神戸大学大学院経済学研究科の小林照義准教授らの研究グループは、時間と共に変化する様々な社会的・経済的つながりによって形成されるネットワークにおいて、安定的な二者関係を観測データに基づいて正確に識別する手法を開発しました。
この研究成果は、1月15日に英科学誌「Nature Communications」に掲載されました。
ポイント
- 二者間の「親密さ」の度合いは、会話時間や会った回数といった単純な指標では正確に測れない。例えば人間の会話では、おしゃべりな人間同士なのか、それとも普段あまり話さない人なのかを識別することが、親密性を測る上で重要である。
- 今回の手法は、人間同士のネットワークだけでなく、銀行や企業の経済取引関係、動物や昆虫の社会性など、あらゆる二者関係の親密さについて、主観的手法に頼ることなく客観的に定量化する手法として応用できる。
研究の背景
近年、人間や動物の行動パターンを探ることを目的として、ウェアラブルセンサを用いた接触データの蓄積が進んでいます。Radio Frequency Identification (RFID) と呼ばれるセンサを身につけた者同士が一定距離以内に近づくと、センサが反応してその時刻と二者のIDが機器に記録され、会話などの行動に関する情報が蓄積されます (図1, 2)。ネットワーク科学の分野では、こうしたタイムスタンプ付きデータを用いた動的ネットワーク (テンポラル・ネットワークと呼ばれる) の研究が近年盛んに行われており、社会ネットワークの形成メカニズムに関する理論・データの解析が進んでいます。
研究の内容
あるペア (例えば二人の生徒) が親密かどうかを接触データから測るためには、実際に観察された接触回数を見るだけでは不十分です。なぜなら、その生徒二人それぞれが元来他者との接触が多い傾向にあれば、たまたま二人の間に接触が多いとしても不思議ではないからです。つまり、彼らが仮に無作為に相手を選んだ場合に観察されたであろう仮想的な接触回数と、実際に観察された接触回数とを比較する必要があります。このとき、それぞれの生徒が潜在的に持っている「活動量」の大きさ (おしゃべりな度合いなど) は人によって様々だと考えられます。すなわち、個人ごとの活動量の違いを考慮した上で、無作為に接触相手を選んでいるという仮定のもとで接触回数を推定しなければなりません。
今回の研究では、まず各個人が潜在的にもつ活動量をデータから推計し、無作為に相手を選んだ場合に起こりうる接触回数の分布を各ペアについて求めました。もし、現実に観察された接触回数が、無作為に相手を選択する場合に期待される範囲に収まっていれば、そのペアは統計的には親密とは言えないと判定します。反対に、観察された接触回数が無作為に相手を選択した場合には起こりえないほど多ければ、そのペアは統計的に親密であると判定します。
ここで、単純に接触回数が多かったペアほど親密性が高いことを必ずしも意味しません。なぜなら、活動量の高い (おしゃべりな) 生徒達は無作為に相手を選んだとしても接触する確率がそもそも高いのに対し、活動量が低い生徒同士は接触する確率がもともと低くなります。よって、同じ接触回数なら後者の方がより親密度は高い (意図的に接触している) と判断できるからです。
本研究では、提案手法 (ST filter) を時間と共に変化する様々な動的ネットワークの実データに適用しました。その結果、多くのデータにおいて、親密なペアの集合がいくつかの塊 (コミュニティ) を形成する集積化現象が見られること、そしてそれらは実際のコミュニティに対応していることを発見しました。例えば、フランスの小学校における生徒間の接触ネットワーク (図3) では、親密なペアは各クラス内で多く検出される一方、異なるクラスに所属する生徒間にはあまり見られません。このような親密なペアの集合と社会的なコミュニティ構造との対応関係は、既存の手法では検出できていなかった特徴です。
本手法の利点は、動的ネットワークであればあらゆる事象の観測データに適用できることです。例えば、銀行間の資金取引関係に適用した分析では、2008—2009年のリーマン・ショック時において、親密な取引関係にある銀行ペアの割合が一時的に増えたことが新たにわかりました注2。これは、当時資金不足に陥った銀行が、特定の銀行から借り入れる割合を増やしていたことを意味しており、市場の流動性が普段より低下していたことを示唆しています。
- 注1: Cattuto et al. PLOS ONE 5, e11596 (2010).
- 注2: Kobayashi, T. & Takaguchi, T. J. Bank. Financ. 97, 20-36, (2018).
- 注3: Serrano, M., Á., Boguná, M. & Vespignani, A. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 6483–6488 (2009).
今後の展開
本手法を用いて抽出された親密なペアのネットワーク構造を分析することで、これまで客観的な把握が難しかった問題に対処できるようになる可能性があります。例えば、学校における親密ペアの集合を「友達関係ネットワーク」として捉えれば、生徒へのアンケートや聞き取り調査などの主観的な手法に頼ることなく、どのような友達グループが形成されているのかを学校側で客観的に把握することができます。また、その友達ネットワークから孤立している生徒の存在が明らかになれば、いじめ・不登校の兆候を事前に察知できる可能性があります。
それ以外にも、金融市場における取引関係のモニタリングや家畜の群れの管理など、二者関係によって形成される動的なネットワークの構造を分析するツールとして、今後幅広い分野において応用されることが期待されます。
謝辞
科学研究費補助金15H05729、16K03551
論文情報
- タイトル
- “The structured backbone of temporal social ties”
- DOI
- 10.1038/s41467-018-08160-3
- 著者
- Teruyoshi Kobayashi (神戸大学大学院経済学研究科・計算社会科学研究センター)
Taro Takaguchi
Alain Barrat (CNRS, エクス・マルセイユ大学) - 掲載誌
- Nature Communications