神戸大学大学院保健学研究科の佐藤央基助教は、秋末敏宏教授、山本暁生助教、小野くみ子准教授、長尾徹准教授、神戸大学附属特別支援学校の佐藤知子校長、殿垣亮子副校長の研究グループにおいて、文部科学省およびスポーツ庁が実施する2023年度「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」の個票データを用いて、特別支援学校(知的障害)に通う中学2年生の体力と運動習慣を、通常の中学校に通う同学年の生徒と比較・分析しました。その結果、身長・体重・運動時間(体育の授業を除く)の差を統計的に調整しても、知的・発達障害のある生徒は、すべての新体力テスト項目で通常の中学校に通う生徒より成績が低いことが明らかになりました。総合評価(5段階:A~E)では1〜2段階低く、とくに「敏捷性(反復横跳び)」に大きな差を認めました。また、肥満の割合は通常の中学校に通う生徒の約2倍であり、体育の授業以外での運動時間も大幅に少ないことが分かりました。
本研究は、全国調査データを用いて、知的・発達障害のある中学生の体力・肥満・運動習慣を詳細に分析した初めての研究であり、今後、特別支援学校や地域における運動・スポーツ支援の充実や、個々の特性に応じた体力づくりプログラムの開発などにつながることが期待されます。
この研究成果は、11月26日付で国際学術誌「Disability and Health Journal」に掲載されました。

ポイント
- 特別支援学校(知的障害)の中学2年生は、通常学校に通う同学年と比べて、すべての体力テスト項目で成績が低く、総合評価も1〜2段階ほど低い(D〜Eが中心)ことが分った。
- 肥満(軽度肥満+肥満)の割合は、知的・発達障害のある生徒で通常の中学校に通う生徒のおよそ2倍であり、体育の授業以外での運動時間も大幅に少ないことが明らかになった。
- 身長、体重、運動時間を考慮して比較しても体力差を認めたことから、運動の「量」だけでなく、敏捷性や全身協調性を高める「質」の高い運動・スポーツの機会づくりが重要であることが示唆された。
研究の背景
近年、子どもや若者の体力低下が社会的な課題となる中、知的・発達障害※1のある子どもや若者は、同年代と比べて筋力や持久力、バランス能力が低く、慢性疾患やメンタルヘルスの問題、肥満など将来の健康リスクを抱えやすいことが、主に海外の研究で報告されています。日本では、文部科学省およびスポーツ庁による「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」を通じて、全国の小・中学生の体力は毎年詳細を把握されていますが、特別支援学校(知的障害)※2に在籍する生徒については、体力と肥満、運動習慣を全国規模のデータで総合的に検討した例はこれまでにありませんでした。
研究の内容
本研究では、文部科学省およびスポーツ庁が実施した2023年度「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」の中学2年生の個票データを用いました。解析対象は、通常の中学校に通う生徒921,297名と、特別支援学校(知的障害)に通う生徒2,216名でした。性別、身長、体重、1週間あたりの運動時間(学校の体育の授業時間を除く)、新体力テスト※3の8項目(握力、上体起こし、長座体前屈、反復横跳び、20mシャトルラン、50m走、立ち幅跳び、ハンドボール投げ)を分析しました。
本研究では、身長、体重、運動習慣の違いを考慮するために、「傾向スコアマッチング」という統計手法を用いました。これは、知的・発達障害のある生徒とほぼ同じ身長・体重・運動習慣の条件を持つ通常学校の生徒をペアにして比較する方法で、単純な比較に比べて公平な比較が可能になります。なお、本解析に先立ち、特別支援学校(知的障害)の生徒を対象とした予備研究を行い、新体力テスト8項目の再現性(テストを2回行ったときに似た結果が得られるかどうか)を検証しました。その結果、すべての項目で「良好」とされる水準以上の信頼性が確認され、本研究で用いる指標として適切であることを確認しています。
主な結果として、性別、身長、体重、1週間あたりの運動時間(学校の体育の授業時間を除く)の条件を揃えて比較しても、すべての新体力テストの項目で知的・発達障害のある生徒の成績は有意に低い結果となりました(表1)。特に、「反復横跳び(敏捷性)」で差が大きく、敏捷性が低く全身の協調運動が苦手である可能性が示唆されました。一方で、男子においては握力、女子においてはハンドボール投げなど、比較的技術が要求されず時間計測を伴わないテストでは、差はやや小さい傾向が認められました(図1)。8項目を合計した総合評価では、男女ともに知的・発達障害のある生徒の多くがD〜Eに集中し、通常学校の生徒(B〜Cが中心)と比べて1〜2段階低い結果でした(図2)。
総合評価(A〜E)を説明する統計モデルでは、身長が高く、体重が軽く、1週間あたりの運動時間が長いほど高い評価を受けやすい一方で、「知的・発達障害があること」自体が強いマイナス要因として働くことが示唆されました。
肥満と運動時間については、通常学校の生徒の体重分布を基準にすると、知的・発達障害のある生徒では、軽度肥満と肥満にあたる割合が男子で約3割、女子で約4割となり、通常学校の生徒の約2倍でした。1週間あたりの運動時間(学校の体育の授業時間を除く)の中央値は、知的・発達障害のある男子で約110分、女子で約75分と、通常学校の生徒(男子で約740分、女子で約650分)と比べて大幅に短いことが分かりました(表2)。



