神戸大学大学院医学研究科 AI・デジタルヘルス科学分野(榑林陽一特命教授・姉崎久敬特命准教授)と同保健学研究科地域保健学分野(和泉比佐子教授)ならびに株式会社日立製作所(直野健主幹研究員)の共同研究チームは、レセプトデータや健康診断データを活用して高齢者の介護リスクを個人毎に予測するAIモデルの開発に成功しました(研究期間:令和3年3月~令和9年3月)。開発されたAIモデルを活用することで、科学的根拠に基づいた介護予防事業の対象者選定や個別予防策の立案が可能となります。これにより、介護予防と保健事業の一体的な推進が進み、社会保障費の抑制にも寄与することが期待されます。
本研究の成果は、2025年12月12日にKobe Journal of Medical Sciencesで公開されました。
研究の背景
日本では高齢化が急速に進行し、要介護者の増加や社会保障費の拡大が社会全体の大きな課題となっています。誰もが安心して暮らせる持続可能で包摂的な社会を実現するために、介護予防をより効率的かつ効果的に進める取り組みの重要性が一層高まっています。
これまでの介護予防では、フレイル予防教室や通いの場など、地域の高齢者を対象にした集団的な取り組みが中心でした。しかし、健康状態や生活習慣、医療・介護の利用状況は人それぞれ異なるため、画一的な支援では十分な効果が得られにくいという課題が指摘されています。こうした背景から、個々の状況に応じた介護予防の実現が求められています。
研究の内容
研究グループは、神戸市ヘルスケアデータ連携システムから提供された約38万人の65歳以上の神戸市民を対象に、医療レセプト(診療報酬明細)、介護レセプト(介護給付実績)、健康診断データといった多層的なデータを統合し、機械学習を用いた解析を開始しました(詳細は2022年1月22日付けプレスリリースを参照)。
この結果、医療レセプト、介護レセプト、健康診断データを入力すると、2年以内に「要介護2以上に認定されるリスク」を、高精度で予測できるAIモデルを構築することに成功しました。要介護2は、歩行や身の回りの動作などに部分的な介助が必要で、生活全般にわたり見守りや介助を要する状態とされています。健康日本21では「要介護2以上」が「健康寿命の終焉(不健康)」とみなされています。またリスク要因の詳細な解析の結果、これまでに知られている認知症や脳梗塞などに加えて、消化器の病気や視覚・聴覚の障害、そして低いLDLコレステロール値も、要介護2認定のリスク要因であることが新たに明らかになりました。さらに、頭痛や骨粗しょう症、腰痛、便秘等についても、適切に治療することで介護リスクを減らせる可能性が示されました。
本研究は、自治体が保有するレセプトデータや健康診断データをAIで解析し、介護が必要となるリスクを一人ひとりの高齢者について早期に把握できることを実証しました。こうした取組は全国で初めてであり、自治体における介護予防と保健事業の一体的な推進を支援するとともに、社会保障費の抑制にもつながることが期待されます。
今後の展開
今後は、より長期間のデータを活用し、個人レベルでのリスク要因の「見える化」など、AIモデルの高度化を進めていきます。さらに、神戸市をはじめとする自治体と連携し、地域の保健・介護予防の現場に本AIモデルを中心とした研究成果を還元していく予定です。こうした取組を通じて、高齢者の要介護状態への進行を防ぎ、健康寿命の延伸につながることが期待されます。
用語解説
1.機械学習
大量のデータをもとに、コンピューターが自分で「パターン」や「特徴」を見つける仕組み。たとえば、写真を見て誰が写っているかを判断したり、健康データから病気のリスクを予測したりすることができます。
2.健康日本21
国民の健康を総合的に高めていくために、政府が定めた健康づくりの基本方針です。
3.ヘルスケアデータ連携システム
神戸市健康局は、今まで別々に記録されていた個人の医療・介護・健診等のデータを個人ごとにまとめる「ヘルスケアデータ連携システム」を2020年度に構築し、運用しています。医療レセプト、介護レセプト、健康診断情報など多様なデータが含まれています。
(参考)学術機関によるデータの研究利用について
(1)個人情報の保護
個人情報保護法第69条では、法令に基づく場合を除き、利用目的以外の目的のために保有個人情報を利用・提供してはならないと定められています。ただし、同条第2項第4号において、専ら統計の作成又は学術研究の目的のために提供するときは、例外的に利用目的以外の目的のために保有個人情報を利用・提供することができると定められています。
(2)神戸市保健事業に係る研究倫理審査委員会
神戸市では、保健事業に係る研究を実施または協力をする際、「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」(平成26年12月22日文部科学省・厚生労働省通知)を踏まえた倫理審査を実施しています。なお、当該学術機関における研究倫理審査委員会の承認が予め必要です。
(3)個人情報の保護について
氏名や生年月日、住所等、個人が特定できる情報は削除し、匿名化された情報を学術機関に提供します。また、神戸市保健事業に係る研究倫理審査会の承認のもと実施される研究は、神戸市ホームページに掲載し、市民への情報提供及びオプトアウトの機会確保を図っています。
謝辞
本研究は兵庫県産業労働部「健康・医療データを活用したデジタルイノベーション支援事業」(令和1年度~令和7年度)の支援を受け実施しました。
研究体制
(代表研究者)
- 神戸大学大学院医学研究科地域社会医学・健康科学講座 AI・デジタルヘルス科学分野 特命教授 榑林陽一
(分担研究者)
- 神戸大学大学院保健学研究科 パブリックヘルス領域 地域保健学分野 教授 和泉比佐子
- 株式会社日立製作所 研究開発グループ 主管研究員 直野健
論文情報
DOI:未定
著者:HISATAKA ANEZAKI, MAMORU HIROE, MICHIYO KAWAI, AYAKO FUJIWARA, YUICHI NAKATA, YOSHIHARU MIYATA, HIROAKI MASUDA, AKIRA MATSUMOTO, SHINICHI OKATA, HISAKO IZUMI, KEN NAONO, and YOICHI KUREBAYASHI
掲載誌:Kobe Journal of Medical Sciences


