6とよばれている) を運ぶパイプが存在しますが、今回発見したパイプラインは、道管のように養水分で満たされておらず、ガスの輸送に適した空洞の状態になっていることが分かりました。

図2 ハンノキの細根を採取したサンプル (A) と、光学顕微鏡 (B) とcryo-SEM (C) を用いてサンプルを観察した事例光学顕微鏡で観察するためには、事前に試薬を用いて染色しているので、写真で見えている色は、実際の根の色とは異なる。cryo-SEMを使うと、光学顕微鏡では見えにくい細かい構造や養水分の有無などを判別できる。

私たちはさらに、ハンノキの幹から放出されるメタンの量が、明瞭な日変化パターンを示す理由を調べました。詳しい解析の結果、ハンノキの幹内部において道管を通じて運ばれる養水分の量が示す日変化パターンと、幹表面からのメタン放出量の日変化パターンが、よく一致していることに気が付きました。ちょうど、日変化パターンが出現した期間は、ハンノキに葉っぱがついている着葉期間に相当し、たくさんの養水分を必要とします。以上のことから、ハンノキの幹から放出されるメタンの輸送経路として、細胞組織の隙間にある「ガスパイプライン」のみならず、道管を運ばれる樹液流もまた何らかの関与をしていることが示唆されます。

以上のように、野外での測定と、顕微鏡を用いた根の観察により、湿地性樹木の幹からメタンガスが出てくるという不思議な現象に対して、植物学的見地から多くの疑問を解き明かすことに成功しました。

波及効果、今後の予定

自然起源のメタン放出源を特定し、放出量を正確に評価することは、人為的な発生源からの排出量の抑制に関する数値目標や政策を決定するうえで、極めて本質的かつ重要な問題です。私たちの研究成果は、自然起源として最大のメタン発生源である湿地には、「生きた樹木」というメタン放出量の評価が難しい存在があることを示しています。また、私たちの研究は、滋賀県大津市内にある小さな湿地で行いましたが、全球的な湿地の分布を考えると、世界的な測定ネットワークの確立が急務と言えるでしょう。また、樹木からメタンが出てくるという不思議な現象に対して、植物学的な理解をもっと深める必要があります。例えば、私たちの研究で発見された、根の細胞組織の中にある“パイプライン”は、根から幹へとどのようにつながっていくのでしょうか?また、幹まで通じたパイプラインは、いったいどこで“ガス漏れ”を起こし、幹から大気中へとメタンガスを放出することになるのでしょうか?こうしたミクロな世界の疑問を解き明かすことは、地球温暖化というマクロな世界の問題の解決にも結びついています。

研究プロジェクトについて

本研究は、科学研究費助成事業(21H03576, 18H03356)、京都大学生存圏研究所・ミッション推進研究費、京都大学白眉プロジェクト研究費、神戸大学テニュアトラック制・教育研究活性化支援経費、名古屋大学宇宙地球環境研究所・共同利用研究費の支援を受けて実施されました。

用語解説

※1 クライオ走査型電子顕微鏡 (cryo-SEM)

水を含んだ状態の新鮮な生物試料を低温で凍結固定することにより、水を含んだままの生物試料の微細な構造を観察することができる。

※2 メタン生成菌

湿地を含む広範な土壌中に存在し、水素や二酸化炭素を基質としてメタンを合成する。地球の大気に含まれるメタンの重要な源となっている。土壌の中以外にも、深海堆積物や、一部の動物の消化器官にも存在する。

※3 半導体レーザー

Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation (誘導放出による光増幅放射)の頭字語をとって、LASER (レーザー) とよばれている。半導体レーザーは、そうしたレーザーの一種で、半導体を媒質として用いる。半導体レーザーは、CDやDVDの読み書き、医療分野、光通信分野など、身の回りの様々な場面で利用されている。

※4 ガスクロマトグラフィ (GC)

熱により気化しやすい気体や液体に含まれるガスの濃度を測定する分析機器。化合物を分離しながら定量できるので、例えば、工場からの排煙に含まれる有害成分の分析などにも応用される。

※5 光学顕微鏡

試料の薄片に光を照らし、透過光や反射光をレンズで集めて観察する。数十倍から数百倍程度に試料を拡大して観察する。小中学校の理科の授業などでも使われることがある。

※6 樹液流

生きている樹木は、光合成に必要な栄養分や水を根から吸収する。根から木部へ、木部から葉へと至る、道管を伝う養水分の流れを、樹液流という。

論文情報

タイトル

Insights into the mechanism of diurnal variations in methane emission from the stem surfaces of Alnus japonica
(ハンノキの幹表面から放出されるメタン濃度が日周変動を示すメカニズムについての考察)

DOI

10.1111/nph.18283

著者

Takahashi, Kenshi; Sakabe, Ayaka; Azuma, A. Wakana; Itoh, Masayuki; Imai, Tomoya; Matsumura, Yasuki; Tateishi, Makiko; Kosugi, Yoshiko

掲載誌

New Phytologist

関連リンク

研究者

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