山口大学大学院創成科学研究科工学系学域工学基礎分野の鳴海孝之講師は、神戸大学大学院医学研究科の本多久夫客員教授、関西学院大学理工学部数理科学科の大﨑浩一教授および同大学理工学研究科の上道賢太氏 (博士課程後期課程在籍) と共同で、ミツバチ※1の造巣に関するエージェントベースモデル※2「付着・掘削モデル (attachment-excavation model)」を提案しました。

このモデルには、働きバチによるミツロウ※3の付着に加えて、掘削も取り入れられています。付着・掘削モデルのコンピュータシミュレーションを行うことで、ミツバチが作る巣の初期構造を再現できたことから、付着と掘削の両方の効果が造巣初期過程において重要な役割を果たすことが明らかになりました。

本研究で得られた結果は、ミツバチが自己組織化を活用して巣作りしていることを示唆するものであり、生物が作り出す精緻なパターンの理解に向けた成果といえるでしょう。

本研究成果は、PLOS社より刊行されているオープンアクセスジャーナルPLOS ONEに掲載されました。

ポイント

  • ミツバチが精緻なハニカム構造を有する巣を作る謎について、二つの有力な説がある。ミツバチが自身の熱を利用して造巣する表面張力説と、ミツバチは器用な建築家であるという説である。後者の説に基づいて造巣初期段階に関する研究を行った。
  • 自己組織化※4の観点から、ミツバチの行動を模した「付着・掘削モデル」というエージェントベースモデルを提案し、コンピュータシミュレーションによって、ミツバチの造巣初期段階にみられる巣の形状が再現されることを示した。
  • 精緻なミツバチの巣も、ミツバチによるミツロウの付着と掘削という単純な行動ルールに基づく活動によって作られうることを、本研究成果は示唆している。

研究の詳細

図1 ミツバチとミツバチの巣

ミツバチの巣 (図1) に見られる精緻なハニカム構造は古くから人々の関心を集めてきました。ミツバチの巣は、働きバチが分泌するミツロウからできています。ハニカム構造は、耐久性と貯蔵性に優れていて、作製に必要な材料を少なくできます。ミツバチは、進化の過程でハニカム構造を作製する能力を獲得したと考えられています。しかし、そのような精緻な構造を、小さな脳しか持たず寿命も短いミツバチがどのようにして作るのかは、今なお明らかではありません。

現在のところ、ミツバチの造巣について二つの有力な説があります。一つは、ミツバチ自身が発する熱によってミツロウが柔らかくなり、巣穴の縁が物理的に最適な形である六角形になるという表面張力説です。この説に従えばミツバチが粗い構造を作るだけで、あとは物理法則によって精緻な構造が出来上がります。しかし、実際にミツロウが流れて構造が形成されるといった様子はこれまでに観察されていません。もう一つは、ミツバチが器用な建築家であるとする説です。ただ、後者の考え方に従うとしても、現場監督がいるわけでも設計図があるわけでもありませんので、ミツバチは何か単純な行動ルールに従って巣を作っているものと考えられます。しかし、そのルールはこれまで明らかにされていませんでした。

本研究では、造巣過程の観察を通じて得られた知見を基に、ミツバチを、自己組織化を利用する器用な建築家とみなす観点で研究を進めました。自己組織化を介することで、誰かの指図があるわけではないのに形がひとりでに出来上がることが可能になります。自己組織化が起こるためには何らかの供給と除去が起こる必要がありますが、ミツバチの巣作りでは、ミツロウがそれにあたります。ミツロウの供給は、働きバチがミツロウを付着することでなされます。一方、ミツロウの除去は、働きバチがミツロウを掘削することでなされると考えました。働きバチがミツロウを掘削することはこれまでに知られていましたが、ミツロウが掘削されることの造巣過程への影響は明らかではありませんでした。そこで、掘り進められるところまで掘り、一定の厚みになると掘削をやめるという仮定をおくことで、掘削が造巣過程で果たす役割を設定しました。

