神戸大学大学院システム情報学研究科の堀久美子助教、リーズ大学応用数学科のジョーンズ教授、レスター大学物理天文学科のフレッチャー教授らの研究グループは、最新の木星探査観測などの知見とデータ科学的解析を基に、木星表面で広く観測されてきた数年変動が深部の磁気的な波動に起因する可能性があることを示しました。

これは、従来の惑星大気研究の描像を転換させうるもので、今後さらに研究を進めることで、ガス惑星の典型としての木星システムの理解に貢献することが期待されます。同時に、今後この波動を詳しく調べていくことで、直接観測不可能な深部領域に関する情報が得られ、磁場形成メカニズムの解明が大きく進むと期待されます。

この研究成果は、2023年5月18日 (英国時間) に、英科学誌 Nature Astronomy オンライン版に掲載されました。

ポイント

  • 木星表面の広い範囲で長期的な変動が観測されていたが、その成因は謎だった。
  • 木星はガス状の惑星であることに着目し、木星表面の大気変動が木星深部の磁気的な波動 (ねじれ振動) に起因するという説を、初めて提唱した。
  • NASA探査機ジュノーの磁場観測などによる最新の知見を基に理論計算を行ったところ、ねじれ振動で、木星表面の数年周期性を説明できることがわかった。
  • さらにデータ科学的解析法を合わせて用いることで、木星大気観測の時空間データセットから、ねじれ振動の微小なシグナルを捉えることに成功した。
  • この振動の特性を詳しく調べることによって、直接観測できない深部領域の物理的状態を知ることができ、天体磁場形成問題を解く手がかりとなる可能性がある。

研究の背景

木星表面の鮮やかな縞々模様の存在は17世紀頃以来知られており、その色や明るさが時とともに変化することも認識されていました。時には急激な嵐が起こり、それらが木星表面全体に広がっていくような現象「global upheavals (全球蜂起)」も観測されていました。しかし、このような変化が規則的なものなのか、もしくは、突発的なものなのか、長らく明らかでありませんでした。近年、数十年間にわたる木星赤外線画像*1のデータセットが系統的に解析され、南緯41度から北緯33度までの広範囲で、周期4-9年の規則的変動が起こっていたことがわかりました (図1)。これらは、木星での一日の長さ (約10時間) に比べて長いことから、木星の「気候変動」と呼ばれることもあります。その特徴が観測から明らかになってくる一方で、成因については諸説混沌としていました。多くは地球の気象学における知見を基にした説であり、広緯度にわたる数年周期性を定量的に説明できる説は皆無でした。

図1:赤外画像で捉えられた木星大気の長期変動

(a) 2011年12月撮像、 (b) 2001年5月撮像。青い点線は北赤道縞 (北緯7-21度) を示す。
明るさ (赤外放射の強さ) が変化したことがわかる。補正前の画像であることに注意。フレッチャー教授ら研究グループの論文 (Icarus誌 2019年) より転載。

研究の内容

本研究では、上述した観測的な特徴を定量的に説明する説を、初めて提唱しました。注目したのは、木星がガス状の惑星であり、地球のように「地面」が存在しない、ということです。木星表面はその惑星深部からシームレス (つなぎめなし) につながっているため、木星大気で観測される現象も、木星深部の現象に起因する可能性があります。実際、過去の理論・数値シミュレーション研究により、深部の磁場形成領域 (ダイナモ*2) では数年以上の周期で磁気的な波 (ねじれ振動*3;図2) が励起されうること、その振動は木星表面近くの熱流を広い緯度帯で変動させうること、などが示唆されていました。本研究では、この理論を根拠に、木星赤外線観測で見つかった特徴をどの程度説明できるか調べました。具体的には、NASA木星探査機ジュノーによる磁場観測の結果、ハッブル宇宙望遠鏡による風観測の結果、そして、深部密度の理論モデルから、各緯度におけるねじれ振動の周期を理論的に算出しました。その算出値は 3-8 年であり、赤外線観測で見つかった周期性を、誤差の範囲内で定量的に説明できることがわかりました。さらに、この理論値を基に、近年開発されたデータ科学的解析法の一つ (動的モード分解法*4) を用いることで、赤外線画像の時空間データセットから、深部ねじれ振動が期待される周波数域に、微小なシグナルを抽出することに成功しました (図3)。ここで抽出されたシグナルは、期待された波長および伝播速度と矛盾ないものです。これにより、深部ねじれ振動の基本的特性 (周期・波長・伝播速度) を大気の観測データに確認することができました。

