神戸大学大学院海事科学研究科の岩田高志助教、帝京科学大学の青木かがり准教授、ノルウェー海洋研究所のマーティン・ビュー主任研究員、セントアンドリュース大学のパトリック・ミラー教授、ロンドン動物学協会のマイケル・ウィリアムソン研究員、東京大学大気海洋研究所の佐藤克文教授らの研究グループは、ザトウクジラが漁船周りで拾い食いをしていたことを発見しました。本研究では、クジラの餌取り行動の柔軟性を示すと同時に、クジラと漁業活動の相互作用に関する危険性について警鐘を鳴らしています。

この研究成果は、11月8日に、動物行動学系の雑誌「Ethology」に掲載されました。

ポイント

  • ヒゲクジラ類の一種のザトウクジラが、漁船から落ちた魚などのおこぼれを拾い食いしていたことが明らかとなった。
  • ザトウクジラの拾い食いは、少ないエネルギーで、少ない餌を食べる、エネルギー節約型の餌獲り様式であることが分かった。
  • クジラの拾い食いは、動物と漁業者双方に、潜在的な危険性を多く含んでいるため、漁船へのクジラの接近を避ける取り組みを推奨する。

研究の背景

イルカ、アザラシ、オットセイなどの海生哺乳類や、カモメやアホウドリなどの海鳥類といった海の高次捕食動物は、餌獲りのために漁船周りに集まることが知られています。漁船から落ちた魚などを狙うことで、餌を探したり追いかけたりする必要がないため、楽をして餌を獲ることができるからです。多くの種がこのような採餌行動をとっていることが知られていますが、最近になって、ヒゲクジラ類においても漁船周りに集まって餌を取っている報告がありました。ヒゲクジラ類は、小魚や動物プランクトンの群れに突進してそれらを捕まえる、ランジフィーディングと呼ばれる方法で餌を獲ることで知られています。しかし、漁船周りでは餌がまばらに散らばっていることや、突進による漁船への衝突のリスクがあるため、ランジフィーディングは良い餌獲り様式ではないことが考えられます。そこで、本研究では、ヒゲクジラ類の一種であるザトウクジラが漁船周りでどのように餌獲りをしているのかを調査しました。

研究の内容

ザトウクジラの漁船周りでの餌獲り方法を調べるために、ノルウェーのトロムソ沿岸域のフィヨルドで、2017年1月に野外調査を実施しました (図1)。野外調査には、バイオロギングと呼ばれる、動物に行動記録計やビデオを装着して動物の行動や周りの環境を調べる手法を用いました。クジラにビデオや行動記録計などの装置一式を取り付ける時は、小型のボート (5-6 m) でクジラに接近し、約6 mのポールを使って吸盤で装着します (動画1)。吸盤で装着された装置一式は、数時間後に自然に脱落し、海面に浮かんでくるので、装置一式に組み込まれた発信機の電波を頼りに回収します。

図1 調査海域のノルウェー・トロムソ (左) の位置とフィヨルドの風景 (右)

野外調査の結果、ザトウクジラ3個体から、合計32時間の行動データと17時間のビデオデータを得ることができました。まずビデオデータを分析して拾い食いをしたかどうかを判定しました。得られたデータのうち1つは、漁船周りを泳いでいたクジラに装着したもので、装置装着後、クジラが漁船周りに43分間留まる様子が記録され、その間に、漁船から落ちた大量の死んだ魚、漁船から落ちた魚を狙うシャチ、漁船、ロープなどの漁具が映っていました (図2) (動画2)。また、装置を装着したクジラが、上顎を上げて魚をついばんでいる様子も記録されていました。研究グループは、漁業者が廃棄した (漁船から落ちた) 魚を拾うクジラの行動を「拾い食い」と名付けました。次に行動データを解析し、漁船周辺でランジフィーディングを行っているかどうかを調べました。拾い食いをしていた個体は、装着期間中に一度もランジフィーディングをしませんでしたが、他の2個体においては、体を激しく動かし、遊泳速度が速くなるランジフィーディングの特徴的な動きが記録されていました (図3)。拾い食いを伴う潜水は、ランジフィーディングを伴う潜水と比べ、潜水中の尾びれを動かす頻度が低く、最大遊泳速度も遅いことが分かりました (表1)。尾びれの動きや遊泳速度は、消費エネルギーと関係があることが知られていることから、拾い食いに必要なエネルギーは小さいことが分かりました。一方で、群れを成す餌を狙うランジフィーディングとは異なり、拾い食いでは散らばった餌を狙うため、一度に得られる餌量は少なくなります。これらのことから、拾い食いは、少ないエネルギーで、少ない餌を食べる、エネルギー節約型の餌獲り様式であることが分かりました。

