神戸大学大学院海事科学研究科の岩田高志助教、ノルウェー海洋研究所のマーティン・ビュー研究員、東京大学大気海洋研究所の青木かがり助教、佐藤克文教授、セントアンドリュース大学のパトリック・ミラー教授らの研究グループは、全天球カメラを動物に装着し、水中におけるザトウクジラの休息行動を明らかにしました。観察することが難しい動物の生態を詳細に明らかにするために、全天球カメラなどの広角レンズカメラが有用なツールとなることが示されました。

この研究成果は、2021年2月25日に Behavioural Processes にオンライン掲載されました。

ポイント

  • 動物装着型の全天球カメラ (360度カメラ) をザトウクジラに取り付け、彼らが水中で漂いながら休息することが明らかとなった。クジラは状況に応じて、水中や水面など異なる環境で休息場所を変えている可能性が考えられる。
  • 全天球カメラにより装着個体の周辺の環境情報を広範囲で記録することで、ザトウクジラは水中で単独ではなくグループで休息していたことが明らかとなった。
  • 観察することの難しい動物の生態を調査する上で、動物装着型の全天球カメラの有用性を示すことができた。

研究の背景

海洋動物は生活史の大半を海で過ごすため、彼らの生態を直接観察することは難しいです。そこで近年では、バイオロギング (Bio-logging) 手法を使って、観察が難しい海洋動物の生態に関する研究が進められています。バイオロギングとは、動物に装置を取り付け、彼らの行動や周囲の環境情報を記録する手法です。深度計、遊泳速度計、動物の姿勢角や細かい動きがわかる加速度計、GPS (Global Positioning System) 記録計、音響記録計、心拍計など様々な項目を計測でき、これにより動物の行動や潜水生理などが明らかになってきています。特にカメラは、装着個体の周辺環境を視覚化できるため、動物の行動を理解するための強力なツールとなっています。しかし、動物装着用に使われているこれま でのカメラには、画角が狭いという問題がありました。例えば、動物装着型のカメラを使った研究において、ザトウクジラ Megaptera novaeangliae が、餌場に競争相手がいる場合は、餌場を早く離れる傾向があると示されています。しかし、競争相手がビデオの画角に入らず写っていないだけで、実際には存在していた可能性も考えられます。そのため広範囲を撮影できるような広角レンズカメラが必要とされていました。

本研究の対象動物であるザトウクジラは世界中に分布するヒゲクジラ類の1種です (図1)。バイオロギング手法を用いることで、ザトウクジラの採餌行動に関する知見は増えている一方で、休息行動に関する知見はほとんどありません。採餌の時は深度や遊泳速度、加速度 (体の動き) の記録に餌を追いかける時の特徴的な信号が検出されます。それに対し、休息には特徴的な信号は検出されず、ゆっくり遊泳している時との違いがわかりませんでした。休息に関する知見は動物の生態を理解するために必要な情報です。例えば動物の行動時間の割合を考える時、休息時間の割合が増えれば採餌などその他の行動時間の割合が減ります。休息行動は動物の生態を理解するために重要な情報であるにも関わらず、ヒゲクジラ類の休息に関する知見はこれまでほとんどありませんでした。そこで本研究では、動物装着型の全天球ビデオカメラ (空中画角360度、水中画角270度) と行動記録計を使い、ザトウクジラの休息行動の解明に取り組みました。

図1 ザトウクジラ

ヒゲクジラ類の1種で世界中に分布する。体長は約15m。尾ビレを水面上に高く上げて潜水をする (左)。

研究の内容

図2 調査海域のトロムソ (左) とフィヨルドの風景 (右)

今回、リコー社より全天球カメラTHETAを基盤の形で提供していただき、それをエポキシ包埋し耐圧防水加工を施すことで、これまでに無い動物装着型の全天球カメラを開発しました。記録計一式をクジラに装着するために、全天球カメラ、行動記録計、電波発信機、浮力材、吸盤が一体となった「タグ」を作成しました。

野外調査はノルウェーのトロムソ沿岸のフィヨルドで2016年1月に実施しました (図2)。クジラにタグを取り付ける時は、小型のボート (5-6 m) でクジラに接近し、約6 mのポールを使って吸盤で装着します (図3) (動画 : 下記 youtube)。吸盤で装着されたタグは、数時間後に自然に脱落し海面に浮かんでくるので、タグに組み込まれた発信機の電波を頼りに回収します。

