手稲渓仁会病院不育症センターの山田秀人センター長 (北海道大学客員教授)、および神戸大学大学院医学研究科の出口雅士特命教授 (地域医療ネットワーク学分野) らの研究グループは、流産歴4回以上の原因不明の不育症 (習慣流産) に対する妊娠初期の免疫グロブリン大量療法が、妊娠22週の妊娠継続および生児獲得の割合を上昇させ、治療として有効であることを世界で初めて証明しました。特に、妊娠4~5週台に投与すると効果が高いこともわかりました。
本研究は、全国14施設における共同研究として、二重盲検ランダム化プラセボ対照群間比較試験を実施し、原因不明かつ難治性の不育症に対する妊娠初期の静注免疫グロブリン大量療法の有効性を解析しました。これまで有効な治療法がなかった重症の不育症カップルにとっては朗報となる研究成果であり、免疫グロブリン大量療法によって健康な子供を授かる機会がさらに増えることが期待されます。
この研究成果は、6月29日に、英国の科学雑誌 THE LANCET Discovery Science, eClinical Medicineにオンライン掲載されました。
ポイント
- 不育症とは流産を2回以上繰り返す病気で、日本には50万人程度の患者がいる。しかし、半数以上を占める原因不明の不育症には、これまで有効な治療法がなかった。
- 世界で初めて、流産歴4回以上の原因不明の不育症に対する妊娠初期の免疫グロブリン大量療法の有効性を多施設共同研究として調査した。
- 治療薬の効果を評価するための最も厳重で正確な解析方法である、二重盲検ランダム化プラセボ対照群間比較試験の結果、免疫グロブリンの群で妊娠22週の妊娠継続率と生児獲得率が上昇した。
- 世界で初めて、原因不明の不育症に対する妊娠初期免疫グロブリン大量療法の有効性を証明した。
研究の背景
流産を2回以上繰り返す不育症の頻度は約1%で、日本での患者数は50万人程度とされています。原因やリスク因子の検査を行なっても、およそ半数以上が原因不明とされ、有効な治療法がないのが現状です。原因不明の不育症に対して、夫リンパ球、免疫抑制剤、抗凝固薬、プロゲステロン腟錠を投与する治療法の有効性は、これまでの国外の二重盲検ランダム化プラセボ対照群間比較試験 (RCT)※1 によって、現在、否定されています。
免疫グロブリン大量療法は、川崎病、特発性血小板減少性紫斑病、ギランバレー症候群などで有効性が認めらており、現在、保険適用の治療法として日本でも広く使用されています。原因不明の不育症に免疫グロブリン製剤※2を投与するRCTは、1990年代から2000年代まで世界中で行われていました。しかし、用いられた免疫グロブリンの投与量は、20~50gを1回のみ投与するか、もしくは1~4週毎に投与する方法で行われており、その投与量は少なく、多くのRCTで有効性は認められませんでした。
山田秀人らは1993年から、4回以上の流産を繰り返している原因不明の不育症患者に対し、独自の投与法として免疫グロブリン大量療法 (20g、5日間) を妊娠4~6週に行なってきました (Hum Reprod 1998)。治療によるこれまでの生児獲得率は89.8%と高率で、治療法として有望ではあるものの、これらはRCTではなく観察研究の報告であるため、エビデンスが高い有効な治療法として確定できていませんでした (ISRN Obstet Gynecol 2012)。
そこで、妊娠初期の免疫グロブリン大量療法の有効性を証明するために、日本全国の多施設共同によるRCTを2014年から開始しました。今回のRCTでは、これまでの免疫グロブリンの効果を調査した世界的なRCTに比べて、最も症状の重い、原因不明の不育症を試験の対象としました。
研究の内容
これまで、原因不明の難治性不育症 (習慣流産) に対して、エビデンスのある治療法は報告されていませんでした。本研究では、RCTによって、妊娠初期の静注免疫グロブリン大量療法の有効性を調べました。2014年3月から2020年1月の間に、日本全国の14病院において、これまでに世界で報告されたRCTの中でも、最も重症である原因不明不育症の女性を対象としてRCTを実施しました。具体的には、これまで子供がいない原発性不育症で、4回以上の自然流産歴を持ち、そのうち1回以上の染色体正常流産の経験があり、不育症原因が不明、または同定されたリスク因子に対する治療をしても染色体正常の流産を経験した、年齢42歳未満の女性を対象としました。
