神戸大学大学院工学研究科の 杉本泰 助教、藤井稔 教授らのグループは、ケイ素のナノ粒子からなる耐候性に優れた構造色カラーインクの開発に成功しました。本材料はMie共鳴という現象を利用して発色しており、ナノ粒子サイズにより自由に色合いを制御できること、超高解像度印刷が可能であること、また、様々な基材に着色可能であることなど、従来の構造色技術とは一線を画する特長を持っています。今後、塗料・顔料から、化粧品・バイオ・セキュリティ分野まで、幅広い用途での応用が期待されます。

ポイント

  • ナノ粒子サイズにより自由に色合いを制御可能
  • 安定な無機ナノ粒子からなる耐候性に優れた構造色インク
  • 直径100ナノメートル程度のナノ粒子が発色源であるため、原理的に超高解像度印刷が可能
  • 塗料・コスメティクス・バイオ材料・セキュリティー分野に幅広く応用可能

研究の背景

従来の顔料や染料は、色素が徐々に分解されて、変色・退色してしまうことが大きな課題でした。近年では色素を用いない着色技術として「構造色」が注目されています。これは、波長程度の微細構造による光の散乱・干渉・回折を用いる発色方法で、微細構造が比較的長い周期で並んだ構造を作ることで、鮮やかな色を呈します。例えば、タマムシやモルフォ蝶の羽はその代表例であり、微細構造が白色光のスペクトルのうち特定の波長の光を反射することで発色しています。構造自体が発色するので、構造が壊れない限り半永久的に発色が可能ですが、発色の角度依存性が大きいことや、微細構造を精密に制御して形成する必要があるため、既存の印刷技術が適用できないことが課題となっていました。また、微細構造が維持されても、周囲の環境変化や配列が乱れると変色するという問題点があります。

研究の内容

図1. サイズ (粒子径) の異なるケイ素ナノ粒子の電子顕微鏡像 (上段) と暗視野光学顕微鏡像 (下段)

上記の課題を解決するために、本研究では、誘電体ナノ粒子が示すMie共鳴※1という現象に着目しました。屈折率が非常に高い(~4)ケイ素の球状ナノ粒子(直径100ナノメートル程度)はMie共鳴により特定の波長の光を強く散乱します。図1下段の暗視野光学顕微鏡観察※2に示すように、ケイ素ナノ粒子のサイズを100ナノメートル程度から200ナノメートル程度まで変化させると、サイズに依存した鮮やかな散乱発色が見られます。同一サイズのナノ粒子がマクロなスケールで集まると、我々は目視で「色」として認識することができます。この技術を利用することで、配列構造に頼らない、新たな構造発色が可能になります。また、周期構造による発色ではなくナノ粒子自体が発色するので、発色の角度依存性が小さいという特長があります。

本研究では、ほぼ真球の結晶ケイ素ナノ粒子合成技術、その溶液中への分散技術、サイズ制御技術、サイズ選別技術を開発し、平均粒径100-200 nmの範囲で粒径分布(平均粒径÷標準偏差)を10%以下まで抑制することに成功しました。その結果、図2に示す構造発色するナノ粒子インクを実現しました。開発したインクは、汎用的な塗布・印刷プロセスなどを適用できるため、耐候性にすぐれた塗料として利用可能です。また、直径100ナノメートル程度の粒子一つ一つが発色源であるため、原理的に超高解像度印刷が可能です。さらに、ケイ素は安全性が高いためコスメティクスやバイオ分野で新たな無機顔料として応用が期待されます。

図2. 平均粒径の異なるケイ素ナノ粒子インクの写真

左から平均粒径約100nm~約200nmの粒子のインク。

今後の展開

今後は、さらに彩度や反射率の向上を図り、ナノ粒子作製と粒径分離技術をスケールアップすることで、高品質なナノ粒子を大量に生成できるプロセスを確立します。また、材料・印刷技術関係の企業との連携を探り、退色しにくい塗料や特殊インクとしての実用化を目指します。

用語解説

※1 Mie共鳴

1908年にGustav Mieによりに厳密解が導かれた波長程度の大きさの球形の粒子による光の散乱現象のうち、高屈折率誘電体に見られる共鳴的な散乱現象。粒子サイズによって共鳴波長を制御できる。

※2 暗視野光学顕微鏡観察

光学顕微鏡観察において、試料に斜めから光を当て、試料からの散乱光のみを観察する方法。

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研究者

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