神戸大学内海域環境教育研究センターの星野雅和助教、ダンディー大学(英)のCláudia Martinho講師、マックスプランク研究所(独)のSusana Coelho教授らの研究グループは、高価な専用機器を使用せずに、一般的な試薬と細胞を混ぜ合わせるだけで、褐藻類のゲノムを高効率に編集する手法を確立し、その手法がワカメなどの水産有用種にも有効であることを確認しました。本手法は、基本的な実験設備があれば実施可能であることから、未解明な部分が多い褐藻類の遺伝子機能解析が飛躍的に加速し、将来的には品種改良などの応用研究へつながることが期待されます。

この研究成果は、12月30日午前11時(米国東部時間)に、国際学術誌『Cell Reports Methods』に掲載されました。

本研究で使用したコンブの一種であるLaminaria digitata(ラミナリア ディジタータ)―フランス、ロスコフの海岸 撮影 Rémy Luthringer博士(マックスプランク研究所)

ポイント

  • ワカメなどを含む褐藻類にて、安価かつ効率的に遺伝子に変異を導入する手法を確立。
  • 従来必要だった数百万円〜一千万円規模の専用機器が不要。
  • どこの研究室でも、誰でも褐藻類の遺伝子機能を調べることが可能となり、褐藻類における遺伝子機能の解明が飛躍的に進むことが期待される。

研究の背景

ある遺伝子が体の中でどのような役割(機能)を果たしているかを知るためには、その遺伝子の配列を壊した(変異を入れた)個体を作り出し、正常な個体(野生型)と比べてどのような変化が起きるかを調べるのが最も確実な方法です。これまで、こうした「変異体」を得るためには、紫外線照射などで偶然遺伝子に変異が入るのをひたすら待つ必要がありました。しかし、2020年にノーベル化学賞を受賞した「CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)」などのゲノム編集技術が登場して以降、狙った位置にピンポイントで変異を導入することが可能になりました。ワカメやコンブなどの「褐藻類」においても、2021年にCRISPR-Cas9を用いたゲノム編集の成功が報告されています。しかし、この従来の手法は、顕微鏡下で細胞一つ一つに針を刺す「マイクロインジェクション」や、金属粒子を打ち込む「パーティクルガン」といった、数百万円から一千万円を超える高価な専用機器を必要とします。さらに高度な操作技術も要するため、実施できる研究室は極めて限定的であり、分野全体の発展の足かせとなっていました。

研究の内容

本研究チームは、ごく一般的な設備しかない研究室でも、容易に褐藻類のゲノム編集が行える手法の確立に取り組みました。ヒントとなったのは、2022年に緑藻アオノリで報告された手法です。これは、アオノリの「遊走細胞(泳ぐ胞子のような細胞)」と、「RNP(ハサミ役のタンパク質と場所を指定するRNAの複合体)」を、ポリエチレングリコール(PEG)という安価で一般的な試薬を用いた溶液の中でただ混ぜるだけでゲノム編集ができるという画期的なものでした。私たちは、この手法を褐藻類へ応用すべく、用いるタンパク質の種類変更や、処理温度の調整など、反応条件の最適化に取り組みました(図1)。その結果、ワカメやコンブなど水産上重要な種を含む4種の褐藻において、高効率なゲノム編集に成功しました。専用機器を用いる従来の方法では、非常に手間がかかる上に、1回の実験あたり平均して1個体前後の変異体しか得られませんでした。しかし、今回確立した手法では、1回の実験で数十〜数千もの変異体を得ることが可能になりました。

図1. 本研究でのゲノム編集系の概念図。ピペットと培養皿、培養装置しか必要としない。

今後の展開

褐藻類は、食品や産業資源として重要であるにもかかわらず、陸上植物や動物に比べて遺伝子の機能がほとんど解明されていませんでした。本研究により、高価な機器なしで変異体を容易に作出できるようになったことで、世界中の研究者が、それぞれの関心のある遺伝子の機能を自らの研究室で手軽に検証できるようになります。本手法の普及は、褐藻類の基礎研究を加速させるだけでなく、将来的には高水温に強いワカメの作出など、気候変動に対応した品種改良への応用も大いに期待されます。

謝辞

本研究はJSPS科研費(助成番号23K19386),海外学振PD, マックスプランク協会,European Research Council (助成番号864038), Bettencourt Foundation, Moore Foundation の助成を受けて実施されました。

論文情報

タイトル

“Efficient CRISPR–Cas genome editing in brown algae”

DOI

10.1016/j.crmeth.2025.101273

著者
  • Cláudia Martinho
  • Masakazu Hoshino (星野雅和)
  • Morgane Raphalen
  • Viktoriia Bukhanets
  • Anagha Kerur
  • Kenny A. Bogaert
  • Rémy Luthringer
  • Susana M. Coelho
掲載誌

Cell Reports Methods

報道問い合わせ先

神戸大学総務部広報課
E-Mail:ppr-kouhoushitsu[at]office.kobe-u.ac.jp(※ [at] を @ に変更してください)

 

研究者

SDGs

  • SDGs13
  • SDGs14