神戸大学社会システムイノベーションセンターの村上佳世特命講師、東京都市大学環境学部の伊坪徳宏教授、京都大学農学研究科の栗山浩一教授らの研究グループは、世界19ヵ国に居住する成人男女6,000名以上を対象にした大規模同時調査データを分析し、人々の環境保全に対する多様な価値観を、その国の平均寿命、所得や男女の不平等度などのいくつかの社会指標と、相対所得や主観的幸福などの個人指標を用いて体系的に説明することに成功しました。本研究グループの学際的評価アプローチ (LIMEモデル) は、グローバルサプライチェーンを含む環境会計、炭素の社会的費用の推定、生物多様性保全活動の評価などへの発展が期待できます。
この研究成果は、6月28日に「Nature Sustainability」に掲載されました。
ポイント
- ライフサイクル影響評価と経済評価を組み合わせて設計した仮想的な政策選択を通じて、19ヵ国横断的に回収した大規模調査データを統計的に解析し、人々の環境保全に対する多様な価値観をいくつかの社会指標で体系的に説明しました。
- 社会的・個人的条件が改善されるにつれて、人々は自分自身に直接的に関係する価値 (健康被害の減少) から間接的に関係する価値 (生物多様性の保全) に関心を移す傾向がみられました。
- 所得や男女の平等といった社会指標も環境保全に対する価値観に影響を与えています。貧困や格差への対策は、気候変動などのグローバルな環境問題を解決する効果的な社会システムの実装可能性を高めます。
研究の背景
私たちの経済活動に起因して気候変動や大気汚染がもたらす環境変化は、人間の健康や社会的資産、生物種の絶滅リスクや植物の生産力を通じて、私たち自身にダメージを与えています。疫学、毒性学、大気汚染学等の知見を用いて、そのような社会へのダメージを定量的に推定するのが、ライフサイクル影響評価 (LCIA) です。本研究で用いるLIMEモデルは、LCIA手法で推定した現在の被害量をベースラインとして、それらの被害を軽減することの社会的重要度を、経済評価手法を用いて推定する学際的評価モデルです。
研究の内容
LCIA手法で算定した「人間の健康」や「生物種の絶滅リスク」などの被害量をもとに、選択型実験と呼ばれる経済評価手法で設計した被害量の数値設定が異なる複数の仮想シナリオの中から、回答者は望ましいシナリオを選び、その選択データを、計量経済学的手法を用いて分析します。19ヵ国横断的に集めた回答者6,000名以上の社会経済指標と合わせて分析することで、「各被害量を軽減することの重要度をどのような人がどのように評価しているか」を定量的に比較できます。主な結果は次の通りです。
- 高所得国 (一人当たりGDPが1.6万ドル以上) では生物多様性を保全する対策が優先され、中所得国以下 (一人当たりGDPが1.6万ドル未満) では人間健康を改善する政策が優先される傾向がみられました。
- 平均寿命が短い国や所得不平等度 (ジニ係数) が大きい国では、生物多様性保全よりも人間の健康を優先する傾向が見られます。さらに、個人の置かれた状況でも評価は異なり、例えば、高所得国に居住していても評価者自身が相対的に貧困であったり社会的弱者である場合には人間の健康を優先し、低所得国に居住していても評価者自身が高所得層である場合には生物多様性の保全を優先する傾向が見られました。
- 居住する国を問わず、個人の主観的幸福度や相対的所得水準が高いほど、あらゆる環境被害の軽減に対して支払ってもいい金額 (支払意思額) が高い傾向が見られました。
- 図1は、LIMEモデルの概念図。図2は、セグメント別に推定した価値観を表す図。社会の問題解決により生態系に対する価値は向上しています。
今後の展開
国をまたぐ格差の問題に取り組むとともに、国内の不平等や幸福感の問題に取り組むことは、より効果的な環境政策の実装を後押しします。本研究で用いたLIMEモデルは、実務面では、環境会計における環境保全効果の推定、企業の環境配慮型製品の開発・評価、そのような製品を消費者が選択するための指標として、多方面に利用できます。政策面では、炭素の社会的費用の推定や、生物多様性保全活動の評価に発展させることで、政策の設計や選択の場面で活用することが可能です。
用語解説
- ライフサイクル影響評価 (LCIA: life cycle impact assessment) は、様々な物質 (例えばCO2排出、SO2など) と影響領域 (例えば地球温暖化、大気汚染など) の間にある関係を定量的に表現する手法で、企業のサプライチェーンや製品のライフサイクルを通した環境影響の評価に利用されています。
- 本研究で用いたLIME (Life cycle Impact assessment Method based on Endpoint modeling) は、製品やサービスを通じて発生する環境影響を高精度かつ網羅的に評価するための手法として日本で開発されたLCIA手法であり、環境経済学や推測統計学などの社会科学的解析手法を活用する学際的な評価モデルです。
- 環境会計は、事業活動における環境保全のためのコストとその活動により得られた効果を認識し、可能な限り定量的 (貨幣単位又は物量単位) に測定し伝達する仕組みです。(環境省「環境会計ガイドライン2005年版」)
謝辞
本研究は以下の支援を受けて実施しました。
- 日本学術振興会科学研究費助成事業特別研究員奨励費(JP18J40180: 評価主体の多様性に着目した環境価値に関する国際比較)
- 内閣府「最先端・次世代研究開発支援プログラム」(GZ006: 地球規模問題に対する製品環境政策の国際的推進を支援するライフサイクル経済評価法の開発)
論文情報
- タイトル
- “Explaining the diverse values assigned to environmental benefits across countries”
- DOI
- 10.1038/s41893-022-00914-8
- 著者
- 村上佳世 (神戸大学)、伊坪徳宏 (東京都市大学)、栗山浩一 (京都大学)
- 掲載誌
- Nature Sustainability