神戸大学分子フォトサイエンス研究センターの立川貴士教授、隈部佳孝特命助教、および大学院理学研究科の西村拓真大学院生は、奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科物質創成科学領域の藤井幹也教授、原嶋庸介准教授らの研究グループとの共同研究により、太陽光と水からCO2フリー水素を製造できる光触媒注1)の性能を、少数データから予測できる機械学習モデルを開発しました。
本研究では、安全・安価・安定な光触媒材料であるヘマタイト注2)に複数の異種元素をドープ注3)した光触媒電極を作製し、水素生成性能の指標である光電流値を、元素の特徴量や実験データに基づいて高精度に予測することに成功しました。さらに、二段階LASSO回帰注4)という新たな手法を開発し、光電流値の予測に寄与する光触媒電極の特徴を抽出することを可能としました。加えて、モデル構築に用いていない元素組成のサンプルに対する予測でも、実測値との誤差が小さいことを確認し、本手法が未知サンプルに対しても高い予測精度を有することを実証しました。
これらの成果により、太陽光水素製造システムに関連する光触媒電極の重要な特徴を明らかにするとともに、最適なドーパントの組み合わせや濃度の探索に要する膨大な試行時間を大幅に短縮できると期待されます。
本研究成果は、2025年7月8日に、米国化学会が刊行する学術誌「ACS Catalysis」のオンライン版で公開されました。
ポイント
- 複数の元素をドープしたヘマタイト光触媒電極の性能を、少数データから予測できる機械学習モデルを開発した。
- 二段階LASSO回帰により、性能予測において重要な元素特徴や実験データを抽出することに成功した。
- 最適なドーパント条件の探索にかかる時間を大幅に削減できる。
研究の背景
太陽光と水からCO2フリー水素を製造できる光触媒は、環境負荷の低減と持続可能な社会の実現に貢献する材料として大きな注目を集めています。一方、光触媒を用いた太陽光水素製造システムの実現には、太陽光エネルギー変換効率のさらなる向上が求められています。そのための有効な手法の一つとして、他元素のドーピングが挙げられます。しかし、どの元素をどの程度、どのような組み合わせでドーピングすればよいのかについては、明確な指針が確立されておらず、膨大な数の実験が必要とされています。近年では、マテリアルズ・インフォマティクス (MI)注5)を活用した効率的な材料探索により、従来性能を大幅に向上させることが可能となってきており、情報科学的手法を活用した材料開発や材料理解への関心が高まっています。
研究の内容
本研究では、39種類の元素の中から複数種を選んでドープしたヘマタイト光触媒を、ソルボサーマル法注6)によって合成し、導電性ガラス基板上に集積・焼成することで、計97種類の光触媒電極を作製しました。1.6Vの電圧印加時の光電流密度を目的変数注7)、サンプルの組成情報から作成した元素特徴量や各種分析データを説明変数注8)として、二段階のLASSO回帰による光電流密度の予測を行いました(図1)。LASSO回帰を二段階にすることで、モデルの予測精度が最大化する説明変数を選択でき、過学習注9)や学習不足による予測精度の低下を抑えることができます。

本研究で使用したデータセットは、光電流密度が0.04~1.06mAcm−2と広範囲にわたる一方で、データ数は100以下と少数でしたが、二段階LASSO回帰を適用することで、決定係数が0.76という良好な予測精度が得られました (図2左上)。また、入力に用いた元素特徴量は177個でしたが、最終的に選択された特徴量は16個(例えば、元素の価数や結晶半径など)に絞られ、約10分の1にまで厳選されました。これにより、化学的観点からの考察が十分に可能なレベルまで特徴量を減らすことができました (図2右上)。モデル構築に用いていないハフニウム (Hf) を含むサンプルの光電流密度を外挿的に予測したところ、実測値と良好な一致を示し、本手法が高性能材料の探索に極めて有用であることが実証されました (図2下)。

(右上)光電流密度予測において重要な特徴量の回帰係数注10)。価数の合計値(sum:valence)や結晶半径の最大値(max:crystal_radius)が光電流密度予測において大きく寄与している。
(下)未知サンプルに対する予測値と実測値の比較。モデル構築に用いていないハフニウムを含む4種類のサンプルに対して、予測値と実測値が良好に一致した。
今後の展開
今回開発した二段階LASSO回帰により、少数データから高い予測精度の機械学習モデルを構築するとともに、光触媒性能に関わる重要な特徴を抽出することができました。本方法は様々な材料系に適応可能であり、新たな材料の設計指針を見出すための有効なアプローチになると考えられます。さらに、未知のサンプルに対しても高い予測精度を示したことから、材料開発に要する膨大な時間を大幅に短縮できると期待されます。
用語解説
注1)光触媒:光を照射することにより触媒作用を示す物質。光触媒を導電性基板上に塗布し、電極化したものを光触媒電極または光電極と呼ぶ。本研究では、疑似太陽光を照射して水を酸化分解し、酸素を生成する反応に光触媒を用いている。
注2)ヘマタイト(α-Fe2O3):自然界に豊富に存在する酸化鉄の一種。太陽光に多く含まれる可視光(約600 nm以下)を効率よく吸収でき、太陽光エネルギー変換効率の理論上限値は約16%とされている。
注3)ドープ・ドーピング:材料の物性を変化させるために少量の不純物(ドーパント、ここでは金属元素)を添加すること。
注4)LASSO回帰:線形重回帰のひとつで、L1正則化によりモデルの過剰適合を防ぐと同時に変数選択としての役割を果たす。一段階目のLASSO回帰では各説明変数の回帰係数を計算し、小さな回帰係数を持つ説明変数を排除するための閾値を設定する。二段階目の回帰では、一段回目で選択した説明変数を用いて光電流密度の予測を行う。
注5)マテリアルズ・インフォマティクス(MI):機械学習やデータ分析などの情報科学的手法を材料開発に応用し、新材料の発見や開発プロセスを効率化する取り組み。
注6)ソルボサーマル法:沸点以上の高温・高圧の溶媒を反応場として用いて固体を合成する方法。
注7)目的変数:回帰分析や機械学習モデルにおいて、予測や説明の対象となる変数。
注8)説明変数:ある現象や結果を説明するために用いられる変数。
注9)過学習:学習が過剰に行われてしまうことで、学習データに対する予測精度は良くなる一方で未知データに対する予測精度が落ちること。
注10)回帰係数:回帰分析において目的変数を説明変数の線形結合で表したときの重み。
謝辞
本研究は、日本学術振興会・科学研究費補助金「基盤研究(B)」(課題番号:JP21H02049)、「国際共同研究加速基金(海外連携研究)」(課題番号:JP23KK0097)、「挑戦的研究(萌芽)」(課題番号:JP24K21753)、科学技術振興機構「次世代研究者挑戦的研究プログラム」(課題番号:JPMJSP2148)、「次世代AI 卓越博士人材育成プロジェクト」(課題番号:JPMJBS2410)、パナソニック ホールディングス株式会社などの支援を受け実施しました。また、本研究の一部は、JAXA宇宙探査イノベーションハブ(TansaX)との共同研究として実施されました。
論文情報
タイトル
“Machine Learning-Driven Photocurrent Prediction in Multi-Element-Doped Hematite Photoelectrodes”(機械学習による多元素ドープヘマタイト光電極の光電流予測)
DOI
10.1021/acscatal.5c02536
著者
Takuma Nishimura, Yoshitaka Kumabe, Yosuke Harashima, Mikiya Fujii, and Takashi Tachikawa
掲載誌
ACS Catalysis