源利文教授

海や川、池など水中にどんな生物がどれくらい生息しているのかを、1杯の水をくみ浮遊しているDNAを調べるだけで確認できる「環境DNA調査」。生物のDNAが浮遊していることを別の研究中に偶然に発見してから十数年、調査手法も確立し、広く大学や研究機関の研究者にノウハウを伝授、研究は日々深化を続けている。嚆矢を放った人間発達環境学研究科の源利文教授に環境DNA研究の歩みと今、社会実装の現状、そして研究が今後どう進んでいくのかを聞いた。

1杯の水から何がわかるようになったのか

「環境DNA調査」とは、具体的にどんな調査ですか。

源教授:

環境DNAとは、水・土・空気の中など、環境中にある生物のDNAのことです。例えば、魚をイメージするとわかりやすいのですが、水の中で排泄をしたり、細胞のかけらが剥がれたり、遺伝子そのものが放出されています。目には見えないけれど、1杯の水には魚や生物のDNAがいっぱい入っています。

環境中に検出できるくらいの濃度であるというのがわかってきたのが、15年ほど前のことです。2008年ごろ、私がコイヘルペスウイルスという魚がかかる病気の研究をしていた時のことです。水をくんでウイルスの数を数える技術開発していた際に、綺麗な水の中にコイのDNAも大量にあることに偶然気が付きました。後になって知ったのですが、半年程前にフランスでオタマジャクシのDNAが水から検出され、論文が発表されていました。もちろん、日本では私が初めてでした。

研究は、科学技術振興機構(JST)の「CRESTプログラム」に採択され、大きな転機を迎えました。舞鶴湾において、マアジがどれくらいいるのか個体数を環境DNAから推定した大プロジェクトです。その研究の中で、同時に水1杯の中にどんな魚のDNAがあるのかを片っ端からリストアップできる方法も共同開発できました。こちらの手法が今、クローズアップされています。

具体的には、細胞の中のミトコンドリアのDNAの遺伝子配列を調べています。ミトコンドリアのDNAは、細胞の中にある状態であれば、16000の塩基(アデニン、チミン、グアニン、シトシンの4種類の化学物質)が環状に一つながりになっています。解析する場合は、500塩基から1000塩基程度の長さを調べるのが一般的です。

一方、環境DNAは、自然界では必ずしも16000の塩基がつながった状態ではなく、バラバラに切れていることが多いと考えられます。1つ1つのDNAは500塩基にも満たず、通常の方法では分析することができない場合が多いので、100塩基や150塩基の短い単位で分析することになります。短く切れてしまったDNAでも分析することができるよう、あえて情報量が少ないけれど、判別できる塩基配列領域を見つけて解析しています。環境DNAから、その水の中に、どんな魚がいるかすべてわかります。

調査データを解析すれば、個体数までわかるのでしょうか。

源教授:

魚が多くいれば、排出されるDNAも比例して多くなる。逆に水の中の環境DNAが多ければ、魚が多くいるという関係は、基本的には成り立ちます。ただ、水温や水質が違えば、状況が変わります。同じ条件で比較すれば、個体数を比べることも可能ですが、季節が違ったり、場所が違ったり、条件が異なれば、比較することも難しくなります。実際に私たちが個体数を知りたい場合、環境条件がそれぞれ異なります。すごく大雑把にこの魚が「多い」とか「中ぐらい」とか「少ない」とか、それくらいの差であれば判別できますが。

それが、何によって決定しているかも、まだ十分判明していません。魚は変温動物なので、水温が低くなると代謝が落ち、DNAを排出する量が減ります。また、放出したDNAが分解するスピードは、水温が低いと遅くなります。だから、水温の高低で、どちらの環境DNAが多いか少ないかもよくわかっていません。結局のところ環境DNAの量というのは、どれだけ放出したかとどれだけ分解したのかの差です。また、水温以外の水質要因もあり、バクテリアによる分解への関与も考えられます。放出速度と分解速度は、さまざまなパラメーター(変数、条件)に左右され変わります。

舞鶴湾のマアジを数える研究も、ある月のある海という条件の下にうまく推定できたということに過ぎません。このやり方を単純に他の海に当てはめられるかというと、それはできません。季節が変われば、当然結果も変わります。影響するパラメーターが多いので、今の時点では一般化するのが相当難しい。例えば、同じ海の同じ季節の魚が、昨年と今年で量が増えたか減ったかという比較であれば、それは可能だと思われます。

環境DNA調査のため、池で水を採取する源利文教授(源教授提供)

来年度から河川国勢調査に全面導入

環境DNA調査はこの間、どのくらい社会実装されましたか。

源教授:

