玉川大学脳科学研究所(東京都町田市 所長:小松英彦)の松田哲也(まつだてつや)教授、神戸大学(兵庫県神戸市 学長:武田廣)の石原暢(いしはらとおる)助教(研究当時:日本学術振興会特別研究員PD)らは、身体機能の高い人が、認知機能を高めている脳の働きを解明しました。本研究成果は、科学雑誌 “NeuroImage” に7月12日(オランダ時間)論文が掲載されました。

 これまで、身体機能が高いと認知機能も高いという関係があることは指摘されていましたが、身体機能のどのような能力が認知機能と関係しているのか? その関係にはどのような脳の働きが関与しているのか? ということは詳細には明らかにされていませんでした。

 今回の研究によって、有酸素性の持久力および手指の巧緻性が優れている人は、短期記憶に関する認知機能であるワーキングメモリー※1の成績も高い水準であるという関係を見出しました。さらに、持久力および巧緻性とワーキングメモリーの関係には、異なる脳の働きが関与していることを世界で初めて明らかにしました。特徴的な脳の働きとして、持久力が高いほどワーキングメモリーを働かせている時に前頭―頭頂ネットワーク※2の活動を高め、一方、手指の巧緻性が高いほどデフォルトモードネットワーク※3の活動を低下させていました。よって、有酸素性の持久力と手指の巧緻性を高めるような運動は、認知機能に有効に働く可能性があると考えられます。本研究成果は、認知機能の維持・増進に向けた、効果的な運動処方の構築等に今後貢献することが期待されます。

ポイント

  • 有酸素性の持久力と手指の巧緻性は、互いに独立してワーキングメモリーとポジティブに関わることが示されました。一方で、歩行速度と筋力にはそのような関係は認められませんでした。
  • 持久力が高い人は、課題中の前頭―頭頂ネットワークの活動を上昇させること、また、その領域の活動が十分でない場合には、より広範な領域の活動を上昇させることで、ワーキングメモリー課題の成績を向上させていることが示されました。
  • 手指の巧緻性が高い人は、課題中の前頭―頭頂ネットワークの活動を上昇させ、デフォルトモードネットワークの活動を低下させること、また、それらのネットワーク間の関係を調節することで、ワーキングメモリー課題の成績を向上させていることが示されました。

研究の背景

 過去20年の研究から、身体機能が高い人は認知機能も高いことが示されてきました。無作為比較試験を用いた運動介入研究においても、運動に伴う身体機能の向上が認知機能を高めることが示されています。しかしながら、どのような身体機能がワーキングメモリーと強く関わるのか、また、身体機能とワーキングメモリーの関係の背景にある脳の働きを詳細に調べた研究はありませんでした。本研究では、複数の身体機能(有酸素性の持久力、歩行速度、手指の巧緻性、筋力)とワーキングメモリーの関係を分析するとともに、その関係の背景にある脳の働きを機能的磁気共鳴画像法(fMRI)※4を用いて同定することを試みました。

実験方法

 米国Human Connectome Project※5のデータベースに登録されている1033名のデータを分析しました。実験参加者の身体機能(有酸素性の持久力、歩行速度、手指の巧緻性、筋力)はNIH Toolboxの身体機能測定バッテリーを用いて評価されました。ワーキングメモリーを測定する課題(N-back 課題)を磁気共鳴画像診断装置の中で行い、ワーキングメモリー課題の成績と課題時の脳活動が計測されました。各身体機能とワーキングメモリー課題の成績および課題時の脳活動の関係を分析しました。

実験結果

 まず、各身体機能(有酸素性の持久力、歩行速度、手指の巧緻性、筋力)とワーキングメモリーの成績の関係を調べました。身体機能のうち、有酸素性の持久力と手指の巧緻性の成績がワーキングメモリーの成績にと関係していました。次に、持久力と巧緻性とワーキングメモリーの成績の関係を仲介する脳活動を同定しました。有酸素性の持久力と手指の巧緻性は共通して、前頭―頭頂ネットワークの一部(前頭―頭頂ネットワーク①)の活動の上昇と関わり、その結果ワーキングメモリー課題の成績が優れていることが示されました(図1)。さらに有酸素性の持久力は特異的に、①のネットワークとは別の前頭―頭頂ネットワークの一部(前頭―頭頂ネットワーク②)の活動の上昇と関係し、手指の巧緻性は特異的に、デフォルトモードネットワークに関わる領域の活動の低下と関係していることが明らかになりました。その結果ワーキングメモリー課題の成績が優れていることが示されました(図1)。

