神戸大学大学院工学研究科の森田健太助教・丸山達生教授と、藤田医科大学病院の池田真理子准教授、名古屋市立大学の長谷川忠男教授、藤田医科大学の港雄介教授、神戸大学大学院医学研究科の青井貴之教授の研究グループは、水中で「塊」状に凝集して働く酵素阻害剤を発見しました。この阻害剤は、現在全国的に感染が拡大している溶連菌感染症治療に役立つ可能性があります。今後、この現象を詳細に解明することでこれまでとは全く異なる視点での酵素阻害剤開発および感染症治療への応用が期待されます。
この研究成果は、4月16日に、米国化学会が発行する「JACS Au」に掲載されました。
ポイント
- 低分子凝集体がDNA分解酵素を阻害するという酵素阻害の新しい様式を発見した。
- この阻害様式を持つ阻害剤Mn007が劇症型溶連菌感染症の治療薬となる可能性を示した。
研究の背景
近年、劇症型溶連菌感染症の症例が増えています。発症すると急激に症状が悪化して手足の壊死や多臓器不全を起こし、30%が死に至ることから、「人食いバクテリア感染症」とも呼ばれています。溶連菌はDNA分解酵素(DNase)を分泌してヒトの白血球が持つ感染防御機構を破壊することで感染を有利に進めます。それでは、DNaseを阻害すれば劇症型溶連菌感染症の治療につながると思われますが、これまでに人体に投与可能なDNase阻害剤は見つかっていませんでした。
研究の内容
今回、研究グループではMannan 007 (Mn007)という分子がDNaseを阻害することを発見しました。その阻害様式を調査したところ、Mn007は水中で凝集して初めてDNaseを阻害することを発見しました(図1)。一方、DNase以外の酵素にMn007凝集体を作用させても、酵素の阻害は起こりませんでした。つまり、Mn007凝集体はDNase特異的な阻害剤であることがわかりました。これまで、酵素阻害剤は対象の酵素と1対1で反応することが一般的であり、特定の酵素だけを阻害する低分子の凝集体は世界初の発見です。
次に研究グループは、Mn007が劇症型溶連菌感染症の治療薬になり得るかどうかを検討しました。白血球を含むヒトの血液にMn007と溶連菌を加え、しばらく溶連菌を培養した後、溶連菌の数を数えました。すると、Mn007を加えた血液中では溶連菌は増殖しにくいということがわかりました(図2)。Mn007凝集体が溶連菌の分泌するDNaseを阻害し、白血球の持つ感染防御機構が正しく働いたためだと考えられます。
今後の展開
現在、研究グループではMn007の凝集体がDNaseとどのような相互作用をしているかについてシミュレーションを用いて解明しようとしています。将来的に、病気の原因となっている様々な酵素に対してMn007のような凝集性の酵素阻害剤を個別にデザインすることで治療薬開発ができるようになるかもしれません。
謝辞
本研究は、JSPS科学研究費助成事業、AMED 再生医療実現拠点ネットワークプログラム、中谷医工計測技術振興財団、豊田理研スカラーの支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル
“Molecular aggregation strategy for inhibiting DNases”
DOI
10.1021/jacsau.4c00210
著者
Kenta Morita,[a,b] Tomoko Moriwaki,[a] Shunsuke Habe,[a] Mariko Taniguchi-Ikeda,[c]
Tadao Hasegawa,[d] Yusuke Minato,[e] Takashi Aoi,[f] and Tatsuo Maruyama*,[a,b]
[a] Department of Chemical Science and Engineering, Graduate School of Engineering, Kobe University
[b] Research Center for Membrane and Film Technology, Kobe University
[c] Department of Clinical Genetics, Fujita Health University Hospital
[d] Department of Bacteriology, Nagoya City University Graduate School of Medical Sciences
[e] Department of Microbiology, School of Medicine, Fujita Health University
[f] Division of Stem Cell Medicine, Graduate School of Medicine, Kobe University
*Corresponding Author
掲載誌
JACS Au