男女ともに、反復横跳び(敏捷性)において特に大きな差が認められる。一方で、男子の握力および女子のハンドボール投げでは差が小さいことが分かる。

男女ともに特別支援学校(知的障害)の生徒は、DおよびEの割合が非常に大きいことが分かる。
今後の展開
- 特別支援学校における体力づくり・運動指導の充実
敏捷性や全身協調性を高める運動(例:サイドステップや方向転換を伴う遊び、ボールゲーム、リズム運動など)を、個々の理解度や体力に合わせて安全に実施できるプログラムの開発・普及が求められます。
- 肥満・生活習慣病予防への応用
肥満が通常の生徒の約2倍であるという結果は、将来の生活習慣病リスクの高さを示唆しています。体力づくりとあわせて、食習慣や生活リズムも含めた包括的な健康支援の仕組みづくりが重要です。
- 学校外の運動機会の確保と地域連携
体育の授業時間以外の運動時間が非常に少ないことから、地域のスポーツクラブや放課後等デイサービス、自治体の事業などと連携し、知的・発達障害のある子どもが参加しやすい運動・スポーツプログラムを拡充するとともに、参加しやすい環境を整備していく必要があります。
用語解説
※1 知的・発達障害
発達の早い時期にあらわれる知的機能や適応行動の障害、および自閉スペクトラム症などの発達障害を含む概念。本研究では、特別支援学校(知的障害)に在籍する生徒を、知的・発達障害のある生徒として分析を行った。特別支援学校(知的障害)には、発達障害のある生徒も多く在籍してしており、多くの生徒は「知的障害」に加えて「発達障害」を併存している。
※2 特別支援学校(知的障害)
知的障害のある児童・生徒を主な対象として、個々の障害の状態や発達の段階に応じた教育を行う学校。学習や生活、将来の自立に向けた支援が行われる。特別支援学校は、盲、聾(ろう)、知的障害、肢体不自由、病弱の障害種別に分けられる。なお、自分での移動が困難など、身体的な障害を抱える生徒は、通常「特別支援学校(肢体不自由)」へ進学するため、今回の研究の対象には含まれていない。
※3 新体力テスト
文部科学省およびスポーツ庁が実施している体力テスト。小学5年生と中学2年生を対象に毎年全国の小・中学校で行われ、握力、上体起こし、長座体前屈、反復横跳び、20mシャトルラン、50m走、立ち幅跳び、ハンドボール投げの8項目を測定し、総合的な体力を評価する。
謝辞
本研究は、スポーツ庁の「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」個票データ提供を受け、日本学術振興会科学研究費助成事業 (研究活動スタート支援:23K19924)「障害児を対象とした地域で行うスポーツ実践が児および家族に及ぼす影響」の支援を受けて行いました。
論文情報
タイトル
DOI:10.1016/j.dhjo.2025.102012
著者
- 佐藤 央基(神戸大学大学院保健学研究科パブリックヘルス領域)
- 秋末 敏宏(神戸大学大学院保健学研究科リハビリテーション科学領域)
- 山本 暁生(神戸大学大学院保健学研究科パブリックヘルス領域)
- 小野 くみ子(神戸大学大学院保健学研究科パブリックヘルス領域)
- 佐藤 知子(神戸大学附属特別支援学校)
- 殿垣 亮子(神戸大学附属特別支援学校)
- 長尾 徹(神戸大学大学院保健学研究科リハビリテーション科学領域)
掲載誌
Disability and Health Journal
報道問い合わせ先
神戸大学総務部広報課
E-Mail:ppr-kouhoushitsu[at]office.kobe-u.ac.jp(※ [at] を @ に変更してください)