図3 クジラにタグを装着する様子 (左) とタグを装着したクジラ (右)
図4 ザトウクジラの時系列行動データとビデオデータから切り出した映像

上から遊泳速度、潜水深度、加速度の動的成分、体軸角度。加速度の動的成分の上のオレンジの丸は尾ビレの動きを表す。
a) タグ装着期間中の全データ (11時間)。矢印の前が活動的ではない前半、矢印の後ろが活動的な後半。長方形はビデオの記録期間を示す。
b) ビデオの記録期間を拡大。全体的に活動的でないことがわかる。c) b)の長方形部分 (3潜水分) を拡大。深度記録上のアルファベットは、ビデオ映像のアルファベットと対応している。Aは潜水開始直後の水しぶきを表す。BからHはほぼ静止状態の映像で、ゆっくりと他個体が漂う様子が写っている。他個体はタグ装着個体の上を漂っている。潜水を跨いでも同様の映像が続く。

1個体にタグを装着することができ、約1時間のビデオデータと約11時間の行動データを得ました。行動データを見ると記録期間の前半には活動的な動きはなく、後半に活動的に動いていたことがわかりました (図4)。過去の研究例から、後半に見られる活動的な動きは採餌であることが考えられました。ビデオの記録は行動データの記録期間の前半の一部で、激しい動きがない期間でした。その期間のタグ装着個体の平均最大潜水深度は11メートル、平均遊泳速度は毎秒0.75メートルでした。ザトウクジラの通常の遊泳速度 (巡航速度) は、秒速1.45メートルと報告されていることから、この期間のタグ装着個体の遊泳速度が遅かったことがわかりました。クジラは通常尾ビレを動かして遊泳するのですが、ビデオ記録期間中の行動データには、タグ装着個体が尾ビレを動かした信号はほとんど検出されませんでした。ビデオの映像には、水中で尾ビレを動かさず漂っている他の2個体が撮影されていました (動画 : 下記 youtube)。

タグ装着個体の遊泳速度が遅い点、尾ビレをほとんど動かさなかった点、ビデオの記録期間を通して他個体が漂っている様子が撮影された点から、タグ装着個体は水中で漂っていたことが示唆できます。アザラシ類やマッコウクジラ、アカウミガメなどは水中を漂いながら休息することが知られています。このことからタグ装着個体のザトウクジラは、水中で漂いながら休息していたことが考えられました。これまでの研究では、ザトウクジラを含むヒゲクジラ類は水面で休息すると報告されていますが、水中で漂いながらの休息行動は本研究から明らかとなりました。クジラは海の状況や彼ら自身の体調などにより、水中や水面など異なる環境で休息場所を変えている可能性が考えられました。また全天球カメラを使うことで、クジラは水中で単独ではなくグループで休息していたことがわかりました。

今後の展開

これまでにも動物装着型のカメラを用いて海洋動物の生態が調べられてきました。例えば仔育て期間中の母アザラシに後ろ向きでカメラを装着したところ、母アザラシの後を付いて泳ぐ仔アザラシの姿が捉えられています。しかし、この映像が何を意味するのか (餌の捕り方を教えているなど) を言及するためには、広角レンズカメラにより周囲の環境を知る必要がありました。クジラ同士の触れ合い行動もカメラにより捉えられています。その触れ合い行動がどのくらいの頻度で行われているかを明らかにするために、広角レンズカメラが役立つことが考えられます。このように、海洋動物の生態を調べるためには全天球カメラを含む広角レンズカメラが必要とされてきました。広角レンズカメラにより、タグ装着個体の周辺の環境情報を記録することで、競争相手、協力個体、捕食者などの他個体の有無や、餌の分布や密度などの餌環境が明らかになると考えられます。本研究では、他個体の休息の映像から、タグを装着したクジラが休息していたことが推察され、全天球カメラの有用性を示すことができました。観察することの難しい動物の生態解明のためにも全天球カメラの活躍が期待されます。

謝辞

本研究は、東京大学バイオロギングプロジェクト、日本学術振興会海外特別研究員、JSPS科研費JP17H00776、JSPS二国間交流事業、三井物産環境基金 (R16-0044) 、市村清新技術財団地球環境研究助成の支援を受けて実施しました。全天球カメラの開発にあたり、リコー社リトルレオナルド社に協力して頂きました。

論文情報

タイトル

Using an omnidirectional video logger to observe the underwater life of marine animals: Humpback whale resting behavior

DOI

10.1016/j.beproc.2021.104369

著者

Takashi Iwata, Martin Biuw, Kagari Aoki, Patrick James O’Malley Miller, Katsufumi Sato

掲載誌

Behavioural Processes (2021年5月号)

研究者