投与の方法は、胎嚢が確認された後、妊娠4~6週に生理食塩水であるプラセボ、ないし免疫グロブリン 400 mg/kg体重を5日間点滴静注しました。妊娠22週時点での妊娠継続および生児獲得を本研究のアウトカムとしました。
その結果、免疫グロブリンを投与された50人ではプラセボの49人に比べて、妊娠継続率は62.0% (プラセボ 34.7%)、生児獲得率は58.0% (プラセボ 34.7%) に上昇することがわかりました。特に、免疫グロブリンを妊娠6週台に投与するよりも、妊娠4~5週台に投与開始した症例では、より治療効果は高く、妊娠継続率が67.6% (プラセボ 25.0%; OR 6.27, 95% CI 2.21–17.78; p<0.001)、生児獲得率が61.8% (プラセボ 25.0%; OR 4.85, 95% CI 1.74–13.49; p=0·003) にまで上昇することを発見しました (図)。ただし、免疫グロブリン大量療法で出生した児に早産と胎児発育不全※3の割合が高いことがわかりました。
今回のRCTによって、妊娠初期の静注免疫グロブリン大量療法は、流産歴4回以上の原因不明の不育症に治療として有効であることを世界で初めて証明しました。特に、妊娠4~5週台に投与を開始した方が、妊娠6週台に投与を開始した時に比べてさらに効果が高いことがわかりました。これまで有効な治療法がなかった重症の不育症カップルにとっては朗報となる研究成果であり、免疫グロブリン大量療法によって健康な子供を授かる機会がさらに増えることが期待されます。
今後の展開
今回のRCTによって、妊娠初期の静注免疫グロブリン大量療法は、原因不明の不育症に有効であり、特に、妊娠4~5週台に投与を開始すると効果がより高いことがわかりました。これまで有効な治療法がなかった不育症カップルにとって、免疫グロブリン大量療法によって健康な子供を授かる機会がさらに増えることが期待されます。この結果を受けて、本治療法を希望する不育症カップルも増えると考えられます。今後は、免疫グロブリン大量療法によって出生した児のフォローアップにより、長期的な副反応の有無を調査する必要があります。将来、不育症への妊娠初期の静注免疫グロブリン大量療法のRCTが世界的に展開されることが予想されます。
用語解説
- ※1 二重盲検ランダム化プラセボ対照群間比較試験 (RCT)
- 効果を確かめたい薬が投与される群と効果のないプラセボが投与される対照群を医師にも患者にも不明にしておいて、2つの群での症状の軽快率などを比較し、薬の効果を検証する治験方法。
- ※2 免疫グロブリン製剤
- 病原体から私たちのからだを守る抗体をたくさん含んだ血液製剤のこと。本研究では、インタクト型免疫グロブリン製剤 (献血ヴェノグロブリン IH®, 日本血液製剤機構) を使用した。
- ※3 胎児発育不全
- 胎児の推定体重が在胎週数の標準よりも小さい状態。感染症、胎児の異常、胎盤の働きが悪いなど、原因はさまざま。
論文情報
- タイトル
- “Intravenous immunoglobulin treatment in women with four or more recurrent pregnancy losses: A double-blind, randomised, placebo-controlled trial”
- DOI
- 10.1016/j.eclinm.2022.101527
- 著者
- Hideto Yamada, Masashi Deguchi, Shigeru Saito, Toshiyuki Takeshita, Mari Mitsui, Tsuyoshi Saito, Takeshi Nagamatsu, Koichi Takakuwa, Mikiya Nakatsuka, Satoshi Yoneda, Katsuko Egashira, Masahito Tachibana, Keiichi Matsubara, Ritsuo Honda, Atsushi Fukui, Kanji Tanaka, Kazuo Sengoku, Toshiaki Endo, Hiroaki Yata
- 掲載誌
- THE LANCET Discovery Science, eClinical Medicine