医学と工学の融合による医療機器開発の教育を専門にする「医療創成工学科(仮称)」が2025年4月に医学部に新設される。昨年4月に設置された医学研究科の医療創成工学専攻との一貫教育によって、新しい医療機器開発をけん引する人材を育成する。国産初の手術ロボット「ヒノトリ」を産業界と共同開発した経験と知を生かし、産官学の連携による神戸発の先端医療機器の開発も視野に入れる。自らもスマート治療室「SCOT:Smart Cyber Operating Theather(スコット)」など多数の医療機器開発に携わり、新学科の推進役でもある村垣善浩未来医工学研究開発センター教授・センター長に、新学科設置の狙いや教育内容、将来の目標を聞いた。
創造的開発人材を育成
なぜ、医療機器開発の人材育成が必要なのでしょうか?
村垣教授:
医療機器は輸入超過傾向にあり、2021年のデータでは1.8兆円の貿易赤字になっています。しかも、リスクの高い治療機器はほぼ輸入に頼り、安全保障上も深刻な事態だということです。一方で、自動車や機械は日本からの輸出が盛んで、最近は医薬品でも日本の製薬会社が米国と組んで、がんやアルツハイマーに対する画期的な新薬を製造したり承認を得たりするなど世界に展開しています。
何が違うのかというと、医薬品には薬学部がありますが、医療機器は専門に教育するシステムがなく、実際のニーズやシーズを受け持つのが医学系や工学系に分かれていたり企業が関係したりと、ひとつの学問体系とするところがないというのが、大きな原因のひとつと考えています。それ以外にも、日本の場合はリスクを回避する傾向があり、どうしても治療機器の開発が遅れるということもあります。しかし、少なくとも薬における薬学部のように、医療機器を専門に学ぶ学科と専攻、しかも一貫教育できるシステムが必要だろうと考えたわけです。
新設する医療創成工学科はどんな人材を育てますか?
村垣教授:
新学科の大きな特徴は医学部の中に設置することです。医療現場のニーズを探って、そこから解決に向けたものづくりができる創造的開発人材を育成します。また、社会のニーズを見いだし、それに応える方法を考え、実現や普及に向けての問題を解決し未来社会を創造できる能力を育てます。課題を解決して新しいコンセプトを作る能力は、医療機器メーカーだけでなく、ものづくり企業やどんな企業でも生かせると思います。20歳未満の若いときから医療機器をメーンテーマに学問をするので、かなり即戦力になる人材が育ちます。大学を卒業してすぐにベンチャー企業をつくってもらってもいいと思います。
カリキュラムの内容は?
村垣教授:
4つの特徴がありますが、ひとつは医学部ならではの医療現場での実習ですね。売りにしているのは批判的思考や創造的思考、デザイン思考などの思考習慣を学ぶという能動的学習です。コミュニケーション力とかインタラクションスキルも学びます。さらに医療機器開発プロセスの体系的教育を行うということです。臨床工学技師の資格が取れる単位もそろえます。
どんな人に来てほしいですか?
村垣教授:
医学、工学に興味があって、好奇心旺盛な人に来てほしいですね。コミュニケーション能力や独創性を学科で育てるのですが、重要なのはこれらの教育法をうけいれる軟らかさを持つ人ですね。ものをつくっていくためには、いろんな人と話し合っていろんな意見を聞きながら、でも根幹のコンセプトは変えないという難しいことが求められます。
外科医の目と手と脳をデジタル化
先行する医療創成工学専攻は設置から1年になります。手ごたえはいかがですか?
村垣教授:
医療機器の商品化のハードルは非常に高く、ニーズから開発する製品の概念をつくる「コンセプト創造」型では成功するのは100分の1、逆パターンの技術から応用を考える「シーズプッシュ」型は1000分の1の成功率といわれています。この学科・専攻ではそれをなんとか10分の1ぐらいにできればと思います。そのため、さまざまな実習や演習、科目をそろえ、教員、医師や技術者だけでなく、薬機法や知財のことなども知るさまざまな人が集まって事業化を狙う形をつくっています。イノベーション科目では創造的思考、デザイン思考を学びますし、オペレーション・ビジネス戦略科目では知財やビジネスモデル、アントレプレナーシップといった経営学分野も含め社会実装部分を教育しています。
いま、修士課程に15人、博士課程に12人が在籍していますが、博士は社会人がほとんどで、医師や企業人などバラエティーに富んでいます。中間発表ではいくつか面白い研究課題がありましたし、すぐに実用化できそうなものもありました。個人的には、年間2~3件ぐらい開発できればいいと思いますね。
新しい研究開発拠点の整備も進んでいますね。
村垣教授:
神戸・ポートアイランドにある神戸大病院国際がん医療・研究センター(ICCRC)の隣に、医療機器の研究開発拠点「メドテックイノベーションセンター」を建設中で、今秋に完成予定です。これは、神戸大学と神戸市、産業界が進める「神戸未来医療構想」の一環で、産学共創ラボなど産学が連携するさまざまな仕組みをつくっています。新しい「集合知・地」として、いろんな職種のステークホルダーが集まり総合知によって医療機器開発を行うためのメッカになります。
ご自身も実際に医療機器開発にかかわっていますが、今後の目標は?
村垣教授:
世界の医療界に新しい風を吹かせるような医療機器がひとつでもふたつでも神戸大あるいは日本から出ることです。モノでもいいですし、人材として卒業生が新しい医療機器の開発プロジェクトに入って事業化まで結びつけることができればいいと思っています。将来的には、日本の医療機器が貿易赤字を解消して世界を席巻し、世界の健康福祉に役立つというのが夢です。個人的には、治せなかった病気を治すために外科医の目と脳と手をデジタル化することです。具体的には、ヒノトリとSCOTを組み合わせて診断や手術、治療を完全にデジタル化したいですね。
略歴
1986年3月 | 神戸大学医学部卒業 |
1986年4月 | 東京女子医科大学脳神経センター脳神経外科研修医 |
1992年―1995年 | 米国ペンシルバニア大学病理学教室留学 |
1997年7月 | 東京女子医科大学 博士(医学) |
1999年―2001年 | 東京女子医科大学脳神経外科 |
2011年4月 | 東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 先端工学外科学分野/脳神経外科 教授 |
2014年3月 | 早稲田大学 博士(生命医科学) |
2022年9月 | 神戸大学未来医工学研究開発センター 教授 |
2023年4月 | 神戸大学未来医工学研究開発センター センター長 神戸大学大学院医学研究科副研究科長、医療創成工学副専攻長・教授 |
神戸大学医学部医療創成工学科
医療機器開発を専門に教育する新しい学科で、文部科学省に設置を申請中。2025年4月に設置する予定。定員25人に加え、3~5人の編入枠も設ける。教養科目や生理学、解剖学などの医学的な基礎知識、数学、物理学などの工学的な基礎知識に加え、専門科目では医療機器を社会実装する際に必要となる法制度、知財、ビジネスプランニングなども学ぶ。創造性教育も特徴で、批判的思考やデザイン思考、システム思考などの思考習慣を身につける。一般入試の前期日程のみ実施。大学入学共通テスト利用教科・科目は5教科8科目。個別学力検査は数学、理科2科目、外国語に加え、面接を実施する。