神戸大学大学院医学研究科糖尿病・内分泌内科学部門の小川渉教授らの研究グループは、糖尿病で筋肉量が減少するメカニズムを世界で初めて明らかにしました。筋肉の減少により活動能力が低下すると、様々な病気にかかりやすくなり、寿命の短縮に繋がります。糖尿病患者は筋肉が減少しやすいことが知られていますが、そのメカニズムは明らかではありませんでした。
今回の研究では、血糖値の上昇が、WWP1とKLF15という2つのタンパクの働きを通じて、筋肉を減少させることが初めて明らかとなりました。これらのタンパクに作用する薬剤を開発できれば、筋肉減少に対する治療薬になることが期待されます。この研究成果は、2月21日午前9時(米国東部標準時、日本時間23時)に米国科学雑誌「JCI Insight」にオンライン掲載されました。
ポイント
- 血糖値の上昇が筋肉減少の原因になることを世界で初めて明らかにしました。
- 血糖値の上昇によって筋肉が減少する際には、WWP1とKLF15という、2つのタンパクが重要な働きをすることを発見しました。
- 筋肉の減少により活動能力が低下すると、様々な病気にかかりやすくなります。今回の発見は、筋肉減少に対する治療薬の開発に繋がる可能性が期待されます。
研究の背景
高齢者では、筋肉の減少により活動能力が低下すると、様々な病気にかかりやすくなり、寿命の短縮にも繋がることが知られています。加齢による筋肉の減少と活動能力の低下は「サルコペニア」と呼ばれ、高齢者が増加し続ける我が国で、大きな問題となっている健康障害の一つです。
糖尿病患者は高齢になると筋肉が減少しやすいこと、すなわちサルコペニアになりやすいことが知られていますが、そのメカニズムはよく解っていませんでした。糖尿病はインスリンというホルモンが体の中で十分に働かなくなることによって起こる病気です。インスリンには血糖値を整えるだけでなく、細胞の増殖や成長を促す作用があるので、インスリンの作用が十分でなくなると筋肉細胞の増殖や成長が妨げられて、筋肉の減少に繋がるという仮説も提唱されていました。
小川教授らは今回の研究で、血糖値の上昇自体が筋肉の減少を引き起こすという、従来、全く想定されていなかった糖尿病による筋肉減少のメカニズムを明らかにし、その際に重要な働きをする2つのタンパクの役割をつきとめました。
研究の内容
小川教授らは、マウスを実験的に糖尿病にすると筋肉量の減少に伴って、転写因子 (注1) であるKLF15というタンパクの量が筋肉で増えることを発見しました。筋肉だけで、KLF15を無くしたマウスを作ったところ、このマウスは糖尿病になっても筋肉量が減らないことがわかりました(図1)。このことは糖尿病でKLF15の量が増えることが、筋肉減少の原因であることを示しています。
糖尿病では、どのようなメカニズムでKLF15が増えるかを検討した結果、血糖値の上昇がKLF15の分解を抑制し、KLF15が筋肉で蓄積することが解りました。さらにKLF15の分解制御にWWP1というタンパクが重要な働きをしていることもつきとめました。
WWP1はユビキチンリガーゼ (注2) と呼ばれるタンパクの仲間の一つです。ユビキチンという小さなタンパクが結合すると、ユビキチンが結合したタンパクの分解が速まります。通常の状態では、WWP1がKLF15にユビキチンを結合させることにより分解を促し、KLF15の量を低く保っていますが、血糖値が上昇すると、WWP1の量が少なくなり、その結果、KLF15のユビキチンの結合が少なくなりKLF15の分解が抑制されることを、小川教授らは発見しました (図2)。
これらの結果から、血糖値の上昇がWWP1とKLF15という2つのタンパクの量に影響を及ぼすことにより筋肉を減少させるというメカニズムが初めて明らかとなりました。WWP1やKLF15というタンパクが糖尿病の筋肉減少に関わることはもとより、血糖値の上昇が筋肉の減少を促すという現象も、今まで全く想定されていなかった新発見です。
今後の展開
糖尿病だけでなく、加齢や運動不足など、様々な原因で筋肉は減ります。今回の研究で、その働きが明らかになったKLF15とWWPというタンパクは他の原因による筋肉減少にも関わっている可能性があります。
現在、筋肉減少に対する治療薬はありません。WWP1の働きを強めるような薬、あるいはKLF15の働きを弱めるような薬を開発できれば、筋肉減少の画期的な治療薬となる可能性があります。
用語解説
- (注1) 転写因子
- 遺伝子の発現を制御する働きを持つタンパク。KLF15の場合は、筋の分解や筋萎縮を起こす遺伝子の発現を増加させることにより、筋肉の減少を促します。
- (注2) ユビキチンリガーゼ
- ユビキチンという小さなタンパクを別のタンパクに結合させる作用を持つタンパク。ユビキチンが多量に結合したタンパクは分解が速まります。今回の研究では、細胞が持つ多くのユビキチンリガーゼの中で、WWP1が特異的にKLF15にユビキチンを結合させることが解りました。
論文情報
- タイトル
- “Hyperglycemia induces skeletal muscle atrophy via a WWP1/KLF15 axis”
- DOI
- 10.1172/jci.insight.124952
- 著者
- Yu Hirata1, Kazuhiro Nomura1, Yoko Senga1, Yuko Okada1, Kenta Kobayashi2,3, Shiki Okamoto3,4,5, Yasuhiko Minokoshi3,4, Michihiro Imamura6, Shin’ichi Takeda6, Tetsuya Hosooka1, Wataru Ogawa1*
1 神戸大学大学院医学研究科 糖尿病・内分泌・内科学部門
2 自然科学研究機構 生理学研究所 ウイルスベクター開発室
3 総合研究大学院大学生命科学研究科 生理科学専攻
4 自然科学研究機構 生理学研究所 生体機能調節研究領域 生殖・内分泌系発達機構研究部門
5 琉球大学大学院医学研究科 内分泌代謝・血液・膠原病内科学講座 (第二内科)
6 国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 遺伝子疾患治療研究部
*Corresponding author. - 掲載誌
- JCI Insight