神戸大学大学院保健学研究科の荒川高光准教授、博士後期課程大学院生 (当時) 川島将人らと、千葉工業大学の川西範明准教授らの研究グループは、遠心性収縮※1 モデルマウスを用いて、筋損傷に対するアイシングが筋再生を遅らせることを明らかにしました。またこの現象に、炎症性マクロファージ※2,3,4 の損傷細胞への浸潤度が関与する可能性を明らかにしました。今後、肉離れなどの重い筋損傷に対するアイシングの是非が問われていくことになります。

この研究成果は、3月25日に、Journal of Applied PhysiologyにArticles in Pressとしてオンライン上に掲載されました。

ポイント

  • 遠心性収縮による重い筋損傷後のアイシングは筋再生を遅らせる可能性があることが明らかになった。
  • この現象の原因として、アイシングによって損傷筋を貪食※5 する炎症性マクロファージの到着が遅れていること、さらに損傷筋細胞内に十分に入り込んでいないことが分かった。

研究の背景

骨格筋損傷は微細なレベルから重大なレベルまで頻繁に生じ、学校の体育現場、スポーツ現場だけでなく、事故や災害による外傷などでも頻発する傷害です。

その傷害の程度にかかわらず、骨格筋損傷が疑われる時に行われる処置がいわゆる「RICE (ライス) 」処置です。これはRest (安静) 、Ice (アイシング) 、Compression (圧迫) 、Elevation (挙上) の頭文字を取った処置で、体育やスポーツ、医療の現場でも常識化している処置です。中でもアイシングはどのような筋損傷であれ良く実施されていますが、その長期的効果は不明なところが多く、ほぼ炎症反応の抑制のために用いられています。

しかし、組織損傷後に起こる炎症は身体の中で起こる正常な回復の一過程であり、組織の再生にとって重要な反応であることが分かってきました。すなわち、アイシングで炎症を抑制してしまうと再生を阻害してしまう可能性があります。

実際、筋損傷後にアイシングを施した実験では、筋再生が遅れたという報告と、筋再生を阻害することはなかった、という報告が両方存在する状態でした。しかし、今までの研究では、スポーツ現場で起こるような、筋が収縮して起こる損傷モデルに対するアイシングの効果は検討されたことがありませんでした。

そこで本研究チームは重度な肉離れに近い筋損傷を起こせる遠心性収縮モデルマウスを用いて、損傷後にアイシングを施した影響を観察することにしました。

研究の内容

遠心性収縮は、電気刺激によって強制的に筋を働かせている間に、その運動とは反対方向に、より強い力で足関節を運動させることで引き起こし、その後筋を採取しました。アイシングはポリエチレンの袋に氷を入れて皮膚の上から30分間、2時間ごとに3回行い、これを損傷2日後まで継続しました。このアイシングの方法は臨床で行われている通常のやり方を模倣したものです。

損傷2週間後の再生骨格筋を観察すると、アイシングをした群はアイシングをしていない群に比べて、横断面積の小さい再生筋の割合が有意に多いと分かりました (図1)。すなわち、アイシングによって骨格筋の再生が遅延している可能性があると分かりました。

次に、ここに至るまでの再生過程で何が起きているのかを調べるため、アイシングを施した群と施していない群の動物で、時間経過を追って筋を採取して調べました。

図1 筋損傷2週間後の筋線維横断面と横断面積ごとの分布

上:筋損傷後に無処置の動物の2週間後 (non-icing Day 14) とアイシングをした動物の2週間後 (icing Day 14) の筋横断面
下:筋線維横断面積ごとの分布 (%)。アイシングを施すと (黒四角)、2週間後、再生した筋線維は横断面積の小さい=細い筋線維が多い。

図2 筋損傷後の損傷筋細胞内に炎症細胞が入っている割合 (%)

白:無処置 (non-icing)、黒:アイシング (icing)。
アイシングをした動物はどの時点でも、損傷した筋に炎症性細胞があまり入っていない

損傷筋の再生過程では、炎症細胞が集まってきて、壊れた筋のゴミのようなものを貪食し、そこに新しい筋が作られていくのですが、アイシングをすると損傷した筋細胞の中に炎症細胞があまり入っていかないことがわかりました (図2)。

