神戸大学大学院人間発達学環境学研究科の野中哲士教授と、公立はこだて未来大学の伊藤精英教授、ミネソタ大学のThomas A.Stoffregen教授の国際共同研究チームは、点字を学ぶ子どもたちを対象とした実験を通して、点字を読む指の左右の動きの多重時間構造と指の姿勢の不変性という2つの指標から、点字の触読能力を予測できることを発見しました。
本研究では、点字の触読能力に関与する指の動きの特徴として、ゆらぎの多重時間構造と、紙面に対する指の接触姿勢の不変性という2つの定量的な指標を世界で初めて同定することに成功しました。
本研究成果は3月30日 (現地時間) に、英国科学誌「Scientific Reports」へ掲載されました。
ポイント
- 点字を読む指の動きの特徴から点字の触読能力を予測することに初めて成功した。
- 点字の触読の熟達にともない、指の動きには、短期的なゆらぎと長期的なゆらぎが強く相関する長時間相関の特徴が現れる。
- 点字触読のパフォーマンスには、指のセンシティブな領域と点字の接触を保つ指の姿勢の不変性が貢献する。
研究の背景
テキストを目で読む時、視線は文字の上で停留する動きと、文字間をジャンプする動きを連続して繰り返し、テキスト情報は視線の停留時に抽出されます。しかし、点字の触読においては視線の「停留」にあたるものがないため、指を「動かす」ことによって、はじめてテキスト情報の識別が可能になります。つまりすべてのテキスト情報は、指の「動き」においてのみ現れます。
従来、点字の触読の研究においては、点字をスキャンする指の動きは、速度が一定の方が良いと考えられていました。本研究チームは今回、この点字の触読における指の動きと触読能力の関係を、実際の学習環境にある子ども達の協力のもと、詳細に調べました。
研究の内容
本研究では、点字を学ぶ8名の視覚に障害をもつ子どもたちを対象として、1グラムに満たない小さな位置・角度センサーを人差し指の爪に貼り付けてもらい、点字を朗読する際の指の動きを、3ヵ月ごとに1年間にわたって計測しました。
実際に計測してみると、一見スムーズに見える点字を読む指の動きは、間欠的な速度のゆらぎを伴うものであることがわかりました。点字をスラスラと上手に読む子どもにおいても、点字をスキャンする指の動きは、等速とは程遠いものでした (図)。さらに、複数の時間スケールで指の速度のゆらぎ量を算出したところ、点字を早くスラスラと読むことの出来る子どもたちの指の動きには、短期的なゆらぎと長期的なゆらぎとの間に強い相関が生じる長時間相関 (フラクタルゆらぎ) と呼ばれる特徴が見られたのに対し、点字の経験が浅く読むのが遅い子どもたちの指の動きには、長時間相関のない、ランダムに近いゆらぎの時間構造が見られました。また、点字初心者の子どもたちにおいて、学習を重ねる一年間のうちに、徐々にゆらぎの長時間相関が強くなる方向に指の動きが発達変化していきました。
本研究の意義
しばしば知覚は「入力」として考えられていますが、実際は能動的に探索する「活動」という一側面を持ちます。その代表例が、点字の触読のように、身体が触れているものについて識別するために手を動かすアクティブタッチです。アクティブタッチはきわめて複雑で、皮膚を受動的な受容器のモザイクと見なす従来の触覚理論では、アクティブタッチにおける「動き方」がいかにして創発し、触れている対象の識別に寄与し得るのかという問いに対して、明解な答えを与えることは困難でした。
点字を探索する指の動きが、要素の和に還元できないような多重時間ダイナミクスを示すという本研究の結果は、アクティブタッチが従来考えられていたような「運動指令と感覚入力の照合プロセス」ではなく、皮膚その他の身体組織の摂動状態における、外部の対象 (点字の凹凸パターン) と対応する「不変量」を分離することに向けた調整プロセスであるという新たな理解の可能性を示唆するものです。
また、点字触読技能の熟達に関する新たな事実を示した本研究の結果は、習得が難しいとされる点字指導の教育現場に対しても示唆をもっています。
謝辞
本研究はJSPS科研費 JP18K12013の助成を受けたものです。
論文情報
- タイトル
- “Structure of variability in scanning movement predicts braille reading performance in children”
(スキャン動作のゆらぎの構造が子どもの点字触読パフォーマンスを予測する) - DOI
- 10.1038/s41598-021-86674-5
- 著者
- Tetsushi Nonaka,Kiyohide Ito,Thomas A. Stoffregen
- 掲載誌
- Scientific Reports