図2 漁船周りを泳ぐザトウクジラに装着したビデオの水中映像 (a, b, c, d)、および映像会社 (アンドレアス・ヘイド、Barba社) により撮影された水中映像 (e) (a) シャチとロープ、(b) 死んだ魚 (タラ) 、(c) 死んだ魚 (ニシン) 、(d) 死んだ魚を食べるために装着個体が上顎を上げている様子、(e) ザトウクジラとシャチが漁船周りで一緒に魚を食べる様子。
図3 装着した記録計により得られたザトウクジラの遊泳行動の時系列記録 (a)漁船周りで拾い食いをするクジラの行動記録。ビデオの映像により、拾い食いをしている期間が確認された。また、拾い食いの後は餌獲りをしていなかった。
(b)ランジフィーディングを伴うクジラの行動記録。前半部分は、餌獲りをしていなかった。後半部分に、体を激しく動かし、遊泳速度が速くなるランジフィーディングの特徴がみられる。
上から遊泳速度、潜水深度、加速度の動的成分、Jerkを示す。クジラが尾びれを動かした時の振動が、加速度の動的成分に記録される。Jerkは、加速度から求められる体の動きの激しさを示す指標で、ランジフィーディングの検出に使われる。潜水深度の上のオレンジ色の四角は、ランジフィーディングを表す。加速度の動的成分の上のオレンジ色の丸は、尾びれの動きを表す。
表1 拾い食いを伴う潜水(n = 1個体)とランジフィーディングと伴う潜水(n = 2個体)の尾びれを動かす頻度と最大遊泳速度の比較 

今後の展開

本研究では、ザトウクジラが、状況に応じて柔軟に餌獲り様式を変えていることを示しました。しかし、拾い食いには、ロープや網などの漁具にクジラが絡まる可能性を含んでいます。漁具への絡まりは、クジラにとって死のリスクがあり、漁業者にとっても、漁具の破損やクジラを救助する際に生じる接触 (人とクジラ、船とクジラ) 事故のリスクがあります。そのため、クジラの保護・管理の観点、また安全面において、拾い食いは避けるべき事象であることが分かります。クジラが漁船周りに集まってくる環境においては、嫌がる音を出すなど、クジラを漁船や漁具に近づけさせない取り組みが推奨されます。人間活動は、様々な場面においてクジラを含む多くの海洋動物に影響を与えています。今後も海洋動物の生態の解明に取り組んでいくことで、海洋動物とわたしたち人間が共存する世界の実現に一翼を担うことが期待されます。

動画情報

動画1

動画2

論文が掲載されているウェブサイトのSupporting informationにて、調査地におけるザトウクジラとシャチの拾い食いの水中映像 (アンドレアス・ヘイド氏 (Barba社) 提供) を見ることができます。

謝辞

本研究は、東京大学バイオロギングプロジェクト、日本学術振興会海外特別研究員、三井物産環境基金 (R16-0044) 、市村清新技術財団地球環境研究助成の支援を受けて実施しました。

論文情報

タイトル

Non-lunge feeding behaviour of humpback whales associated with fishing boats in Norway

DOI

10.1111/eth.13419

著者

Takashi Iwata, Kagari Aoki, Patrick J. O. Miller, Martin Biuw, Michael J. Williamson, Katsufumi Sato

掲載誌

Ethology

研究者

SDGs

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