神戸大学大学院医学研究科の山田秀人教授と谷村憲司准教授 (産科婦人科学分野)、大阪大学微生物病研究所の荒瀬 尚教授らを中心とする研究グループは、2015年に神戸大学と大阪大学の共同研究によって発見された血栓症などの原因となる新しい自己抗体が、不育症に苦しむ女性に高頻度に検出されることを世界で初めて証明しました。
今後、これまで多くが原因不明とされてきた不育症、血栓症、妊娠高血圧症候群などの発症メカニズムの解明や治療薬の開発に役立つことが期待されます。
この研究成果は、6月25日付 (現地時間) で、米国リウマチ学会が発行する科学雑誌『Arthritis & Rheumatology』に掲載されました。
ポイント
- 不育症は、妊娠することは出来るが流産や死産を繰り返し、元気な赤ちゃんを産むことができない病気である。
- 日本では不育症患者が推計140万人いると考えられており、少子高齢化が進む日本において大きな問題だが、半数以上で原因が分からず、治療法の選択が難しい。
- 不育症研究に力を入れている神戸大学を中心とする全国5つの大学病院で不育症女性227人に対し、新しい自己抗体 (ネオ・セルフ抗体) を測定したところ、全体の約1/4で陽性となり、さらに従来の検査では原因不明となっていた患者の約1/5で陽性となることが分かった。
- 本研究の成果は、不育症、血栓症、妊娠高血圧症候群などの発症メカニズム解明や治療法開発につながり、少子高齢化問題解決のカギになることが期待される。
研究の背景
不育症は、不妊症と違って妊娠はできるが流産や死産を繰り返し、元気な赤ちゃんを産むことができない病気です。日本では不育症患者が推計140万人いると考えられており、少子高齢化が進む日本において克服すべき重要課題です。しかし、不育症患者の半数以上で原因が不明で、どのように治療して良いか分からないことが多いのが現状です。
一方、大阪大学微生物病研究所 (以下、微研) の荒瀬 尚教授と神戸大学医学部の谷村憲司准教授の共同研究によって、脳梗塞のように重要な臓器の血管に血の塊が詰まって生命を脅かす血栓症や流産、妊婦の生命を脅かす妊娠高血圧症候群などの病気を引き起こす抗リン脂質抗体症候群という病気の原因となる全く新しい自己抗体 (以下、ネオ・セルフ抗体) が発見され、この成果は2015年に米国血液学会が発行する科学雑誌『Blood』に論文にて発表されました。
流産を繰り返す不育症の症状は、抗リン脂質抗体症候群と共通しています。前述のとおり、不育症の患者の半数以上では、原因が分かっていませんがネオ・セルフ抗体との関係はこれまで明らかではなく、この新しい自己抗体がこれまで原因が不明とされていた不育症に深く関わっている可能性があると考えられました。そこで、神戸大学、富山大学、岡山大学、東京大学、兵庫医科大学の5つの大学病院が協力して不育症患者の血液サンプルを集め、微研でネオ・セルフ抗体を測定することによって、世界で初めて不育症とネオ・セルフ抗体の関係を明らかにするための臨床研究を行いました。
研究の内容
本研究では、不育症研究に力を入れている神戸大学を中心とした全国5つの大学病院において外来を受診した不育症カップルより同意を得て、ネオ・セルフ抗体を測定しました。同時に甲状腺機能、カップルの染色体検査、ならびに、抗リン脂質抗体などの血栓ができやすい体質を調べる血液検査などを行い、不育症の原因を詳細に調べました。また、カップルにおいてヒト白血球抗原 (HLA) クラスⅡという様々な病気へのなりやすさに関係する遺伝子の型 (例えば、HLA-DR4という型を持っている人は不育症になりやすいことが知られています) を調べる検査を行いました。
ネオ・セルフ抗体の検査方法については、本研究グループが考え出した手法 (特許技術) を用いて行いました。具体的には、まず、抗リン脂質抗体症候群を引き起こす抗体の標的であると考えられているβ2グリコプロテインIというタンパク質と抗リン脂質抗体症候群になりやすい型のHLAクラスⅡが合体したもの (複合体といいます) を細胞表面に出した細胞をつくります。そして、患者の血液と反応させて、細胞表面の複合体と結合した抗体 (ネオ・セルフ抗体) を検出するという方法です。
