福田和代さん

眠らないという特殊な体質を持つ忍者の末裔が登場する「梟 (ふくろう)」シリーズ第2巻「梟の胎動」を、2023年10月に上梓した。忍者の末裔たちがスポーツ界の遺伝子ドーピングをめぐる深層に迫る。過去の歴史をたどりつつ、一族の危機を切り抜けようと闘う若い主人公らを躍動感あふれる筆致で描き、ストーリーはクライマックスに達したところで続編へとつながる。まさにストーリーテラーの面目躍如である。

その芽は中学時代にさかのぼる。「中学生のころ、ノートに書いた物語を友だちに読ませて、次はどうなるのかというところで止めるんです。そうすると、友だちが早く続きを読ませてと言うんですよ。それが楽しくて、『一人連載作家状態』でした」

子どものころから本好きで、近年米国でドラマにもなったアイザック・アシモフの「ファウンデーション」シリーズをはじめ、ラリー・ニーヴンやエリザベス・A・リンらのSF小説を読み漁った。「自分でもハードSFを書きたい」と思ったのが、作家になるきっかけとなった。

小説を書くために、高校2年生のときの進路選択では、あえて理系を選んだ。「ハードSFを書くには、物理とか化学とか理系的な知識がないと歯が立たないと思ったんですね。まず資料を読んで勉強しないといけないんですが、読んでもチンプンカンプンだったんです。それで、理系にいこうと決心しました」。だが、文章を書くのが好きなことを知る先生たちからは、理系への進学に反対されたという。

それでも初志を貫き、1986年、「自宅から通える国公立大学」だった神戸大学工学部の化学工学科に進学した。学科は在席する40人のうち女子は2人。今の「リケジョ」(理系女子) の先駆けだった。週1~2回の実験で、容量を測るメスペピットに入った希硫酸を息を吸い込みすぎて飲んでしまったり、慎重に取り扱うべき試薬を誤って男子学生の手にかけたりといった失敗も、忘れられない思い出だ。

学生時代は「図書館の人でした」というほど、暇さえあれば図書館に籠っていた。さまざまなジャンルの本を読み、「歌舞伎の台本なんかも読んでいました」。バブル全盛期で、友人たちはディスコで遊んだりしていたが、放課後は父親と共同経営していた学習塾で小、中学生を教えるために急いで帰宅する日々。「学生時代は飲みに行くこともなかったですが、図書館に行くのが楽しくて、自分では遊んでいるつもりでした」

システムエンジニアの傍ら、作家デビュー

卒業後は金融機関に就職し、システムエンジニアとして働いた。忙しすぎて書く暇がなかったり体調を崩したりしたこともあったが、仕事の傍ら小説を書き続ける。高校生のころに江戸川乱歩賞の作品群に魅了されて以来、志向はハードSFからミステリーに変わっていた。

25歳ごろからさまざまな新人賞に応募していたものの、なかなか賞が取れなかった。そんな折、30歳代半ばから休日に通い始めた小説講座で、講師だった出版社「青心社」の社長に長編を読んでもらい、「うちから出版してもいい」と誘われる。2007年、関西空港のハイジャックを題材にした「ヴィズ・ゼロ」で、作家デビューを果たした。

大型新人として注目され、「まさか仕事を依頼されると思っていなかったので、次はどの賞に応募しようかと思っていたら、次々に仕事が来るようになったんです」。しばらく作家と会社員の二足のわらじを履いていたが、通勤が片道2時間以上かかることもあって、2009年に金融機関を退職する。

独立後の作品は、枚挙にいとまがない。東日本大震災前に書かれながら福島第1原発事故を予想したかのような、首都圏の大停電を描いた「TOKYO BLACKOUT」。新型ウイルスが蔓延する近未来の日本を描いた「バベル」。老刑事が幼女誘拐殺人事件を追った「怪物」はテレビドラマにもなった。近刊の「スパイコードW」は台湾危機が主題で、現実と空想が織り交ざり、真に迫る。これまでに刊行した小説は49冊にのぼる。

梟シリーズ第2巻「梟の胎動」と第3巻「梟の好敵手」

再び、二足のわらじ

本業以外の活動にも熱心に取り組む。深刻化する出版不況の中、本と読者が出会う場をつくろうと、一時は参加者がそれぞれのお勧め本を紹介する「ビブリオ・バトル」を主宰した。2019年にはネット上や店舗で新刊本を紹介する株式会社デジタル・ケイブを設立。コロナ禍にあった3年間は、会員制のコミュニティーとして、月1回、作家や編集者らに本にかける思いなどをインタビュー形式で語ってもらうオンラインの配信イベントを開催した。コロナ禍が落ち着いたことから配信イベントは停止したが、会社は小説のマネジメント会社として存続している。

さらに、昨年、10数年ぶりにシステムエンジニア (SE) に復帰した。「AIがものすごい勢いで進歩して、どんどん使えるAIが出てきていますよね。それが面白そうだなと思って、システム開発会社でパート感覚で働いています」。コロナ禍で在宅勤務が可能になり、現在は月曜から金曜まではSE、週末は作家業という二足のわらじを続ける。

おまけにコロナ禍を機に、自宅近くに畑を借り家庭菜園も始めた。トマトやタマネギ、ジャガイモといった野菜づくりを楽しんでいる。「原稿の執筆は1日に4、5時間ぐらい。晴れた日は家庭菜園、雨の日は執筆という『晴耕雨筆』の生活です。システムエンジニアと作家という全然違う仕事が、かえって気分転換になっていいですね」と笑う。

人生に無駄なことはひとつもない

学生たちを前に講演する福田和代さん

今年10月中旬、キャリアセンターが担当する総合教養科目「職業と学び」という授業で、久しぶりに母校の教壇に立った。「人生に無駄なことはひとつもない」というテーマで、約100人の学生に語りかけた。

「16年間作家を続けていられるのは、19年間システムエンジニアを続けたからで、経験と人が財産になっています。いろいろ回り道をしたけど、人生に無駄なことはひとつもなかった。いつかやってみたいではなく、今から行動することが大切です」

冒頭の「梟」シリーズは、第3巻が11月中旬に発刊された。作家としての目下の目標は、シリーズを20巻まで続けること。1年に2冊ずつとしても8年がかりとなるが、創作意欲は衰えを知らない。「好奇心を忘れない。新しいものに挑戦し続ける」という座右の銘を胸に刻み、作家として前を向き続ける。

略歴

ふくだ かずよ 1967年神戸市生まれ。1986年、神戸大学入学。卒業後の1990年、大和銀行(現りそな銀行)に入行しシステム部に配属される。在職中の2007年、「ヴィズ・ゼロ」で作家デビュー。2009年に銀行を退職し、作家業に専念する。「繭の季節が始まる」「迎撃せよ」「東京ホロウアウト」「ディープフェイク」「侵略者」など著書多数。