カーディフ大学Ian R. Hall教授、コロンビア大学Sidney R. Hemmingらの国際共同研究グループは、南アフリカ沖の海底堆積物コアの高時間解像度の分析から、過去150万年間、全球気候が氷期に移行する際に、南極起源の氷山が南アフリカ沖に到達し淡水をもたらすという過程が、大西洋子午面循環のモード変化に寄与していたことを明らかにしました。
現在、地球温暖化により、大西洋子午面循環が弱化し、海洋深層循環や全球気候に影響する可能性が懸念されています。今回得られた知見が、大西洋子午面循環が今後どのように変化するかの予測の向上に繋がることが期待されます。
この研究成果は、1月14日に、英科学誌「Nature」に掲載されました。
* 神戸大学からは、大学院人間発達環境学研究科の窪田薫助教が、海底堆積物コアの採取、岩相観察・記載、非破壊分析、堆積物の組成の定量化において本成果に貢献しています。
ポイント
- 世界一荒れる海である南大洋のアガラス海台 (南アフリカ沖) において、世界初となる海底掘削を行い、700万年前から現在にかけての海底堆積物の連続的な採取に成功。
- 間氷期から氷期の気候の移行期に、アガラス海台に南極起源の大量の氷山が押し寄せていたことを明らかにした。
- 大量の氷山が融解することで撒かれた淡水が海水の塩分および密度を低下させ、北大西洋深層水形成への影響を通じて大西洋子午面循環のモード変化に寄与したことを明らかにした。
研究の背景
大西洋子午面循環 (AMOC※1) は、全球規模の海洋深層循環と気候変動において肝となる地球システムの一つです。大西洋において表層流が暖かく高塩分の海水を北へと運び、それが北大西洋の寒い海で冷やされることで高密度の水塊となり、深層に沈み込みます。沈み込んだ海水は北大西洋深層水 (NADW※2) として今度は南方へと移動し、やがて世界中の深海へと広がっていきます。氷期と間氷期では、このAMOCの形状 (モード) が現在とは全く異なっていたことが知られています (Adkins, 2013)。過去258万年の更新世の気候変動は、氷期-間氷期サイクルという、比較的寒い氷期と、比較的暖かい間氷期が繰り返していたことが知られています (最近の100万年間では約10万年に1回の周期で起きていることが分かっています)。氷期には、特に北米の氷床が拡大し、いまのカナダや北欧の大部分が氷床に覆われるなど、大規模な気候の寒冷化がありました。大陸に大量の淡水がもたらされた結果、海水準が現在 (間氷期の一つ) の位置よりも約130メートル低下し、瀬戸内海や東シナ海が完全に干上がってしまうほどの大きな変化でした。例えば、氷期には、北極域の海氷に覆われる範囲が広がった結果、NADW の形成が妨げられ、より沈み込みが浅くなった (Glacial NADW/GNADW) ことが知られています。一方で、南極周辺の南大洋を起源とする南極底層水 (AABW※3) の勢力が増し (Glacial AABW/GAABW)、このGNADWの下に貫入していたと考えられています (図1)。
こうしたモード変化が存在したことは、さまざまな古海洋指標から明らかにされていたものの、何が「きっかけ」だったかについては明らかになっていませんでした。特に、NADWの源流とも言えるアガラス海流 (暖流) は、アフリカ大陸の南東部に沿ってインド洋の熱と塩を大西洋に輸送しており、AMOCの変動に重要な要素であると考えられています (Beal et al., 2011) 。しかしながら、アガラス海流系の過去の変動については、記録が乏しいこともあり、よく分かっていませんでした。
研究の内容
2016年1~3月にかけて、2ヶ月間の研究航海がアメリカの科学掘削船ジョイデス・レゾリューション号を用いて行われました。これは世界各国の研究者や学生が乗船して行う国際共同研究である、国際深海科学掘削計画 (IODP※4) の第361次計画として行われたもので、日本からは3名 (窪田薫:神戸大学、山根雅子:名古屋大学、フランシスコ・J・ヒメネス-エスペホ:スペイン科学研究高等評議会) が乗船しました。アフリカ大陸の南東部計6地点で海底掘削が行われ、そのうち南大洋の大西洋-インド洋セクターに位置するアガラス海台 (南緯41°25.6’ 東経25°15.6’ 水深2,669 m) においては、世界で初めて掘削船を用いた海底堆積物コア※5の採取が行われました (IODP Site U1475、図2)。Site U1475の掘削深度は海底下300 mに到達し、船上での生層序学※6に基づいた年代決定から、過去700万年間の古海洋記録を連続的に保持していることが分かりました (Hall et al., 2017)。南大洋は世界一荒れる海として知られています。波が高いと、掘削の際に船の姿勢や位置を維持できないため、状態の良い海底堆積物試料を得ることが難しくなります。同じ地点で複数の掘削孔を設定し、嵐の合間を縫って掘削を行うことで、極めて良質な連続試料の採取に成功しました。