環境調査への浸透はかなり進んでいます。国土交通省の「河川水辺の国勢調査」は、全国の1級河川について、どんな生き物がいるのかを5年かけて調べます。1990年から始まって35年間、調査がもう日本を7周した計算になります。2026年度からの魚に関する調査が、ほぼ全面的に環境DNA調査に置き換わります。「環境DNAメタバーコーディング分析」というもので、十分使える手法として国も認めたということですね。

それまでは現場で魚を捕獲し記録していましたので、環境DNA調査は、手間も省けて、データ量も大幅に増やせます。地点数で言えば、これまでの10倍くらいになり、精度が格段に上がるはずです。おそらく、世界でも最大級の規模の環境DNA調査になるのではないでしょうか。どんなデータが出てくるのか、今から楽しみです。その魚の有無、種類を正確に調べることができ、河川の生物多様性を調べることは十分可能です。希少種や外来種は、捕獲調査だと捕獲し切れていないケースもあるでしょうが、環境DNA調査であれば、新たな希少種や外来種の生息地が見つかるかもしれません。私が環境DNAの存在に気が付いて、十数年でここまで進展したことはすごいことだと思います。

海外でも環境DNA調査は進んでいて、ヨーロッパ各国をはじめ、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドでも積極的にやっています。広大な国土を持つ国では、メリットも大きいでしょう。

 

環境DNAから繁殖状態を見極める

環境DNA研究において、今どういう研究が進んでいますか。

源教授:

1つは、環境DNA調査の技術そのものを上げることを考えています。希少種などすごく個体数が少ない場合、水1杯を調べても検出できない場合もあります。環境DNAも万能ではありません。よりたくさんDNAを回収できる方法や、ミトコンドリアではない別の遺伝子マーカーを使うことで、より感度を上げられないか、研究を進めています。

 

研究室の学生と神戸市内のため池で取り組んだ生物調査(源教授提供) 

もう1つの研究では、環境DNAを使って、「生き物がそこで何をしているのか」「どんな状態なのか」がわかるようになってきました。具体的には、生き物がそこで繁殖しているのかどうかを知る方法を開発しています。これまでの環境DNA調査だと、生物の有無しかわからず、長寿のオオサンショウウオなどを例に挙げると、世代が健全に回っているかまではわかりませんでした。繁殖の時期とか、繁殖の場所をきちんと把握することは保全生物学上、非常に重要なことです。それがわかる技術を今開発しています。研究室の水槽実験と学内のビオトープでのテストで、水をくんだDNA情報から繁殖のシグナルを捉えることに成功しています。

具体的にどう調査するかというと、同じ生物でも、通常の状態と繁殖している状態では、DNAに変化が現れます。DNAの「メチル化」と呼ばれるものです。DNAの塩基配列中の一つシトシン(C)という塩基に生じる変化を確認します。これまでの環境DNA調査の塩基配列を読むだけではわからなかったものが、環境DNAの塩基に付随する「メチル基」の情報を読み取れるようになってきました。脊椎動物については私たちが世界で初めて立証しました。このメチル化の情報が、生き物の状態に応じて変わります。例えば、精子に特有のメチル化状態のDNAを検出すると、そこで精子を放出した、つまり繁殖が行われたとわかるわけです。

私たちはまず、繁殖にスポットを当てていますが、このメチル化の分析技術を高めていけば、生物の年齢もわかるようになると予想しています。長いDNAの遺伝子情報の中には、繁殖の際にメチル化状態が変わる領域もあれば、年齢に応じてメチル化が変わる領域もあります。その領域を見つけて、その個体の状態を知ろうと挑んでいます。

年齢構造が判明すると、その場の生物が正常に世代交代しているのかがわかります。若い個体が多いのか、年齢を重ねた個体が多いのか、人口ピラミッドも書けるかもしれません。日本のどこの個体群が高齢化しているか、どの場で健全にサイクルが回っているかが分かれば、どこを優先して重点的に保全しなければならないのかもわかるでしょう。今後、10年くらいかけて研究したいと思います。

研究機関への普及の現状を教えてください。当初想定していなかった活用方法は?

源教授:

当初は私の仲間の研究者たちと始まった環境DNA研究は、今では全国の研究機関、大学に広がり、2018年4月には、「環境DNA学会」(2025年8月末現在、正会員288人、賛助会員36団体)も設立され研究が進んでいます。想定していなかったことは多くありませんが、1つ面白いと思っているのは、感染症に関する研究です。

感染症の半分くらいは、人獣共通感染症であると言われていて、自然界の野生動物と人とで病原体を共有しています。ただ病原体の「自然宿主」がわからない感染症が多くあります。どの野生動物が、病原体を持っているかが不明なのです。

