神戸大学理学研究科の北條賢特命助教、佐倉緑准教授、尾崎まみこ教授らと基礎生物学研究所の共同研究グループは、働きアリのコミュニケーションに重要な役割を果たす化学感覚タンパク質を特定しました。アリの複雑な社会を支える洗練されたコミュニケーションの分子メカニズムやその進化の解明の糸口となる可能性があります。

この研究成果は、8月27日 (日本時間)、「Scientific Reports」に掲載されました。

クロオオアリのコミュニケーション頭部に存在する一対の触角で相手の体表面に存在する体表炭化水素の情報を読み取り、巣仲間・労働タスク・カーストといった様々な情報を識別する。

社会性昆虫であるアリはフェロモンなどの化学物質を介した個体間の綿密なコミュニケーションをもとに、高度に組織化された社会を形成します。これまでに数種のアリにおいてゲノム情報が解読され、化学感覚に関わる遺伝子がアリで多様化していることがわかっていましたが、それらの遺伝子が化学感覚器でどのように発現し機能しているかはほとんど明らかになっていませんでした。

研究グループはこれまでに化学感覚タンパク質 (CSP)※1の一種であるCjapCSP1がアリの個体間コミュニケーションにおいて重要な役割を果たす体表炭化水素※2と結合し、働きアリの巣仲間識別行動に関与していることを明らかにしてきました。今回、北條特命助教らの研究グループは本学生物学専攻井上邦夫研究室の支援のもとクロオオアリの触角からRNAを抽出し、基礎生物学研究所の次世代DNAシーケンサーと大型計算機を用いて触角に発現する遺伝子の網羅的に解析、新たに11個の化学感覚タンパク質の塩基配列情報を明らかにしました。

さらに様々な昆虫の化学感覚タンパク質の配列情報を用いた分子系統・分子進化解析、定量PCRによる発現量解析により、アリ類で特異的に多様化し、触角をはじめとした働きアリの主要な化学感覚器で特異的に発現する2つの化学感覚タンパク質(CjapCSP12, CjapCSP13)を見出すことに成功しました。

また、これらの遺伝子の詳細な発現部位を調べた結果、体表炭化水素の受容に関わるCjapCSP1と同じ触角内で発現していることが示されました。これらの結果はアリ類で特異的に進化した複数の化学感覚タンパク質が触角において協力的に働くことで、体表炭化水素が伝える複雑な個体情報を認識している可能性を示唆しています。北條特命助教は、「アリ社会でみられる洗練されたコミュニケーションの分子基盤やその進化の解明の糸口となるもので、今後アリ類で見られる複雑な社会組織を支える分子メカニズムやその進化過程の解明に大きく貢献することが期待される」と話しています。

クロオオアリ働きアリの触角における化学感覚タンパク質の発現部位 【A】CjapCSP1 (緑) とCjapCSP12 (赤) の発現部位。
【B】CjapCSP1 (緑) とCjapCSP13(赤)の発現部位。
(a) (b) はそれぞれ点線で囲んだ領域の拡大画像。黄色で示された領域は二つの遺伝子が同じ部位に共発現していることを示す。

用語解説

※1 化学感覚タンパク質 (CSP)

化学感覚器中の血リンパに発現し、環境中の化学物質と結合することで物質を感覚神経細胞上の受容体まで運搬する働きをもつタンパク質。

※2 体表炭化水素

昆虫の体表面に存在する炭化水素の複雑な混合物で、アリにおいてはその組成比の違いから、巣仲間・タスク・カーストといった様々な個体情報をコードしている化学物質。

研究助成

本研究は日本学術振興会 科学研究費補助金 (新学術領域研究・基盤B・特別研究奨励費) および基礎生物学研究所 共同利用研究の支援を受けて遂行しました。

論文情報

タイトル

Antennal RNA-sequencing analysis reveals evolutionary aspects of chemosensory proteins in the carpenter ant, Camponotus japonicas

DOI

10.1038/s41598-019-49137-6

掲載誌

Scientific Reports

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研究者