気候変動が進む中、作物の温度耐性を支えるメカニズムの解明が求められています。低温ストレスは、キュウリなどの夏作物の光合成を阻害して生育を低下させますが、その詳細なメカニズムは不明でした。京都大学大学院農学研究科 伊福健太郎 教授、竹内航 同博士後期課程学生、播本慎太郎 同修士課程学生、神戸大学大学院農学研究科 三宅親弘 教授らの研究グループは、葉緑体にある「NDH複合体」の分解がキュウリの低温ストレス障害のトリガーであることを明らかにしました。低温に弱いキュウリ品種では、低温ストレス時にNDHが分解され、光合成の阻害と葉の白化が起こりました。一方、低温に強いキュウリ品種ではNDHは低温でも安定で、葉緑体は活性酸素から安全に守られました。これまで環境ストレス時のNDHの機能は明らかになっていませんでしたが、低温ストレス時に活性酸素を抑制し、葉緑体を健康に保つという重要な生理学的役割がはじめて明らかとなりました。
本成果は、2025年9月18日に国際学術誌『New Phytologist』に掲載されました。

研究の背景
地球温暖化により、夏野菜は秋や春に栽培されることが増え、低温ストレスにさらされる機会が増えています。また、冬季のハウス栽培では低温障害を防ぐために多くのエネルギーが費やされています。そのため、植物の低温ストレス障害の軽減や、低温耐性機構の解明が重要です。植物は葉緑体で光エネルギーを使ってCO2を固定します。しかし低温では、CO2 固定反応が滞ることで、光エネルギーが余剰な状態となります。この余剰な光エネルギーから活性酸素種(ROS)(注1)が発⽣し、光阻害(注2)と⽣育不良が⽣じます。特にキュウリなど⼀部の夏作物では、低温ストレス時に光化学系I(以下PSI)が光阻害を受け、⽣育阻害が起こります。しかしながら、低温でのPSI光阻害の発⽣機序やその抑制機構には未解明な部分が多く残されていました。
研究手法・成果
本研究チームは2022年に、低温に強い、すなわち低温でのPSI光阻害に強いキュウリ品種と、弱いキュウリ品種が存在することを発⾒しました。今回、この2品種の⽐較解析を⾏うことで、低温ストレス障害の原因解明を⽬指しました。4ºCで光を照射しながら低温ストレスを与えたところ、低温に弱い品種では、PSIの反応中⼼クロロフィルP700(注3)と鉄硫⻩クラスター(注4)が過剰に還元的となり、ROSによるPSI光阻害が⽣じました(図2)。⼀⽅、低温に強い品種では、PSIは酸化的に保たれており、PSIの活性低下はわずかでした。

この低温PSI光阻害の品種間差の要因を調べたところ、低温に強いキュウリ品種では、PSIの下流から電⼦を受け取るタンパク質である葉緑体NADH dehydrogenase-like complex(NDH)(注5)の活性が⾼いことがわかりました(図3左)。この品種では、NDHが低温ストレス時の余剰な電⼦を受け取り、PSIをROSダメージから守っていることが明らかとなりました。対照的に、低温に弱いキュウリ品種ではNDHが低温で⼀部分解・不安定化しており、NDHの正常な機能が失われていました(図3左)。また、シロイヌナズナのNDH⽋損変異体を⽤いて、NDHによるPSI光阻害の抑制能⼒を検証したところ、NDH⽋損変異体は、低CO2条件においてPSIが⾮常に還元的となり、PSI 光阻害が⽣じました(図3右)。これらのことから、NDHが環境ストレス時に余剰な電⼦を適切に受け取ることで、葉緑体をROS障害から守っていることが明らかとなりました。

(右)NDH ⽋損変異体のPSI 光阻害耐性。シロイヌナズナの野⽣型とNDH ⽋損変異体を低CO2環境で光照射した後、光酸化可能なPSI 反応中⼼クロロフィルP700 の総量を測定した。
波及効果、今後の予定
葉緑体NDHは、光化学系I の循環的電⼦伝達(注6)に関わると考えられていますが、NDHが機能するタイミングや⽣理学的役割には未解明な部分が多く残されていました。本研究によって、NDHは低温ストレス時の光阻害の抑制に貢献する、という新たな役割が明らかとなり、植物の低温耐性メカニズムの新たな1 ピースとして注⽬されることが期待されます。現在、キュウリやイネなど多様な作物におけるNDHの重要性を検証し、環境ストレスに強い農作物の選抜、育種指標として確⽴することを⽬指しています。
研究プロジェクトについて
本研究は、JST CREST (JPMJCR15O3, JPMJCR17O2), JSPS (JP23KJ1357)による⽀援を受けて実施されました。
用語解説
注1: 活性酸素種(ROS)
酸素(O2)から発⽣する反応性の⾼い酸素分⼦で、葉緑体では余剰な電⼦が酸素に渡ることで発⽣する。光化学系から発⽣する主な活性酸素として、スーパーオキシドアニオン(O2–)や1 重項酸素(1O2)が挙げられる。
注2: 光阻害
光による光合成の機能低下を指す。特に光化学系I の光阻害をPSI 光阻害と呼ぶ。PSI 光阻害は主に活性酸素種により引き起こされる。
注3: 反応中⼼クロロフィルP700
クロロフィルに吸収された光エネルギーは、最終的に光化学系の反応中⼼に存在する特殊なクロロフィルに伝達され電⼦伝達反応を駆動する。光化学系I の反応中⼼に存在するクロロフィルa を特にP700 と呼ぶ。
注4: PSI の鉄硫⻩クラスター
光化学系I の下流に位置する電⼦伝達に関わる4Fe-4S を含む⼀連のタンパク質の総称。主にFX、FA、FB の3種類の鉄硫⻩クラスターが存在する。FBの電⼦は、最終的に2Fe-2S のフェレドキシンに伝達される。
注5: 葉緑体NADH dehydrogenase-like complex(NDH)
ミトコンドリアの呼吸鎖のNADH dehydrogenase のサブユニットと相同性のある葉緑体タンパク質として名付けられた。被⼦植物の葉緑体では、PSI の近傍でフェレドキシンから電⼦を受け取る能⼒を持つと考えられている。
注6: 光化学系I の循環的電⼦伝達
PSI の最終電⼦受容体の電⼦がNADP+の還元に使われず、光化学系電⼦伝達鎖内に再び戻る経路を指す。
論文情報
タイトル
“The protective role of chloroplast NADH dehydrogenase-like complex (NDH) against PSI photoinhibition under chilling stress”
(葉緑体NDH複合体は低温ストレス時のPSI光阻害の抑制に重要である)
DOI
10.1111/nph.70573
著者
Ko Takeuchi, Shintaro Harimoto, Yufen Che, Minoru Kumazawa, Hayato Satoh, Shu Maekawa, Chikahiro Miyake, and Kentaro Ifuku
掲載誌
New Phytologist
報道問い合わせ先
神戸大学総務部広報課
E-Mail:ppr-kouhoushitsu[at]office.kobe-u.ac.jp(※ [at] を @ に変更してください)