この「犯人」を推定しようと琉球大学と共同研究をしたことがあります。毎年、沖縄の川などで病気を引き起こす「レプトスピラ菌」という病原体の調査です。レプトスピラ症もどの生物が病原体を水の中に放出しているかわかっていませんでした。現場の水を何度もくんで、環境DNAを調べ、その病原体のDNAが出てきた時に、どの動物のDNAがいつも共通して出てくるのかを見極めて、「犯人」を推定しました。この考え方をすると、生き物と生き物の関係性が見えてきます。感染症というのも結局は生き物と病原生物の相互作用なので、生き物同士の関係を理解できれば、そのサイクルを止めることに将来つながるかもしれません。

 

人の作用は、ネイチャーポジティブになっているのか

今後の研究・活動の展望を聞かせてください。

源教授:

河川水辺の国勢調査のように、どんな生物がいるかリストアップする環境DNAは、研究の領域を脱して社会実装できる技術になっています。これから進んでいくのは、生き物がどう暮らしているのかを突き止める研究です。

 

研究室で大学院生と談笑する源教授

もう1つは、社会実装された技術を使って調べたデータが大量に集積された時に、そのデータから何を理解するのか、そういった研究がもう一方で進んでいくと考えます。最近、「ネイチャーポジティブ」(自然再興)という考え方が注目されています。生物多様性の負(損失)の流れを止めて、正(回復)に反転させることを言いますが、実際のところ、何をしたら、本当にネイチャーポジティブになっているのか、それを測ることは難しいことです。例えば、河川水辺の国勢調査のベースデータを何十年も取り続けていくと、そこの生物多様性が増えているか、減っているのかが分かるでしょう。例えば、ダムなどの構造物を造ったら、その場の生物多様性はどうなったのか。環境DNA調査を継続していくと、人間が自然に対して行動した場合、それが自然に対して、プラス、マイナスどんな作用を与えたのかを明確にすることができるようになるはずなのです。

地球温暖化についても同じことが言えるでしょう。私たちは今、神戸から淡路島、四国あたりまでの海の環境DNAのサンプリングを10年程度継続していますが、これをさらに続けると、近年の地球温暖化や黒潮の大蛇行などが日本近海にどんな影響を与えているかがわかるかもしれません。データを長期間にわたって取り貯めた時に、生き物のことを今わかっている以上に理解するところにつながると思っています。その時には、すごく大きなビッグデータを扱うことになるので、そうなれば、データサイエンスとの融合が必要になります。

各国がいろいろなところで多くの環境DNAデータを取っているので、しっかりと比較できるように、国際的に標準化することも大切です。今研究者の有志レベルでの取り組みを始め、私が会長を務める「環境DNA学会」でも、しっかりコミットしています。海洋温暖化が、世界中の魚の分布をどう変えたのか。各国の研究者が標準化された方法でデータを蓄積することで理解が進むと思います。これまで環境DNA以外では、全くできなかったことです。

生物種を越えた環境DNA調査の可能性

本学の「はばたく次世代異分野共創研究プロジェクト」において、「生物種を問わない環境DNA分析技術の開発とネイチャーポジティブ指標の確立」に関する研究を進められています。

源教授:

環境DNA調査をする場合、魚であれば、魚用の分析をし、両生類であれば、両生類用の分析をし、生き物ごとにそれぞれ違う分析実験をしなければなりません。違う実験を何回も何回も繰り返さなければいけません。それを1回分析したら、そこにいる生き物が全部わかる方法を開発したいと思っています。1つのサンプルに入っているDNAを根こそぎ調べる方法です。ネイチャーポジティブには確立された指標が今はありませんが、この環境DNAの新しい技術と組み合わせて、ネイチャーポジティブの評価指標も作れるのではないかと考えています。プロジェクトの中に環境経済学の先生にも入ってもらって、魚の増減、両生類の増減、昆虫の増減などすべてのデータを統合して、ネイチャーポジティブの指標化を協働して考えようとしています。

研究以外の活動で、伝えたいことはありますか。

源教授:

人間発達環境学研究科には、「神戸大学サイエンスショップ」という組織があります。大学の持っている知識や技術を、一般の市民や高校生に橋渡しするような役割を担った組織です。サイエンスカフェを開催したり、一般向け講演会をしたり、研究活動をしたい高校生をサポートしたりしています。参加者を増やし、今後も活動を拡大したいと思います。

源利文教授 略歴

1997年3月、京都大学理学部卒。99年3月、京都大学大学院理学研究科博士前期課程修了。2003年3月、同研究科博士後期課程修了。博士(理学)。03年4月、京都大学生態学研究センター研究機関研究員。05年4月、産業技術総合研究所生物機能工学研究部門特別研究員。07年4月、総合地球環境学研究所プロジェクト上級研究員。12年11月、神戸大学大学院人間発達環境学研究科特命助教。17年10月、准教授。21年7月、教授。

研究者

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