得られた海底堆積物コアを詳細に観察した結果、直径が150マイクロメートル以上の氷山性砕屑物 (IRD※7) の堆積量が、特に間氷期から氷期への気候の移行期に増大していることが分かりました (図3)。IRDが増大していることは、南極由来の氷山が、南アフリカの沖 (南大洋大西洋-インド洋セクター) に多く到達し、そこで融解することで基底部の砕屑物をばら撒いたことを意味します。氷山は南極大陸に降った雪が起源のため、淡水です。そのため、氷山の融解は同時に淡水を海洋表層にもたらし、海水の塩分と密度を低下させたと考えられます。現在を含む、間氷期の気候状態では、亜熱帯前線帯が存在するために、氷山がこれほどの緯度まで到達することはありません (図4 a)。しかしながら、氷期には、全球的な寒冷化によって南極周辺の海氷範囲が拡大し、亜熱帯前線帯がより北上していたと考えられます (図4 b)。そのため、氷山が南アフリカの沖まで到達することが可能であったと考えられます。
また、南アフリカを出発した表層海流は、この塩分および密度の低下した海水を北大西洋のNADW形成域にまで輸送したと考えられます (図4 b)。今回明らかになったIRDの堆積量の増大は、全球平均の海洋深層循環の間接指標となる底性有孔虫殻の炭素同位体比 (NADW起源のものと、南大洋起源のものとで値が異なることを利用し、過去の水塊分布を推定することに利用されている) と比較して、どの間氷期から氷期への気候移行期においても、約1000~2000年先行していることが明らかになりました (図3 a)。すなわち、この南極の氷山由来の淡水が、氷期におけるAMOCのモード変化の「きっかけ」であったことを示唆しています。
今後の展開
地球温暖化により、NADWの沈み込みが弱化し、AMOCが停滞する可能性が懸念されています。グリーンランド氷床をはじめとする北極域の氷河・山岳氷河が気温上昇によって融解し、大量の淡水を北大西洋に注いでいるために、表層水の密度が低下しているためです。また温暖化によって表層水が温まることも、海水の密度低下を通じて、さらに沈み込みを阻害すると考えられます。NADWの沈み込みの弱化は、メキシコ湾流や北大西洋海流の弱化にも繋がり、アメリカ東海岸やヨーロッパ周辺の気候に影響する可能性があることは、想像に難くありません (余談ですが、「デイ・アフター・トゥモロー (2004年)」は将来的なAMOCの弱化の可能性に着想を得て創作されたパニック映画です)。さらに、将来のアガラス海流の熱と塩の輸送量もまた、NADWの沈み込みへの影響を通じて、AMOCへ影響する可能性が大きいと考えられます。というのも、温暖化の進行とともに南半球の偏西風帯が南極側へ移動しつつあり、アガラス海流系にも影響すると考えられているためです (Beal et al., 2011)。
今回得られた知見は、氷期-間氷期サイクルという自然の気候変動を駆動する上で、南大洋大西洋-インド洋セクターに注ぐ、南極の氷山由来の淡水がAMOCに重要な役割を担っていることを初めて明らかにした点で重要です。
現在のところ、得られた海底堆積物コアのうち解析されたのは最初の150万年間についてのみで、さらに550万年分が未解析です。例えば、約300万年前は、全球気候が2℃程度温暖だったとされる、中期鮮新世温暖期 (mPWP※8) と呼ばれる時代に当たり、将来の温暖化の良い鑑になると考えられています (温室効果ガスである大気中の二酸化炭素の濃度も現在と同程度と推定されています)。中期鮮新世温暖期の南極の氷山流出量や、アガラス海流の強弱、AMOCのモードがどのように変化していたかを正しく復元することで、将来的にAMOCがどのように振る舞うのかの予測が、さらに高確度化していくと期待されます。
