神戸大学大学院工学研究科の阪上公博教授、奥園健助教と株式会社安藤・間の吉田卓彌研究員(兼神戸大学大学院工学研究科博士後期課程)らの研究グループは、大規模建築空間の音響を数キロヘルツ帯域まで実用時間内に高精度に予測する波動音響シミュレーション手法の開発に成功しました。今後、建築空間の音環境を調整する主要技術である吸音の効果を的確に反映した高品質な音響設計ツールとしての活用や音響バーチャルリアリティ技術への応用が期待されます。

この研究成果は、2022年1月23日に、国際学術雑誌「Buildings」にオンライン掲載されました。

ポイント

  • コンサートホールなどの建築空間の室内インパルス応答を高効率かつ高精度に予測する新しい波動音響シミュレーション技術を開発しました。
  • 室内音響の主要制御技術である吸音の効果をより的確に反映した音響シミュレーションによる音場の予測、可視化・可聴化*1 が可能です。
  • 基礎的な性能検証において、512CPUコアを用いた並列計算により室容積2271m3の講堂の3キロヘルツまでの周波数成分を含む3秒間の室内インパルス応答を2.5時間で解析でき、建築音響設計ツールとしての実用性を示しました。

研究の背景

コンサートホールなどの様々な建築空間の音響設計において、音響数値シミュレーションは室の用途に応じた音環境デザインに必要な室内インパルス応答*2 を予測するための強力なツールです。一般に、建築の音響設計実務では、音響数値シミュレーション手法として、幾何音響解析が使用されます。この手法は短時間で室内の音環境を予測できますが、回折や干渉といった音の波動性を簡略に扱うため予測精度に問題があります。一方、音の伝搬を記述する微分方程式である波動方程式を解くことで波動現象を適切に予測する波動音響解析と呼ばれる手法があります。波動音響解析は幾何音響解析に比べ信頼性の高い手法であり、高品質な音響設計ツールとしての活用が期待されていますが、建築空間の音環境の予測には膨大な計算機資源を必要とするため、適用できる空間の規模や周波数範囲には大きな制限があり、より効率的な波動解析技術の開発が望まれています。また、室用途に応じた音環境のデザインには、吸音材と呼ばれる音響材料を適切に用いた音響調整が必要ですが、音響材料がもつ周波数に依存する特性をシミュレーションにおいて精度よくモデル化することは的確な音響設計を実現するための大きな課題です。

本研究グループでは、時間領域有限要素法*3 と呼ばれる波動音響解析技術に基づき大規模な建築空間の音響を数キロヘルツ帯域まで高精度かつ高効率に予測する手法の開発に成功しました。本手法によれば、大規模な建築空間を対象に吸音材料がもつ周波数依存の特性を考慮して、広帯域の周波数成分を含む室内インパルス応答を一度の計算で予測することが可能です。

研究の内容

波動音響解析を用いて建築空間内部の音波伝搬を高精度に予測するには、空間を解析する周波数の音波長よりも十分に小さいサイズの要素と呼ばれる小領域で離散化*4 する必要があります。一般的な経験則として要素のサイズは音波長の1/10以下にする必要があります。また、時々刻々の音波伝搬を計算するために時間積分法と呼ばれる手法を用いて時間方向も細かい時間幅で離散化する必要があります。これらの時空間の離散化に関する制約は、大規模な建築空間の音環境を高周波数まで予測しようとすると膨大な計算機資源を要求します。本研究グループでは、理論解析を用いて、これら時空間の離散化によって生じる誤差を最小化することで高精度な解析を実現する新しい時間領域有限要素法による計算スキームを開発しました。提案法は従来の有限要素解析技術に比べて、より大きな要素サイズと時間幅で空間と時間を離散化でき、1CPUコアでの計算でも大幅に少ない計算コストで、より高精度かつ高速な音環境予測を実現しています(図1)。

図1 提案法と従来法により予測した小空間内部の音圧レベルの参照解との比較

提案法は従来法に比べ参照解により一致しており、従来法に比べ1/7の必要メモリ量で76倍高速な計算が可能でした。

また、提案法では補助微分方程式法と呼ばれる手法を用いて、音響材料が持つ吸音特性の周波数依存性を精度よくモデル化しています。図2は提案法における3種類の吸音材の吸音特性のモデル化精度を理論値と比較したものですが、いずれの吸音材でも高精度なモデル化ができており、提案法では一度の計算で、広周波数範囲における吸音体の特性を考慮した室内インパルス応答の予測が可能です。

図2 3種類の吸音材のモデル化精度 理論値(黒実線)と提案法(赤破線)の比較

左からグラスウール、ニードルフェルト、背後にグラスウールを挿入した微細穿孔板、縦軸の吸音率は音響材料の性能を表す指標で値が1に近いほどよく吸音します。

最後に、本研究では大規模な建築空間の音環境を高速に予測するため提案法に領域分割法に基づく大規模並列計算アルゴリズムを組み込みました。領域分割法は、計算モデルを複数の部分領域に分割し部分領域ごとの計算を複数の並列計算機で並列に実行することで高速な計算を可能とする手法です。本研究では、512CPUコアを用いたハイブリッド並列計算により室容積2271m3 の講堂の3キロヘルツまでの周波数成分を含む3秒間のインパルス応答を解析しました。結果として、提案法によって2.5時間でインパルス応答を計算することに成功し、建築音響設計ツールとしての実用性を提示しました。図3は講堂内の音波伝搬の可視化(左図)とインパルス応答より計算した室内音響を評価するための音響指標値の一例(右図)です。なお、計算したインパルス応答は可聴化することで音として聴くことが可能で、立体音響再生技術を用いて3次元的な音場を体験することもできます。

図3 講堂内の音波伝搬の様子(左)と各種室内音響指標値(右)

残響時間は空間内の響きの長さ、C50は音声の明瞭性を評価するための指標です。

今後の展開

今後の展開として、クラウドコンピューティング環境下での性能評価や可聴周波数全域のインパルス応答予測を試みるとともに、実際の音響設計実務における適用性の評価などを通して手法の実用性を高めていく予定です。また、音響バーチャルリアリティ技術への応用を考えています。

用語解説

※1 可聴化
数値シミュレーションや計測などで得られた数値データから、聴くことができるサウンドファイルを作成する技術。
※2 室内インパルス応答
音源・受音点間の伝送特性を含む音圧に関する時系列波形。残響時間などの室内音響物理指標による音場の評価や音の可聴化に利用されます。
※3 時間領域有限要素法
偏微分方程式の数値解析手法の一種で、本研究では音波伝搬を記述する波動方程式の空間を有限要素と呼ばれる微小領域で分割し、時々刻々の音波の時間発展を時間積分法を用いて計算しています。
※4 離散化
現実の世界において連続的である空間や時間を数値計算などの目的のために微小な空間幅や時間幅に分割すること。

謝辞

本研究の一部は公益財団法人鹿島学術振興財団研究助成の助成を受けて実施しました。

論文情報

タイトル
A Parallel Dissipation-Free and Dispersion-Optimized Explicit Time-Domain FEM for Large-Scale Room Acoustics Simulation
DOI:10.3390/buildings12020105
著者
Takumi Yoshida, Takeshi Okuzono and Kimihiro Sakagami
掲載誌
Buildings

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