神戸大学大学院工学研究科の田中悠暉大学院生、杉本泰准教授、藤井稔教授らの研究グループは、独自に開発した「構造色インク」を用いることにより、世界最軽量クラスの構造色塗装が可能であることを実証しました。近年、退色しない「構造色」が注目されていますが、見る角度によって色が変わる、配列など周期構造が必要である、などの理由により従来の塗料に置き換えることが困難でした。本研究では、Mie共鳴という現象で発色するナノメートルサイズの粒子をインク化し、わずか1層分だけ基材に塗ることで、角度依存性の小さいカラフルな着色が可能であることを実証しました。この成果は、従来の塗料よりはるかに少ない量で着色塗装が可能であることを示しており、例えば、数100キログラムといわれる大型航空機の塗装を、1/10以下に軽量化できる可能性があります。

この研究成果は、1月30日 (米国時間)  に、国際科学誌「ACS Applied Nano Materials」に掲載されました。

ポイント

  • ナノ粒子をわずか一層塗るだけで、カラフルな構造色を実現。
  • 環境・生体への負荷が小さいケイ素からなるナノ粒子を利用。
  • 理論上、1平方メートルあたり0.5グラムで塗装できる (世界最軽量クラス)。
  • 軽量且つ高耐久性が求められる航空機、船舶、レースカーなどの塗装への応用が期待される。
シリコンナノ粒子を一層だけ塗装した基板の写真 (上)、斜めから観察した場合の写真 (下)

研究の背景

私たちは、様々な「色」に囲まれて生活しています。身の回りの人工物を着色するために顔料や染料などの色材が使用されていますが、時間とともに変色もしくは退色してしまうという課題があります。無機顔料の中には高い耐久性をもつものが開発されていますが、毒性の高い化合物や重金属を使用したものが多く、SDGsの観点から規制が強化される傾向にあります。最近では、退色しない着色技術として、「構造色」が注目されています。構造色とは、それ自体が「色」をもたない材料の微細構造が周期的に配列することによる発色のことです。周期構造による光の干渉や回折により発色するため、「玉虫色」の発色になり、見る角度によって色が変化する特徴があります。数百ナノメートルの微粒子が3次元に配列した構造がよく知られていますが、周期構造を精密に作成する必要があるため、塗布や印刷プロセスによる着色ができないという課題があります。これらの理由で、色材としての利用範囲はいまだ制限されています。

研究の内容

以上の課題を解決すべく、当研究グループでは、屈折率が非常に高い (~4) ケイ素 (シリコン: Si) ナノ構造が示すMie共鳴※1という現象を利用し、特定の波長の光を強く散乱させることで発色させる手法を開発してきました。特に、ほぼ真球の結晶シリコンナノ粒子の作製 (図1(a)の電子顕微鏡像)、粒径制御と安定な溶液分散を実現し、粒径によって発色が変化する「構造色ナノ粒子インク」を世界で初めて実現しました (図1(b))。本研究では、構造色ナノ粒子インクを用いてシリコンナノ粒子が一層だけ配列した非常に薄い膜を形成し、その発色特性について詳細な調査を行いました。

図1 (a) シリコンナノ粒子の透過型電子顕微鏡像と、(b) 平均粒径の異なるシリコンナノ粒子インク (構造色ナノ粒子インク) の写真

はじめに、シリコンナノ粒子が六方格子状に配列した構造について、電磁場シミュレーションにより反射率スペクトルを評価しました。その結果、わずか1層のシリコンナノ粒子単層膜でも反射率が約50%に達し、明るい構造色が得られることがわかりました。また、粒子間の距離をあけて、粒子をまばらに配列すると、反射率がさらに増加しました。例えば、粒子間距離を50ナノメートルにすると、最大で90%以上の反射率が得られました。また、さらに間隔をあけて、粒子の体積充填率を10%まで減少させても、反射率は70%を超えることを見出しました。これは、個々のシリコンナノ粒子が非常に高い散乱効率を有していることに起因し、非常に少ない材料で明るい構造色が得られることを示しています。

この特性を実証するために、ラングミュア-ブロジェット (LB) 法 (図2(a)) により、ガラス基板上にシリコンナノ粒子の単層膜を形成しました。図2(b)の電子顕微鏡像から、ほぼ1層のナノ粒子からなる単層膜が形成されていることがわかります。図2(c)に、粒径の異なるシリコンナノ粒子から作製した単層膜の写真を示します。粒子膜は、粒径に依存して紫~橙色の構造色を示しています。この発色は、図2(d)に示すように、斜め45度から観察してもほとんど変化せず、従来の構造色と異なり角度依存性が非常に小さいことがわかります。全光線反射率測定により反射特性を評価したところ、ピーク反射率は30~50%であり、シリコンナノ粒子の単層膜によって十分に明るい構造色が実現できることが明らかになりました。さらに、シリコンナノ粒子単層膜を部分的に酸化して疑似的に粒子間の距離を大きくした試料についても研究を行いました。それにより、基材上にシリコンナノ粒子がまばらに散在した状態 (単層膜よりも粒子数が少ない状態) においても、構造色によって着色できることを示しました。

図2
(a) ラングミュア-ブロジェット(LB)法によるシリコンナノ粒子単層膜の形成方法。ブタノールに分散したシリコンナノ粒子を水面上に滴下し、気液界面にナノ粒子単層膜を形成した。水面上のナノ粒子を透明ガラス基板ですくい取ることで、ナノ粒子の単層膜を形成した。
(b) シリコンナノ粒子の走査型電子顕微鏡像。
(c) 平均粒径の異なるシリコンナノ粒子からなる単層膜の写真(垂直方向から撮影)と、(d) 同じ試料について、斜め45度方向から撮影した写真。

今後の展開

我々が開発した直径100~200ナノメートルのシリコンナノ粒子からなる構造色インクを用いると、塗布により角度依存性が小さい着色が可能であることを実証しました。本材料の主要成分であるシリコンは化学的・熱的に安定なだけでなく、環境や生物への親和性の高い元素であるため、SDGs指向の塗料として様々な場面での利用が期待されます。

さらに、本研究によりわずかナノ粒子一層分、もしくはそれより少ない量を基材に塗るだけで、鮮やかな着色が可能であることを示しました。これは、理論上、1平方メートルあたり0.3~0.5グラムの重量のシリコンナノ粒子で着色できることに対応します。もしこの技術を大型航空機の塗装に用いると、数100キログラム必要な塗料を1/10以下に軽量化できる可能性があります。

用語解説

※1 Mie共鳴

光の波長程度の大きさの球形粒子による光の散乱現象で、特に高屈折率な誘電体の粒子に見られる共鳴的な散乱現象。粒径によって共鳴 (発色) 波長を制御できる。

謝辞

本研究は、JST START事業大学推進型 (神戸大学GAPファンドプログラム) の支援を受けて行われました。

論文情報

タイトル

Monolayer of Mie-Resonant Silicon Nanospheres for Structural Coloration”

DOI

10.1021/acsanm.3c04689

著者

Haruki Tanaka, Shinnosuke Hotta, Tatsuki Hinamoto, Hiroshi Sugimoto, Minoru Fuji

掲載誌

ACS Applied Nano Materials

研究者

SDGs

  • SDGs12