用語解説
- ※1 AMOC (大西洋子午面循環)
- Atlantic meridional overturning circulationの略。
- ※2 NADW (北大西洋深層水)
- North Atlantic Deep Waterの略。
- ※3 AABW (南極底層水)
- Antarctic Bottom Waterの略。
- ※4 IODP (国際深海科学掘削計画)
- International Ocean Discovery Program の略。2013年10月以前はIntegrated Ocean Drilling Program と呼ばれていた。日本と米国が主導し、地球環境変動、地球内部構造および地殻内生物圏の解明を目的として世界のさまざまな海底を掘削する国際プロジェクト。南アフリカでは、2016年1~3月に第361次航海として掘削が行われた。
- ※5 海底堆積物コア
- 掘削などによって採取される柱状の地質試料。海洋研究開発機構と高知大学が共同運営する高知コアセンター (高知県南国市) には、IODPなどの科学海洋掘削によって全海洋の約1/3の海域 (西太平洋やインド洋など) から採取されたコア試料 (全長約130キロメートル分) が保管・管理されている。
- ※6 生層序学
- 生物の出現・絶滅のタイミングを利用することで、海底堆積物の年代を決定する手法。有孔虫、円石藻、珪藻などの海洋生物の化石が利用される。
- ※7 IRD (氷河性砕屑物)
- Ice rafted debrisの略。極域の遠洋性堆積物中に認められる陸起源の粗粒な砕屑粒子。一般的に、直径150マイクロメートル以上の砕屑粒子を指すことが多い。
- ※8 mPWP (中期鮮新世温暖期)
- Mid-Pliocene warm periodの略。地球温暖化の地質アナログの一つ。当時の全球平均気温は現在よりも2度程度高く、大気中の二酸化炭素濃度は300~400 ppm程度だったと考えられている。
参考文献
- Adkins, J. F. (2013) The role of deep ocean circulation in setting glacial climates. Paleoceanography 28, 539–561.
- Beal, L. M., W. P. M. De Ruijter, A. Biastoch, and R. Zahn (2011), On the role of the Agulhas system in ocean circulation and climate, Nature 472, 429–436.
- Hall, I.R., Hemming, S.R., LeVay, L.J., and the Expedition 361 Scientists (2017) Proceedings of the International Ocean Discovery Program Volume 361 publications.iodp.org.
論文情報
- タイトル
- “Antarctic icebergs reorganize ocean circulation during Pleistocene glacials”
- DOI
- 10.1038/s41586-020-03094-7
- 著者
- Aidan Starr, Ian R. Hall, Stephen Barker, Thomas Rackow, Xu Zhang, Sidney R. Hemming, H.J.L van der Lubbe, Gregor Knorr, Melissa A. Berke, Grant R. Bigg, Alejandra Cartagena, Francisco J. Jimenez-Espejo, Xun Gong, Jens Gruetzner, Nambiyathodi Lathika, Leah J. LeVay, Rebecca S. Robinson, Martin Ziegler, and Exp. 361 Science Party
- 掲載誌
- Nature
- 日本語アブストラクト
- 気候科学:南極氷山が更新世の氷期の海洋循環を再編成する
(日本語訳執筆担当:窪田薫助教)