石崎公庸教授

コケの一種、ゼニゴケを食用や薬・サプリメントの原料として活用する研究が神戸大学で進んでいる。速く大量に栽培できるうえ、栄養面でも優れており、未来の宇宙食としても期待されている。遺伝子を操作する実験が容易という特徴から、さまざまな有用物質の生成に利用できる可能性も高い。研究の中心となっている理学研究科の石崎公庸教授に、ゼニゴケの秘めた力、産業利用の今後について聞いた。

ゼニゴケから希少ポリフェノールを作る

ゼニゴケを研究するようになったのはなぜですか。

石崎教授:

植物は約5億年前に水中から陸上に進出し、その後、コケ植物と、維管束(いかんそく=水分や養分を運ぶ管)を持つ植物に分かれました。そして、維管束植物は種子や花を持つ植物、シダ類などに分かれ、繁栄していったという進化の歩みがあります。

私は植物の進化の研究をしているのですが、この分野でコケ植物は非常に重要です。それは、コケが陸上植物の祖先のような仕組みを持っており、植物全体に共通する基本原理を解明したり、進化の過程を調べたりするのにとても役立つからです。

中でも、ゼニゴケは今、さまざまな実験に使う「モデル植物」として世界的に注目されています。成長が非常に速いので、実験の結果が出るまでの期間を短くできる利点があり、外から別の遺伝子を挿入したり、遺伝子を改変したりする実験がやりやすいという特徴もあるためです。

以前所属していた京都大学で2000年代初め、ゼニゴケをモデル植物にする取り組みが始まり、私もその一員として研究を始めました。世界中の研究者が参画することによって、2017年にはゼニゴケのすべてのゲノム(遺伝情報)が解読され、モデル植物としての地位が確立してきた経緯があります。

研究室で栽培したゼニゴケ(石崎教授提供)

産業利用を研究し始めたのはなぜですか。

石崎教授:

私自身は植物分子生物学という分野で遺伝子レベルの基礎研究をしているのですが、約5年前、農学研究科の水谷正治教授(植物代謝工学)と話す機会があり、共同研究を始めたのが始まりです。水谷教授は京都大学の先輩でもあり、植物の力を使ってさまざまな物質を作り出す研究で知られています。

現在、研究グループで力を入れているのは、ゼニゴケからポリフェノールを作る取り組みです。抗酸化作用による疾病予防などで注目されているポリフェノールは、何千という種類がありますが、薬やサプリメントに使われているものの多くは、中国やアフリカなどの地域から輸入しています。ですから、海外の政情などに影響されて価格が高騰したり、枯渇したりする可能性があります。

そこで、遺伝子操作が容易という特徴を利用し、ゼニゴケが希少価値のポリフェノールを作るように細胞を組み替えようというわけです。ゼニゴケにはもともと、ある種のポリフェノールを作る代謝系があり、その仕組みを利用して、価値の高いポリフェノールを作らせるように改変するのです。

ゼニゴケは速く大量に栽培できるので、この方法を使うと、価値の高いポリフェノールを大量に抽出できます。輸入に依存せず、必要な分だけ生産することができます。ブドウの皮やかんきつ類に微量しか含まれず、花粉症や認知症予防などに効果があると期待されるポリフェノール成分をゼニゴケから抽出することを目指しています。

将来は宇宙でゼニゴケを生産?

食用としての可能性に注目したのは?

石崎教授:

研究の過程で、ゼニゴケに有用物質を作らせて抽出するだけでなく、そのまま食べることもできるのではないか、と思いつきました。本学大学院の人間発達環境学研究科で未利用の食資源について研究している湯浅正洋助教の協力も得て、食用としての可能性を探ることになりました。

実験室で栽培しているゼニゴケを手にする石崎教授

野生のゼニゴケは安全ではなく、まずいので食用になりませんが、研究室で育てたものは野菜のようで、レタスのようなシャキシャキした食感です。食品を分析する専門機関に調べてもらったところ、毒性はなく、ビタミンやミネラルなどが豊富ということも分かりました。特に、鉄分はほうれん草の25倍もあるという結果が出ています。また、ゼニゴケは、青魚に多く含まれていて動脈硬化を抑制するとされるEPA(エイコサペンタエン酸)も含有しています。

ゼニゴケを育てるには、土は不要で、霧状の水分を適度に与えればいいだけです。砂漠地帯でも植物工場を建設して育てることができます。将来、人類が火星などに長期間の宇宙飛行をする場合、地上からすべての食料を持っていくのは困難なので、宇宙ステーションなどでゼニゴケを生産することも考えられます。成長が非常に速いので、狭い面積でも大量に生産できるのがメリットです。

ポリフェノールをゼニゴケに作らせ、それを抽出せずにコケのまま食べるということもできると思います。「食べるサプリメント」のようなもので、そうすれば抽出のコストもかかりません。また、ゼニゴケは乾燥しやすいので、その特性を利用してパウダー状にすれば、用途がさらに広がると思います。

ゼニゴケ料理のレシピ開発も進めているそうですね。

石崎教授:

湯浅助教の協力を得て、料理の専門家にゼニゴケを使ったメニューを試作してもらいました。生のままサラダで食べるのはもちろん、天ぷらや煮物、和菓子などさまざまな料理に使えることが分かり、味の面でも好評でした。乾燥させたゼニゴケの粉を練り込んだクッキーも別の機会に試作し、おいしく食べられました。

ただ、コケはこれまで食用としての利用がなく、まずいと思われているので、先入観を持たずに食べてもらえる工夫が必要だと思います。ゼニゴケという名前に抵抗がある人も多いと思うので、現在、食用として親しみを持ってもらえるような名称を研究グループで考案中です。

ゼニゴケを使って試作された天ぷら、サラダ、クッキー(石崎教授提供)

カーボンニュートラルにも貢献

社会実装の見通しを教えてください。

石崎教授:

ゼニゴケを大量に栽培する方法について、基本的な特許は取得しており、今後2年ほどの間に大量栽培システムの社会実装を実現したいと考えています。実際に生産できるようになれば、会社組織も立ち上げる計画です。すでに食品メーカーや、植物由来の希少な化合物を製造している食品原料メーカーとも共同研究を始めています。

ゼニゴケは成長する際、大量の二酸化炭素を吸収することが分かっています。有用な物質を作らせながら、カーボンニュートラルにも役立つということは、産業利用の大きなメリットになると思います。

バイオものづくりの分野では、微生物を活用する研究が進んでいますが、植物を利用する研究はあまり進んでいませんでした。しかし今後は、ゼニゴケの活用で可能性が大きく広がると考えています。

石崎公庸教授 略歴

1996年、京都大学農学部卒業。1998年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了。製薬会社勤務を経て、2003年、同研究科博士後期課程修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、オックスフォード大学植物科学科博士研究員などを経て、2006年、京都大学大学院生命科学研究科特任助教。2008年、同研究科助教。2013年、神戸大学大学院理学研究科准教授、2020年から教授。

研究者

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