ネコギギPseudobagrus ichikawaiは、愛知県や三重県などの東海地方の一部において河川の上・中流域の淵1)を選好する体長10cmほどのナマズの仲間の淡水魚です。近年、河川工事やダム建設のような生息地の改変などによって本種の個体数激減が懸念されており、生息状況の継続的なモニタリングが本種の保全に向けて必要不可欠です。しかし、調査対象種に少なからず負荷を与える捕獲調査などの場合、ネコギギは国指定の天然記念物のため事前の許可が義務づけられており、また、本種は夜行性のため安全確保が難しい夜間の潜水目視調査などの実施も余儀なくされます。そこで本研究ではまず、野外では水をすくうだけなので、天然記念物調査の事前申請などの必要がなく、また、調査者の野外調査時の負担を軽減できるネコギギの環境DNA手法2)を開発しました。つぎに、自然河川2つを調査フィールドにして、開発した環境DNA手法の有用性を検証した結果、本種の生息確認情報がある調査場所では必ずDNAが検出され、さらに、昼や夜、瀬1)や淵で検出されたDNAの濃度に違いはみられませんでした。つまり、ネコギギの環境DNA調査は検出力が高く、また、昼夜や生息場所を考慮せずとも調査可能であるといえます。これらのことから、環境DNA手法は従来の潜水などを必要とする調査と比べ、簡便で安全に調査を実施できることを実証できました。さらに、ネコギギの生息確認情報がなかった場所でもDNAが検出されたことから、本種の潜在的な生息場所情報を得ることで保全に活用できる可能性も秘めており、実際に、本種が生息する“三重県”や“いなべ市”では、私たちが開発した環境DNA手法の利用がすでに始まっています。

島根大学、兵庫県立大学、パシフィックコンサルタンツ株式会社、神戸大学、京都大学との共同研究による本研究成果は、国際学術雑誌Ichthyological Researchにおいて、12月24日にオンライン公開されました。

調査対象のネコギギ (左) と調査地での採水の様子 (右)

ポイント

  • 島根大学の高原輝彦准教授、兵庫県立大学の土居秀幸准教授 (現・京都大学教授)、パシフィックコンサルタンツ株式会社の小菅敏裕氏ら、神戸大学の源利文教授、京都大学の渡辺勝敏准教授からなる共同研究グループは、国指定天然記念物ネコギギを対象にして、革新的な生物モニタリング方法の“環境DNA手法”を開発することに成功した。
  • 河川にて調査を実施したところ、本手法がネコギギのモニタリングに有用であること、新規生息場所発見の新たなツールとなり得ることが明らかになった。本手法はすでに“三重県”や“いなべ市”においては活用され、県や市の保全計画や施策への貢献が期待されている。

背景

生物多様性の喪失は私達人間社会においても大きな損失であり、その現状を改善する必要があります。そのような中、日本においてもとくに多くの淡水魚が激減しており、それらの保全は急務です。ネコギギは体長10cmほどのナマズの仲間の淡水魚で、愛知県や三重県などの東海地方の一部において河川の上・中流域の淵 (流れが緩やかで深みのある場所) を選好して生息しています。本種もまた、河川工事やダム建設のような生息地の改変などによって個体数が激減しており、国指定の天然記念物であるとともに環境省のレッドデータブックにおいて絶滅危惧IB類に指定されており、地元自治体を中心とした保全活動が展開されています。しかし、本種は夜行性で昼間は岩のすき間などに隠れている習性をもつため、安全確保が難しい夜間の潜水調査などの実施を余儀なくされます。また、調査対象種に少なからず負荷を与える捕獲調査などの場合、ネコギギは天然記念物でもあるため事前の許可が必要でした。そのため、本種の調査・研究をより安全で柔軟に実施できる新たな調査技術の開発が望まれていました。

環境DNA手法は、従来の調査方法のように対象生物を目視や捕獲するのではなく、野外で採取した1Lほどの水に含まれるDNA情報 (環境DNA) を調べることで対象種の在不在や生物量 (バイオマス) を推定するモニタリング方法です。例えば、夜間の潜水調査には大きな危険と労力を伴いますが、本手法は少量の水を採取するだけなので危険や時間を大幅に軽減することができ、さらに、天然記念物調査の事前許可も必要ないなどの利点があります。

そこで本研究では、ネコギギの環境DNA手法を開発して、本種の保全活動が取り組まれている三重県の鈴鹿川水系と宮川水系の河川2つを対象にして (図1)、私たちが開発した環境DNA手法の有用性について検証しました。

