国立大学法人筑波大学 紙上(かみじょう)敬太准教授と国立大学法人神戸大学大学院 人間発達環境学研究科 石原暢助教は、ノースカロライナ大学(米国)、バーゼル大学(スイス)、ノースイースタン大学(米国)との国際共同研究により、習慣的運動が認知機能に与えるプラスの効果は、もともと認知機能が低い子供ほど大きいことを明らかにしました。

 近年のいくつかの研究により、習慣的運動による体力の向上が、学力と密接に関わる高次認知機能を改善させることが示されています。しかしながら、一方で、習慣的運動によって学力や認知機能が変化しなかったことを示す研究も報告されています。これらの矛盾した見解には、いくつかの要因が関わっていると考えられますが、本研究では、その中でも個人差に注目しました。つまり、運動のプラスの効果が出やすい人と出にくい人がいるのかを明らかにするため、本国際共同研究チームがこれまでに実施してきた3つのランダム化比較試験(注2) を対象に分析を行いました。

 その結果、①運動トレーニング前にもともと認知機能(注3) が低かった子供ほど、運動トレーニング(注4) による認知機能の改善が大きかったこと、②運動トレーニング前から認知機能が比較的高かった子供でも、運動時間の増加によって認知機能が低下しなかったことが示されました。

 本研究では、学力と密接に関わることが知られている認知機能に焦点を当てています。よって、本研究は、日常的に運動する機会を設けることが、脳の健全な発達や学力の向上に重要であることを示唆しています。今後は、さまざまな個人的特徴に焦点を当て、「どのような人に運動の効果が大きいのか」をより幅広い視点から明らかにしていきます。

 本研究の成果は、2020年7月1日付「Journal of Clinical Medicine」でオンライン公開されました。

研究成果のポイント

  • 1. 習慣的運動が子供の認知機能を改善させることは知られていますが、もともと認知機能が低い子供(注1) ほどプラスの効果(認知機能の改善度)が大きいことが明らかになりました。
  • 2. もともと認知機能が高い子供でも、運動時間が増加することによって認知機能が低下することはないことが示されました。
  • 3. 本研究では、学力と密接に関わることが知られている高次認知機能に焦点を当てました。よって、本研究は、日常的に運動する機会を設けることが、脳の健全な発達や学力の向上に重要であることを示していると言えます。

研究の背景

 本国際共同研究チームはこれまで、健康な子供を対象に運動トレーニングを実施したランダム化比較試験を行い、習慣的運動によって、学力と密接に関わる高次認知機能が改善することを示してきました。しかしながら、見解は一致しているわけではなく、他のグループの研究では、習慣的運動によって学力や認知機能に変化が見られなかったことを示しているものもあります。しかしながら、なぜこのような矛盾した見解が得られているのかはよく分かっていません。

研究内容と成果

 本研究チームは、上述の矛盾した見解にはいくつかの要因が関わっていると考えており、本研究ではその中でも個人差に注目しました。つまり、運動のプラスの効果が出やすい人と出にくい人がいるのかを明らかにするため、われわれ国際共同研究チームがこれまでに実施してきた3つのランダム化比較試験(合計292名、9-13歳)を対象に分析を行いました。その結果、①運動トレーニング前にもともと認知機能が低かった子供ほど、運動トレーニングによる認知機能の改善が大きかったこと、②運動トレーニング前から認知機能が比較的高かった子供でも、運動時間の増加によって認知機能が低下しなかったこと、が示されました(図1)。

 本研究では、学力と密接に関わることが知られている認知機能に焦点を当てています。よって、本研究の結果は、日常的に運動する機会を設けることが、脳の健全な発達や学力の向上に重要であることを示唆しています。

図1. 認知機能改善の大きさと運動トレーニング前の認知機能の関係(注5)

 赤線はトレーニンググループ(運動トレーニングに参加したグループ)、青線は比較対象グループ(運動トレーニングに参加しなかったグループ)を示している。もともとの認知機能が低かった子供ほど、グループに関係なく認知機能の改善が大きかったことが分かる。これは発達の影響を示していると考えられる。注目すべきは、運動の効果(赤線と青線の差)が、もともと認知機能が低かった子供ほど大きかったことである。また、もともと認知機能が高かった子供たちにおいては、認知機能の改善の大きさはグループによる違いは見られなかった。つまり、運動時間の増加によって認知機能が低下しなかったと考えられる。

今後の展開

 運動トレーニング前に認知機能が低かった子供の特徴(認知機能が低かった理由)は明らかにできていません。今後は、さまざまな個人的特徴に焦点を当て、「どのような人に運動の効果が大きいのか」をより幅広い視点から明らかにしていきたいと考えています。

用語解説

注1
本研究で分析に用いた研究では、健康な子供のみを対象にしている。よって、注意欠陥・多動性障害や自閉症スペクトラム症などの子供たちに、本研究結果をそのまま適用できるかはさらなる検討が必要である。
注2 ランダム化比較試験
対象の集団をランダムにトレーニンググループと比較対照グループに分け、トレーニングの効果を評価する研究手法。ランダムにグループ分けすることにより両グループの性質が均等になることが見込まれるため、客観的にトレーニング効果を評価できる。
注3 認知機能
認知テストの成績によって認知機能を評価している。具体的には、画面に提示された絵や文字に対してボタンを押し分けてもらい、その正答率と反応時間によって評価している。正答率が高いほど、反応時間が短いほど、認知機能が高いと評価する。認知機能にはさまざまな種類があり、本研究では学力と密接に関わることが知られている認知機能に焦点を当てている。
注4 運動トレーニング
本研究で分析の対象とした3つの研究間で運動トレーニング内容は異なる。トレーニング期間は2か月間~9か月間(5日/週)、一回当たりのトレーニング時間は20分~120分。トレーニング内容は、持久力や筋力の向上を目指したものやボールゲームなど多岐にわたる。本研究では運動トレーニング内容の違いには焦点を当てていない。運動トレーニング内容に関しては、以下の研究を参照されたい。
過去30年間の知見から認知機能を改善させる運動を解明 ~運動の種類・時間、性別によって運動が認知機能に与える効果は変わる~ (筑波大学HP)
注5 z-score
平均が0、標準偏差が1になるように変換した標準得点。標本が平均から標準偏差いくつ分離れているかを示す。

論文情報

タイトル
Baseline cognitive performance moderates the effects of physical activity on executive functions in children
(習慣的運動が子供の認知機能に与える影響はベースラインパフォーマンスによって変化する)
DOI:10.3390/jcm9072071
著者
Toru Ishihara1, Eric S. Drollette2, Sebastian Ludyga3, Charles H. Hillman4 & Keita Kamijo5
1 Graduate School of Human Development and Environment, Kobe University, Kobe, Japan
2 Department of Kinesiology, University of North Carolina Greensboro, USA
3 Department of Sport, Exercise and Health, University of Basel, Switzerland
4 Department of Psychology, Department of Physical Therapy, Movement, & Rehabilitation Sciences, Northeastern University, Boston, USA
5 University of Tsukuba, Japan
掲載誌
Journal of Clinical Medicine

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