神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科博士後期課程の富田一輝氏、神戸大学先端バイオ工学研究センターの蓮沼誠久教授らとポルトガル・ミーニョ大学 Centre of Biological Engineering, University の Lucília Domingues 准教授らの研究グループは、大腸菌を用いて、医薬品の原料となるオルセリン酸由来メロテルペノイドを世界で初めて生合成することに成功しました。
オルセリン酸由来メロテルペノイドは抗癌、抗HIV、抗糖尿病、抗炎症などの多彩な薬理活性を持つ天然化合物(二次代謝産物注1))であり、これまでは植物(主にツツジ属)からの抽出に依存してきました。しかし、この方法は供給が不安定で、生産効率やコストの面で課題がありました。
本研究では植物由来の遺伝子群を大腸菌に導入することで、大腸菌内でオルセリン酸を作る経路を設計することに初めて成功しました。さらに大腸菌の代謝を合理的に改変しオルセリン酸生産に最適化した大腸菌を構築しました。そのうえでツツジ由来プレニル基転移酵素を機能発現させることで医薬品候補物質グリフォリン酸のバイオ生産に大腸菌で初めて成功しました。
本成果は、微生物による有用天然物の安定かつ持続可能な生産プラットフォームの実現に大きく貢献するものであり、今後の創薬研究や産業応用への展開が期待されます。本研究成果は、2025年12月30日に国際学術誌『Metabolic Engineering』に公開されました。

ポイント
- 大腸菌を用いて、医薬品の原料となるオルセリン酸およびオルセリン酸由来メロテルペノイドの生産に、世界で初めて成功した。
- 大腸菌に植物由来酵素を導入し、オルセリン酸生合成経路を人工的に構築するとともに、生合成のボトルネックを解消することでオルセリン酸の生産量を大幅に向上させた。
- さらに、構築したオルセリン酸高生産株にツツジ由来の合成酵素を導入し、より高度な構造と薬理活性を示すオルセリン酸由来メロテルペノイドの一つであるグリフォリン酸の生産に成功した。
- 本成果は、希少な有用天然物を微生物で安定的に生産する基盤技術となり、今後の創薬研究や医薬品原料の産業生産への応用が期待される。
研究の背景
メロテルペノイドは、抗癌、抗HIV、抗糖尿病、抗炎症などの多様な薬理活性が報告されている天然物群であり、医薬品前駆体として注目されています。中でも、オルセリン酸骨格をもつメロテルペノイドは主に植物由来で供給が不安定なため、生産効率やコストの面で課題があることから、効率的な微生物生産法の確立が求められてきました。しかし、高い増殖能と物質生産能を有する大腸菌を用いた、オルセリン酸およびオルセリン酸由来メロテルペノイドの生産例はこれまで報告されておらず、新たな生合成プラットフォームの構築が期待されていました。
研究の内容
これまで大腸菌によるオルセリン酸の生産が確認されていなかったため、本研究ではまず、適切なオルセリン酸合成酵素を同定する必要がありました。そこで、さまざまな生物種由来の酵素を大腸菌に導入して解析した結果、ツツジ由来のオルセリン酸生合成酵素ORSが大腸菌での生産に適していることを見出しました。しかし、この段階でのオルセリン酸生産量は約1mg/Lと非常に低い水準にとどまりました。
生産量が微量にとどまる原因を特定するため、大腸菌内の代謝物を網羅的に解析するメタボローム解析注2)を実施しました。その結果、前駆体であるマロニルCoAが枯渇していることが明らかとなりました。そこで本研究では、代謝工学注3)的アプローチに着目し、マロニルCoAの消費に関与する酵素遺伝子の抑制と、マロニルCoAの供給に関与する酵素遺伝子の過剰発現を組み合わせて実施しました。その結果、オルセリン酸の生産量は78mg/L まで向上しました。
さらに培養条件の最適化を行った結果、最終的なオルセリン酸生産量は 202mg/L に達し、初期株と比較して約145倍の向上を達成しました。本研究で達成した生産量は、これまで他の微生物で報告されていた約5mg/Lを大きく上回り、従来水準を大幅に更新する結果でした。
加えて、構築したオルセリン酸高生産株を基盤として、顕著な抗菌活性、抗癌活性を示すオルセリン酸由来メロテルペノイドの一つであるグリフォリン酸について、大腸菌における世界初の生産を目指しました。そこで、先行研究でグリフォリン酸生合成に関与する酵素として示されていたツツジ由来プレニル基転移酵素を本研究で構築された大腸菌株に導入したところ、グリフォリン酸の生産に成功しました。また、解析の結果、多量のオルセリン酸が大腸菌内に残存していたことから、さらなる改良によってグリフォリン酸をより効率的に生産できる可能性も示されました。

今後の展開
本研究で構築したオルセリン酸高生産株は、グリフォリン酸にとどまらず、多様な構造と薬理活性を有する他のオルセリン酸由来メロテルペノイドの生産プラットフォームとなることが期待されます。
また、本研究で用いたアプローチは、大腸菌における植物二次代謝産物生産の効率化を目的とした合理的な設計戦略であり、オルセリン酸由来メロテルペノイドに限らず、大腸菌を用いて多様な植物二次代謝産物を生産するための基盤となり、希少天然物への依存低減や資源の持続可能利用を実現することで、医療・農業・化学産業における安定供給体制の構築に寄与すると期待されます。
用語解説
注1)二次代謝産物
生物の生存に必須な一次代謝とは直接関与しないが、生態的適応や相互作用に重要な役割を果たす低分子化合物。特定の生物が特定の二次代謝産物を生成する。
注2)メタボローム解析
細胞、組織、生体内に存在する代謝物を網羅的に解析し、代謝状態を包括的に理解する研究手法。
注3)代謝工学
代謝メカニズムの解析に基づいて遺伝子発現を強化、抑制するなどして、代謝経路を人工的に構築、改変、制御する技術、およびその技術が関連する学問領域。
謝辞
本研究の一部は、日本学術振興会(JSPS)による「地域中核・特色ある研究大学強化推進事業(J-PEAKS)」および、日本科学技術振興機構(JST)革新的GX技術創出事業(グラント番号:JPMJGX23B4)の支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル
“Biosynthetic platform for orsellinic acid-derived meroterpenoids in Escherichia coli.”
DOI
10.1016/j.ymben.2025.12.008
著者
Itsuki Tomita, Takahiro Bamba, Takanobu Yoshida, Lucília Domingues, Ryo Nasuno, Ryota Hidese, Tomohisa Hasunuma
掲載誌
Metabolic Engineering
報道問い合わせ先
神戸大学総務部広報課
E-Mail:ppr-kouhoushitsu[at]office.kobe-u.ac.jp(※ [at] を @ に変更してください)