図1:本研究の調査地が含まれる三重県の鈴鹿川水系と宮川水系

希少種保全の観点から、調査場所の詳細は示していない。

研究成果の概要と意義

2018年9月に本種の生息が知られている三重県の鈴鹿川水系と宮川水系の河川2つにおいて、各河川で7地点ずつの採水調査を実施しました。その際、各地点付近の淵と瀬で別々に水サンプルを採取して、ネコギギが選好する淵と、その付近の瀬で、検出されるネコギギの環境DNA濃度に違いがあるのかどうかを検証しました。加えて、ネコギギの活動が活発ではない日中と、活動が活発になる日没後に同様の採水を行い、本種の活動性の異なる時間帯で、検出されるネコギギのDNA濃度に違いがあるのかどうかについても検証しました。

その結果、これまでにネコギギの生息確認情報があった調査場所では必ず本種のDNAが検出されました。このことから、私たちが開発したネコギギの環境DNA手法は本種のモニタリング調査に十分活用できることが明らかになりました。さらに、異なる採水場所 (瀬と淵)、異なる採水時間帯 (日中と日没後) において、それぞれネコギギの環境DNA濃度に違いはみられませんでした (図2)。これらのことは、ネコギギの環境DNA調査は、昼夜や生息場所を考慮せずとも調査可能であることを示しています。本種の従来の調査は、日没後の潜水による目視確認などが主流でしたが、今後、比較的危険が少ない日中に採水を行うことができる環境DNA手法を用いることで、安全で簡便に本種のモニタリング調査を実施できるようになったといえます。またその際に、本種が淵を選好する習性を考慮しなくても良いため、各調査場所の採水しやすいところで、採水しやすい時間帯に調査を実施すれば良いことも明らかになりました。加えて、これまでに本種の生息確認情報がなかった場所でもDNAが検出されたことから、本種の新規生息場所の可能性も見出すこともできました。

図2:2つの自然河川 (鈴鹿川水系・宮川水系) におけるネコギギの環境DNA濃度と採水時間帯 (日中、日没後)・採水場所 (瀬、淵) との関係

赤丸は各採水地点の環境DNA濃度を示す。

将来の波及効果

本研究で開発したネコギギの環境DNA手法を用いることで、本種の野外調査を簡便に実施できることを示しました。これらの成果は、国指定天然記念物で絶滅危惧種のネコギギの効果的な保全に役立てることができると考えています。具体的には、本手法は野外では水サンプルを採取するだけなので、従来の調査方法に比べて少ない労力で継続的な定点調査を行うことが可能になり、ネコギギの生息状況の変化を中長期的にモニタリングすることができます。例えば、ネコギギの環境DNA濃度が前年に比べて高くなっているので保全活動がうまくいっている、あるいは、河川整備事業後などで環境DNA濃度が低下しているので生息環境が悪化しているのではないか、などの示唆に富むモニタリングも容易になり、優先して保全すべき場所の把握も可能になると考えています。

加えて、水サンプルを採取するだけの環境DNA手法を用いて、まずは多くの地点を網羅的に調べて、ネコギギの環境DNAが検出された場所でのみ、集中的に潜水調査などを実施して本種の生息確認をすることが可能になります。これによって、効率的で効果的に本種の新規生息場所を発見できるようになることを期待しています。そして、本種の現状 (分布) を正確に把握することが可能になることから、生息地域に応じた保全対策等の取り組みも推進できるようになると考えています。実際、“三重県”や“いなべ市”におけるネコギギの保全計画や施策への本手法の利用が始まっており、その実用化までを見据えた取り組みに期待が高まっています。

用語解説

1) 淵・瀬

蛇行する河川内において、流れが速く水深の浅いところを「瀬 (せ)」とよぶ。一方で、流れが遅く水深の深いところを「淵 (ふち)」とよび、ネコギギはこの淵を好んで生息する習性をもつことが知られている。

2) 環境DNA手法

環境DNAとは水などに溶け出た生物の排泄物や脱落した組織などに由来したDNAのことで、本手法はこのDNAの情報 (有無や濃度など) を調べることで、様々な対象種の生息状況 (在不在・生物量など) を簡便に推定できる生物モニタリング技術である。この手法は、現場では1Lほどの水を汲むだけ、あとはそれを持ち帰ってDNAの濃縮や抽出・精製、DNA分析機器 (リアルタイムPCRなど) による測定を行う。その結果、対象種のDNAが検出されれば、その調査地に対象種が生息していたと推定できる。この手法は、野外では主に水を汲むだけなので、危険や多大な労力を伴う野外調査の負担を大幅に軽減でき、加えて、広範囲で多地点の調査を簡便に実施できる大きな利点がある。

環境DNA手法の概略図

論文情報

タイトル

Effective environmental DNA collection for an endangered catfish species: testing for habitat and daily periodicity

DOI

10.1007/s10228-022-00900-2

著者

Teruhiko Takahara (高原輝彦)*, Hideyuki Doi (土居秀幸), Toshihiro Kosuge (小菅敏裕), Nanae Nomura (野村七重), Nobutaka Maki (真木伸隆), Toshifumi Minamoto (源利文), Katsutoshi Watanabe (渡辺勝敏) (*: 責任著者)

掲載誌

Ichthyological Research

研究者

SDGs

  • SDGs15