損傷筋の中に入る代表的な炎症細胞としてマクロファージがあり、マクロファージには主に貪食を行って炎症反応を引き起こす炎症性マクロファージと、炎症反応を抑制し、修復を促す抗炎症性マクロファージ※6 が存在します。炎症性マクロファージは抗炎症性へと特性を変えていくことが想定されています。本研究チームの実験の結果、アイシングを施すと、炎症性マクロファージの到着が遅れていることがわかりました (図3)。

図3 筋損傷後の炎症性、抗炎症性マクロファージの分布

左:無処置 (non-icing)、アイシング (icing) における筋横断面で、炎症性マクロファージ (白→)、抗炎症性マクロファージ (白△) の分布を損傷3日後 (Day 3)、5日後 (Day 5) で比較。アイシングした筋で3日後、マクロファージの集まりが悪いが、5日後には集まっている。
右:炎症性マクロファージの視野における数の平均。アイシングを行うと、炎症性マクロファージが早期に損傷筋に集まっていない。遅れて5日後、7日後に炎症性マクロファージが観察される。

これらの結果から、遠心性収縮による重い筋損傷の後にアイシングを施すと、炎症性マクロファージによる損傷筋の貪食が十分に行われず、それが原因で新しい筋細胞の形成が遅れる可能性が示されました。

荒川高光准教授のコメント

スポーツ現場では、損傷の程度に関わらず、「怪我をしたら真っ先にアイシングをする」という考え方が一般的になっています。しかし、今回明らかになったメカニズムにより、重篤な筋損傷ではアイシングは行わない方が、早期回復が見込める可能性が見出されました。学校体育の現場においても、「何か怪我をしたらすぐに冷やす」と考えがちだと思いますが、是非、重篤な筋損傷が起こった場合には、「回復を早めるために冷やさない」という選択肢があることを知っていただきたいと思います。

しかし、今回のようにアイシングを施すと回復が悪くなってしまう重い筋損傷がある一方、アイシングを施してもよい程度の軽微な筋損傷、というものが存在する可能性も否定できません。その線引きが今後の課題です。われわれは今、軽微な筋損傷に対するアイシングがどのような影響を与えるのかを検討中です。

今後、筋損傷の程度に合わせたアイシングの施し方などをさらに検討していき、スポーツ現場や臨床のリハビリテーションにおけるアイシングの是非について、正しい判断を行うための材料を提供します。


本成果は、4月21日付けのThe New York Timesに掲載されました。

用語解説

※1 遠心性収縮

通常筋は収縮するとその長さが短くなるが、逆に筋の長さを長くしながら収縮している運動。力の発揮は大きいが、負荷が高く、損傷につながりやすい。

※2 マクロファージ

血液中に存在する白血球の1つ。炎症性と抗炎症性の2種類があることが知られている。

※3 炎症性マクロファージ

組織損傷急性期に、損傷部に集まってくるマクロファージ。損傷された組織を貪食し、炎症反応を引き起こす。

※4 炎症

生体の組織が損傷したときに起こる病的反応。発赤 (赤くなること) 、熱感 (熱を持つように感じること) 、腫脹 (腫れること) 、疼痛 (痛み) という症状が出る。

※5 貪食

損傷した組織を取り込み、消化すること。

※6 抗炎症性マクロファージ

炎症性マクロファージがその種類を変えると言われる。炎症反応を抑え、組織修復に向かわせる物質を放出する。

謝辞

本研究は下記の助成を受けたものです。

JSPS科研費:JP17K01501

論文情報

タイトル

Icing after eccentric contraction-induced muscle damage perturbs the disappearance of necrotic muscle fibers and phenotypic dynamics of macrophages in mice

DOI

10.1152/japplphysiol.01069.2020

著者

Masato Kawashima, Noriaki Kawanishi, Takaki Tominaga, Katsuhiko Suzuki, Anna Miyazaki, Itsuki Nagata, Makoto Miyoshi, Motoi Miyakawa, Tohma Sakuraya, Takahiro Sonomura, Takamitsu Arakawa

掲載誌

Journal of Applied Physiology

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研究者