理化学研究所計算科学研究機構の西澤誠也研究員及び富田浩文チームリーダーと、北海道大学の小高正嗣助教、石渡正樹准教授、神戸大学大学院理学研究科の高橋芳幸准教授、林祥介教授、松江工業高等専門学校の杉山耕一朗准教授、九州大学の中島健介助教、京都大学の竹広真一准教授らの共同研究グループは、スーパーコンピュータ「京」※1を用いた超高解像度シミュレーションにより、火星大気中の「塵旋風 (じんせんぷう) 」を大量に再現し、その大きさや強さの統計的性質を明らかにしました。今後、さらにシミュレーションを重ね、季節や場所による性質の違いを明らかにすることにより、火星天気予報の実現や、無人探査機のみならず有人探査機における火星への着陸・地上活動に貢献すると期待できます。
本研究は、米国の科学雑誌『GeophysicalResearch Letters』(5月16日号) に掲載され、同誌ウェブサイトでハイライトされました。また、米国の科学雑誌『Eos Earth & Space Science News』(6月23日付) のリサーチスポットライトでも取り上げられました。
晴天時の日中、地球の砂漠などの乾燥地では渦巻き状に立ち上がる突風が生じることがあります。この突風は地表付近の塵を大気中に巻き上げることから「塵旋風」と呼ばれますが、英語では「塵の悪魔」を意味する「ダストデビル (Dust Devil) 」と呼ばれます。火星ではダストデビルが頻発し、それが大きな砂嵐へつながることもあり、時には火星全体を覆うほどの巨大な砂嵐として観測されます (図1)。火星大気中の塵は気象と気候、およびその変動に大きな影響を与えることが知られていますが、塵の量や分布がどのように決まるのかは分かっていません。これまでの火星探査機による観測によってダストデビルの頻度や大きさはある程度分かってきましたが、観測が限られているため、より一般的な多くの情報を得ることは困難でした。そこで計算機によるシミュレーションが試みられましたが、莫大な計算能力が必要であり、従来のコンピュータでは性能が不足していました。
共同研究グループは、理研が開発した大気ラージエディシミュレーション (LES) の数値モデル「SCALE-LES」に火星大気の設定を組み込み、スーパーコンピュータ「京」のシステム全体の約10分の1に相当する57,600コアを使い、約200時間をかけて従来よりも信頼性の高いシミュレーションを行いました。その結果、最も対流活動が活発になる時刻において、3,000個以上のダストデビルを発生させることに成功しました。得られたダストデビルの大きさは水平半径が数メートルから数百メートルに及び、強さは最大風速が1m/sから数十m/sまで、さまざまなものが存在していました。
これほど多くのサンプルがあると、どのような大きさや強さのダストデビルがどのくらい存在するのかを、統計的な確からしさをもって明らかにできます。本研究では、これまで曖昧だったダストデビルの水平半径、最大風速、気圧低下、循環※2などの性質の頻度分布を明らかにしました (図2)。これまでは個別にしか調べることができなかったダストデビルの性質が、本研究により統計的かつ定量的に明らかになりました。
本成果は惑星規模の大気現象をシミュレーションすることが必要な火星天気予報や過去の火星気候の復元に向けた大きな一歩です。本研究を皮切りに火星ダストデビルや火星気象気候予測の研究が進み、新たな火星探査への道が切り開かれると期待できます。
用語解説
- ※1 スーパーコンピュータ「京」
- 文部科学省が推進する「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ (HPCI) の構築」プログラムの中核システムとして、理研と富士通株式会社が共同で開発を行い、2012年9月に共用を開始した計算速度10ペタFLOPS級のスーパーコンピュータ。
- ※2 循環
- 渦の強さを表す物理量。渦の回転の強さと面積に比例する。
論文情報
- タイトル
- “Martian dust devil statistics from high-resolution large-eddy simulations”
- DOI
- 10.1002/2016GL068896
- 著者
- Seiya Nishizawa, Masatsugu Odaka, Yoshiyuki O. Takahashi, Ko-ichiro Sugiyama, Kensuke Nakajima, Masaki Ishiwatari, Shin-ichi Takehiro, Hisashi Yashiro, Yousuke Sato, Hirofumi Tomita, Yoshi-Yuki Hayashi
- 掲載誌
- Geophysical Research Letters