以上を踏まえ、ミツロウの付着と掘削に着目し、局所的かつ単純な行動原理により造巣過程を説明するためのエージェントベースモデル、付着・掘削モデル (attachment-excavation model) を提案しました。

ミツバチの造巣過程では、三角錐の面が凹んだような形状の構造物が作られます (図2a)。また、この構造物が一方向に連結することでハチの巣の土台となります (図2b)。本研究では、付着・掘削モデルについてのコンピュータシミュレーションを行うことで、平面上でどのようなパターンが得られるのかを調べました。その結果、単純な行動ルールのみから初期の構造物を再現することができました (図2c)。さらに、ミツロウが一方向に付着しやすいという設定では、ハチの巣の土台となる構造物も得られました (図2d)。これらの結果は、ミツバチによるミツロウの付着と掘削という単純な行動ルールに基づいた活動によって、精緻な巣がひとりでに作られうることを示唆するものです。

図2

a. 造巣初期過程で見られるミツロウの構造。
b. ハチの巣の土台となるミツロウの構造で、aの構造が一方向に連結したものとみなせる。
c. コンピュータシミュレーションにより得られた、aの構造に対応したパターン。白色部分がミツロウを表す。
d. コンピュータシミュレーションにより得られた、bの構造に対応したパターン。
これらは発表論文 (DOI: 10.1371/journal.pone.0205353) に掲載の図を転載。

生物が自己組織化を活用していることは多数の例が報告されていますが、本研究は、ミツバチの造巣初期過程においても自己組織化が重要な役割を果たしている可能性を示しています。ミツバチの巣は古くから人類の興味を惹きつけており、そういった歴史ある研究課題に対して、物理学、数学、生物学といった多様なバックグランドをもつ研究者らの共同研究により、新たな知見が検証されました。

応用面では、ミツバチの単純な行動原理が明らかになることで、構造物作製における可能性が広がります。例えば、ナノスケールで動く機械を考えたとき、その機械に複雑な行動ルールを課すことは難しいでしょう。しかし、ミツバチに倣うような単純な行動ルールを設定したナノマシンが用意できれば、ナノサイズのハニカム構造を作製するといったことも可能となるかもしれません。将来的な応用展開の可能性を秘めた研究成果といえるでしょう。

用語解説

※1: ミツバチ
本研究で対象としているミツバチは、セイヨウミツバチ (Apis mellifera) を指します。世界で広く養蜂に用いられており、また研究対象としてもミツバチを代表する種です。
※2: エージェントベースモデル
エージェントベースモデルとは、エージェントと呼ばれる自律的に行動する対象 (組織やグループなどの個体または団体) とそれらの間の相互作用を設定した現象論的なモデルを指します。エージェントが相互作用を繰り返すことでどういった結果が得られるのかを知るために、通常はコンピュータシミュレーションによりモデルが検証されます。
※3: ミツロウ
ミツロウとは、ミツバチ (働きバチ) の腹部にある分泌腺から分泌される蝋を指し、ミツバチの巣の材料となっています。
※4: 自己組織化
自己組織化とは、構成物間の局所的な相互作用により、秩序化が大域的かつ自発的に起こる過程を言います。ここでは特に、熱平衡状態から離れた系での秩序形成に対して用いています。こうした自己組織化の代表例として、レイリー・ベナール型対流の形成が挙げられます。レイリー・ベナール型対流の形成では、系へのエネルギーの流入と散逸がうまくつりあうことが肝心です。また、生物における自己組織化の例としては、シロアリの塚の形成が挙げられます。

謝辞

本研究はJSPS科研費 JP26400180の助成を受けたものです。

論文情報

タイトル
Self-organization at the first stage of honeycomb construction: Analysis of an attachment-excavation model
DOI
10.1371/journal.pone.0205353
著者
鳴海孝之 (山口大学),上道賢太 (関西学院大学),本多久夫 (神戸大学),大﨑浩一 (関西学院大学)
掲載誌
PLOS ONE

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研究者