まず、健康な赤ちゃんを産んだことのある不育症ではない正常女性208人のネオ・セルフ抗体を測定し、正常値を決めました。そして、不育症の女性227人についてネオ・セルフ抗体を測定したところ、52人 (23%) の患者で陽性となりました。不育症におけるネオ・セルフ抗体陽性の頻度は、不育症の原因を調べるための検査で判明した子宮奇形や子宮筋腫などの子宮の病気、甲状腺機能の異常、カップルいずれかの染色体異常などの因子の頻度の中で最も高く、ネオ・セルフ抗体が不育症を起こす重要な原因になっている可能性が示されました。さらに、日常的に行われている不育症の原因を調べるための検査を行っても原因が分からない不育症女性は過半数の121人を占めましたが、そのうち24人 (20%) でネオ・セルフ抗体のみが陽性という結果でした (図1)。特に抗リン脂質抗体検査が陰性となった女性のうち、ネオ・セルフ抗体が陽性となった人が多くいました (図2)。また、ネオ・セルフ抗体が陽性であった不育症の女性では、陰性であった不育症の女性とくらべて、不育症になりやすいとされるHLA-DR4という遺伝子の型を持っている人の頻度が高くなっていました。今まで、なぜ、HLA-DR4の遺伝子を持った人が不育症になりやすいのかは不明でしたが、今回の発見はその理由を解くカギとなることが期待されます。
ネオ・セルフ抗体を測定することで、不育症の発症メカニズム、特にこれまで原因が分からなかった不育症の発症メカニズムが解明でき、少子高齢化問題の解決につながる可能性があります。
今後の展開
今回の研究によって、私たちが発見した新しい自己抗体 (ネオ・セルフ抗体) が不育症の重要な原因であることが示唆されました。今後は、ネオ・セルフ抗体の産生を抑えたり、その働きを阻害したりするような薬剤を開発したいと考えています。また、ネオ・セルフ抗体の研究は、妊娠高血圧症候群や胎児発育不全など原因が分かっていない産科的疾患の発症メカニズム解明や治療法開発に応用できることが期待されます。さらに、リウマチなど患者数の多い自己免疫疾患においても、それらを引き起こすネオ・セルフ抗体が存在する可能性があり、リウマチ学や免疫学に革新的な発展をもたらす可能性があります。
用語解説
- ネオ・セルフ抗体
- これまでは、自分の体の一部であるタンパク質 (自己抗原といいます) を自分自身の免疫が抗体 (自己抗体といいます) を使って攻撃してしまうために自己免疫疾患が起こると考えられてきました。ネオ・セルフ抗体とは、自己抗原となるタンパク質が病気のなりやすさと関わるヒト白血球抗原 (HLA) クラスⅡというタンパク質と合体して出来る複合体を攻撃し、自己免疫疾患を引き起こす抗体のことを言います。新しい (「ネオ」) 考え方に基づく自己抗原 (「セルフ」) に対する抗体なので、ネオ・セルフ抗体と名付けられました。
謝辞
本研究は、日本医療研究開発機構 (AMED) 成育疾患克服等総合研究事業「不育症、産科異常に関わるネオ・セルフ抗体の研究開発」(研究開発代表者:山田 秀人)、日本学術振興会 (JSPS) 科学研究費助成事業、文部科学省 (MEXT) 科学研究費助成事業からご支援をいただきました。
論文情報
- タイトル
- “The β2-glycoprotein I/HLA-DR complex is the major autoantibody target in obstetric antiphospholipid syndrome”
- DOI
- 10.1002/art.41410
- 著者
- Kenji Tanimura, Shigeru Saito, Mikiya Nakatsuka, Takeshi Nagamatsu, Tomoyuki Fujii, Atsushi Fukui, Masashi Deguchi, Yuki Sasagawa, Noriko Arase, Hisashi Arase, and Hideto Yamada
- 掲載誌
- Arthritis & Rheumatology