図1. 有酸素性の持久力および手指の巧緻性とワーキング課題成績、および課題中の脳活動の関係

赤色の矢印は正の相関関係(一方の値が大きいほどもう一方の値も大きい)、青色の矢印は負の相関関係(一方の値が大きいほどもう一方の値は小さい)を示している。

 持久力および手指の巧緻性と共通して関わる前頭―頭頂ネットワーク①と、持久力と特異的に関係する前頭―頭頂ネットワーク②の活動は、ワーキングメモリーの成績を高く保つために互いに補完する役割を持っていました(図2)。つまり、前頭―頭頂ネットワーク①の活動(図2散布図x軸)が低い場合、前頭―頭頂ネットワーク②の活動が高ければ(赤いライン)課題成績(y軸)を維持できている一方で、前頭―頭頂ネットワーク②の活動が低いと課題成績が低下していました(青いライン)。図には示していませんが、前頭―頭頂ネットワーク①と②の関係が逆の場合も同様の結果が認められました。これらの結果から、有酸素性の持久力は前頭―頭頂ネットワーク①と②の補完的役割を促進することで課題成績を高めていることが示唆されました。

図2. 有酸素性の持久力、課題中の脳活動、および課題成績の関係

 持久力および手指の巧緻性に共通して関わる前頭頭頂ネットワーク①と、手指の巧緻性と特異的に関係するデフォルトモードネットワークの活動も同様に、課題の成績を高く保つために互いに補完する役割を持っていました(図3左の散布図)。つまり、前頭―頭頂ネットワーク①の活動(x軸)が低い場合、デフォルトモードネットワークの活動が低ければ(青いライン)課題成績(y軸)を維持できている一方で、デフォルトモードネットワークの活動が高いと課題成績が低下していました(赤いライン)。図には示していませんが、前頭―頭頂ネットワーク①とデフォルトモードネットワークの関係が逆の場合も同様の結果が認められました。さらに、手指の巧緻性が高い人はこれらのネットワークの活動を上手く調節していました(図3右の散布図)。つまり、手指の巧緻性が高い人(赤色のライン)は、前頭頭頂ネットワーク①の活動(x軸)が低い場合に、デフォルトモードネットワークの活動(y軸)をより低下させていることがわかりました。一方、手指の巧緻性が低い人(青色のライン)は、前頭頭頂ネットワーク①とデフォルトモードネットワークの活動の調節が上手くできないことが示されました。

図3. 手指の巧緻性、課題中の脳活動、および課題成績の関係

研究グループ

玉川大学脳科学研究所
  • 教授   松田 哲也(まつだ てつや)
  • 研究員  石原 暢 (いしはら とおる)(現:神戸大学大学院人間発達環境学研究科助教)
  • 嘱託職員 宮崎 淳 (みやざき あつし)(現:早稲田大学グローバルエデュケーションセンター助教)
  • 研究員  田中 大貴(たなか ひろき)(現:日本学術振興会特別研究員)

研究支援

 本研究は、文部科学省新学術領域研究(研究領域提案型)「脳・生活・人生の総合的理解にもとづく思春期からの主体価値発展学」(領域代表:笠井清登)、日本学術振興会科研費による助成を受けて行われたものです。

補足説明

※1 ワーキングメモリー
情報を短期的に保持・更新し、その情報を適切に使用する認知機能。
※2 前頭―頭頂ネットワーク
目標を達成するために合目的的に行動や思考を調整、統合する脳の高次機能を担うネットワークとされる。ワーキングメモリーや計画、抑制、注意の配分などの認知機能と関わる。
※3 デフォルトモードネットワーク
脳は、思考や運動を行なっていない安静状態においても、いくつかの領域が同期して活動している。このように、安静時に同期して活動するネットワークはデフォルトモードネットワークと呼ばれ、記憶や自己認識などの様々な認知機能と関わる。ワーキングメモリーを要する課題中には活動が低下し、前頭―頭頂ネットワークの活動と負の相関を示すことが知られている。
※4 機能的磁気共鳴画像法(fMRI)
酸化型・還元型ヘモグロビンの磁化率の差異を利用することで、脳血流量の変化を推定・画像化する技術。得られた画像を解析することで、各脳部位の活動レベルを推定することができる。
※5 米国Human Connectome Project
ヒトコネクトームの解明に向け、北米で2012年に開始された大規模研究プロジェクト。およそ1,200名の被験者から収集された脳画像データが公開され、広くデータの共有がなされている。

論文情報

タイトル
Identification of the brain networks that contribute to the interaction between physical function and working memory: an fMRI investigation with over 1,000 healthy adults
DOI: 10.1016/j.neuroimage.2020.117152
著者
Toru Ishihara, Atsushi Miyazaki, Hiroki Tanaka, & Tetsuya Matsuda
掲載誌
NeuroImage

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