図2: 木星深部のねじれ振動

(a) 木星を貫く磁場。青線と赤線は磁力線を表し、その色で磁場の強さを表す。NASA探査機ジュノーの磁場観測を基に作成。
(bおよびc) ねじれ振動の概念図。ねじれ振動は自転軸を中心とした円柱状の振動で (b)、自転軸と垂直な方向に伝播する (c)。
東西向きの流れのゆらぎ (黒線) によって磁力線 (赤線) がゆがみ、そのゆがみが磁力線のバネ効果によって引き戻されて、逆向きに流れのゆらぎが生じる。これが繰り返されることで、振動が起こり、その振動が磁力線に沿って波動として伝播していく。Nature Astronomy掲載論文を一部改変。

図3:木星赤外線画像データセットから抽出された深部ねじれ振動のシグナル

赤外線画像の明るさを東西方向に平均し、動的モード分解法を用いて抽出。色と等高線は、明るさの平均値からのずれを表す。横軸は西暦、縦軸は自転軸からの距離。黒の点線は、ねじれ振動の伝わる速さを示す。ねじれ振動の速さで、赤外線画像における時空間変動パターンを説明できることがわかる。
Nature Astronomy 掲載論文を一部改変。

今後の展開

本研究で提唱した説は、従来の惑星大気研究における描像とは大きく異なるものです。従来の描像は、岩石惑星である地球での知見を基に他惑星へ拡張されてきたもので、大気現象と深部現象との相互作用はほぼ議論されていませんでした。今回の研究成果は、木星に代表されるガス惑星を理解するためには、両方の議論、特にその統合的な理解が重要であることを示唆しています。これは、地球に代表される岩石惑星とは本質的に異なるものであり、本研究を進めることは、我々が生かされている「地球環境」の特徴を改めて浮き彫りにし再認識することにもつながるでしょう。

また、地球以外の天体において初めて、深部の磁気的な振動・波の存在が示唆されたことは、磁場の形成メカニズムを明らかにするために極めて重要です。磁場形成問題の難点の一つは、磁場が形成されている「現場」を直接調べることができず、理論を制約するための実測的な情報が欠落している点です。ねじれ振動はその深部領域の物理的状態を強く反映するため、これを逆手にとることで、観測された振動の特性から磁場形成領域内部を「スキャン」することも可能になります。このような情報は、理論モデルの取捨選択に役立ち、また、理論的な問題点を明確にもするでしょう。本研究によって、天体磁場形成問題の解決のための新たな可能性が開かれ、今後大きく展開していくことが期待されます。

用語解説

*1 赤外線画像
可視光線よりも長い波長帯で撮像された画像。ここでは特に、「大気の窓」と呼ばれる5μm前後の波長帯で撮影された画像を指す。木星大気下層から放射された光によって、雲やエアロゾルが投影された画像と解釈される。
*2 ダイナモ (発電機) 作用
電気をとおす流れ運動によって磁場を形成するしくみ。この作用によって、地球・木星・太陽を始めとする多くの天体で、全球的な磁場が維持されている。そのメカニズムや理論の詳細はまだ明らかでない点が多い。
*3 ねじれ振動
磁気的な力 (ローレンツ力) を復元力として伝わる波 (アルヴェン波) の一種。速く自転する天体で存在することができ、その自転軸に対して対称性をもつ。地球深部コア (地球ダイナモ) における存在が1970年に理論的に示唆され、地磁気や地球自転速度の観測データからその存在が確かめられてきた。
*4 動的モード分解
時空間データを少数の特徴的な構造 (時間発展する周期的な固有要素) の和で近似する方法・アルゴリズム。2010年前後に流体力学分野で開発され、現在では多くの研究分野で応用が広がっている。フーリエ変換や固有直交分解 (主成分分析) の拡張と解釈される。

謝辞

本研究は、日本学術振興会 (JSPS) 科学研究費助成事業 (課題番号17H06859, 20K04106) および木下基礎科学研究基金助成事業の助成を受けて、実施しました。

論文情報

タイトル
Jupiter’s cloud-level variability triggered by torsional oscillations in the interior
DOI
10.1038/s41550-023-01967-1
著者
Kumiko Hori, Chris A. Jones, Arrate Antuñano, Leigh N. Fletcher, Steven M. Tobias
掲載誌
Nature Astronomy

研究者